第13話 かのじょ

「…はい、もしもし…

 …ああ、ボクだよ…、ボク。

 そうだよ、そう、そのみいくんだよ。

 …ったくっ、わかるだろう。ワザとかよ。

 え? 舌打ちは良くないって?

 まったく…。

 こっちじゃなくてケータイの方にかけろよ。

え? 金がかかる? イエデンに電話しないとテレカがボンオンなくなるって…、いまどきテレカかよ!

 ああ、病院の、公衆電話ね。わかってるよ。ただ突っ込んでみたかっただけだよ。

 ああ、ああ、だからテレカくらい買ってやるからこっちにかけてこないでよ。

 ああ? 隠してないよ。なにも。ああ? アイジン? なんだそりゃ?

 ああ、わかった。おまえさん、ボクをからかおうって言っても、そうは問屋がおろさない。

いいよ、それは。なんの問屋かとか業務停止命令とかキョンを真似しなくても、さんざん聞き飽きた…。

 だからね、勝手にイエデンにかけてくんなよ。

 それと勝手に姪っ子と話すんな。

 トトロじゃねーよ。弟の娘のことだよ。

 なんだよ、名前知ってんじゃん…。ああ、そうか、おまえさん、ミイくんっていうのを教えただろ?

 え? 教えてないって? ただ言っただけ?

それを教えたと言うんだろ。

 え? ああ、なんだよ、あれはおまえさんが送ったものなのか…。やっぱりおまえさんの趣味なのか…。道理で。

 え? はなの趣味なんて知らんよ。え? 似合っているか? わからん。

 カワイイ女の子なら誰でも似合うじゃないのか。もっと小さい子ならもっと似合うよ。

は? いいよ、ピカチュウの着ぐるみパジャマなんていらないよ。猫ちゃんだけでたくさんだ。牛さん、だからモーモーパジャマもいらない。ついでにネズミさんもウサギさんもスペちゃんもいらないから。

 …なに? どうした?

 急に黙って?

 え? なに?

 …おまえさんなに言ってんの…?

 あれは…、あの子は…、違うだろ。

 そうだよ。違うんだよ。そうだよ。わかってるじゃないか…。

 可哀想だった…。

 え? そうだよ。本心から思ってるよ。

 ボクはなにもできなかったけどね。可哀想だったと思うことしかできないけど。生まれる前に消えてしまった小さい命に対してそういう感情を持つよ。

 そうだな…。ヒトゴトだから偉そうに言えてるのかもしれない。

 でもどうしようもない。どうしようもない…。ボクとの子供でもない、一年も前に別れ話をされて、その後音信不通、それを聞かされたのは数年後ときたら、もうなにがなにやら…。

 ああ? 数年も経ってない? 一年半年後? そういう細かな数字は覚えてるんだな…。

 ああ、ああ、そうだよ。責めているんだよ。

バカな人生を送ったものだ。そうだよ。わかっているじゃないか。お互いに、だよ。

 まあ、昔のことだからなあ。

 ああ…? いや怒ってないよ。別に…。

 ああ…? そうか…? でも違うよ。はなははなだよ。その子とは違うよ。

 みたいだって言っても…。無事に生まれてたらあのくらいになってた…、かなあ? そうかなあ?

 ま、昔のことは忘れたよ。

 それにな、はなは一個の独立した個人であり、人格であってだな…、誰かの身代わりだなんてことは一切ないんだよ。それにだ。誰かさんの代償行為の対象でもないんだよ。

 ああ…? お説教はたくさんだ? 堅いこと言うな? だと? そんなこと言ってないし、やってないよ!

 あんまりくだらないこと言ってると切るぞ。

ああ…、わかってるよ。切らないよ。冗談だよ。

 わかってるよ。会う日だろ? 来週ならあいているはず。もう一度予定表を確認するけど。

 …え? なに…? なんだって…?

 …わたしゃ神さまだよ、なんて誰が言うか!

 だから堅いとかじゃないよ。まったく。

 え? はななんて連れていかないよ。

 なに言ってんの? だからはなはおまえさんとはなんの関係もないんだよ。

 ケチじゃねーよ。会いたいって言ってもダメなものはダメだよ。え? わからんヤツだな…。

 は? はなは独立した一個の人格であって…、…、…、ああ、聞いてるよ。おまえさん、欲望の為なら頭働くの早いのな。こういうところは全然病気にみえない。

 だから誉めてなんかない!

 わかったから、わかったわかった。はなの意志を確認するよ。わかったから。はながいいんならいいよ。うるさいなあ。そんなことしないよ。誘導尋問とは聞き捨てならんなあ。まあ、いいけど。

 出来るだけはなの意志を尊重するよ。

 はあ? 過保護じゃねーよ。過保護ってなんだよ。

 ああ、ああ、わかった。わかった。わかったよ。

 いつものように駅前だろ? だから三人になるかどうかはわからないよ。しつこいなあ。

 例えばはなが快く了承したって当日急に具合が悪くなることだってあるだろう?

 なにも画策なんてしてねーよ。

 ありのままに誘うよ。予断もなしだ。そこは安心していいよ。本当だよ。

 だからイエデンにかけてくるなよ。いろいろややこしくなるから。いい方向に行きかけておまえさんの電話でブチ壊れたら困るのはおまえさんだろ?

 まあ、それくらいはデリケートな話題なんだよ。

 ああ、そうだな…。ちゃんと薬飲んで、ご飯食べて、ちゃんと寝て、規則正しい生活をしてだな、朗報を待っててくれ。

 ああ、またな。ケータイにかけてきてくれ。その時に、結果な。わかった。

 じゃあな、マミ…。電話切るよ」

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れとろいめらい 赤 藍元丸五 @AIMOTO

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