第35話 ユーコの悲しみ

 商業都市というだけあって宿を探し始めたのが遅かったせいで、独特な趣のある歴史ある部屋しか取れなかった。

 壁は薄く、ちょっとでも騒ごうものなら隣に部屋に声が筒抜け、最近はギラを稼ぐために依頼を日々こなしているのだが、夜になると隣の部屋から、女性のすすり泣く声が聞こえて来る。


「また聞こえてきますね」

「毎日毎日何があったんだろう。あんまり人の事情に立ち入るのも━━」


 シュリナが僕の言葉を遮って立ち上がった。


「わたし、聞いてきます。こういうのは女同士の方が…… (チラリ)。レム様行きますか……?」


 シュリナの視線は胸、いや……きっと悪気ではなく気遣いなはず。純粋で女慣れしていない男子が、毎日すすり泣く女性を上手く慰撫いぶする術は持ち合わせてない。


「シュリナに任せる。何かあったら直ぐに行くから呼んで」

「分かりました。こういうときに便利ですね。壁が薄いと」


 トタトタとシュリナは部屋を出ていった。


 壁越しに聞こえてくる声、何を話しているカマでは分からないが、声のトーンが山の天気のように変わっている。

 ……笑ってる……  ……楽しそう…… 

 ……なっ、長い。もうかれこれ数十分。って、今度は大泣きしてるじゃないか。シュリナ、一体何があった。慌てて隣の部屋に走った。


 躊躇なく扉を開いた。鍵はかかっていないのですんなり中に入る、直後、見知らぬ女性と目が合った。


「キャー、どちらさまですか!」


 見ず知らずの人間が急に入ってきたら驚いて当然だ、シュリナの泣き声に後先考えずに突撃してしまった。女性はぶるぶると震えている。


「シュリナの連れなんだけど、急に大きな泣き声が聞こえてきたから心配になっちゃって」

「あ、レム様。心配して来てくれたんですか。ユーコさんの話しを聞いていたら、悲しくて悲しくて……もらい泣きしてしまいました」


 ふぅー、何かされたわけじゃなかったんだな。良かった良かった。


《フフッ、妬いてしまいますね。わたしが泣いていたら助けてくれるのかしら》


 ちょ、ベルダンディまで変なこと言わないでよ。


「レム様、ユーコさんも兄さまと同じ転生者だったんです。兄の事を話したら盛り上がっちゃって……そのままユーコさんが身の上話しになって、話しを聞いていたら悲しくて悲しくて……思わず泣いちゃいました」


 もしかして……ベニマの話しで盛り上がったということは、彼の転生前のことを知っているってことだよな。


「ユーコさんは転生前の名前とか憶えているの?」

「ええ、もちろん。そのベニマという人と同じクラスだった、田島たじま 悠子ゆうこって言うの」


 なんだってー、田島さんと言えば臨海学校で僕とボッチ班に入れられた子じゃないか。

 彼女は恋愛小説ばかりを読んでいたせいかボッチになっちゃったんだよなぁ……中学の時は推し仲間ともだちがいたから、明るかったんだけどなぁ。


「レム様、どうしました?」

「あっ、ベニマってひどい性格だったから転生前はどんなんだったのかぁって」


 ごまかしてしまった。


「シュリナさんに聞きました。横暴の限りを尽くしていたそうですね。転生前はとても大人しい人でアニメやゲームといったことが趣味で、あまり人と関わるのが苦手だったんです」

「アニメってのは人型ひとがたを絵に描いてストーリーを楽しむもので、ゲームはこんぴゅーたというものを使って遊ぶんですって」


 シュリナよ、知らない人が聞いたら絶対に伝わらないと思うぞ。


「私もベニマあいだくんと同じで、小説という物語を文章にしたためたモノが好きでした。特に恋愛ものが最高です」


 推しを思い出しているのか、目を輝かせ、祈るように遠くを見つめる田島ユーコだった。


 すっごく分かるわぁ。こういう話しは大好物、混ざりたくってしかたがない……いや、ダメだダメだ。一時の感情で転生者であるということをバラしてはダメだ。心惹かれるこの話題をなんとしても変えないと……。


「そうだ! ユーコさんは何で悲しがっていたの」

「……一条くんです」


 この名前に胸が締め付けられる。僕を崖から突き落とした張本人。なぜここでその名前が。


「い、一条くん?」

「すみません。この世界ではノブナガという名でした。彼にアイドルになることを強要されているんです」

「え……と、理解が追い付かないんだけど」

「私を含めた4人をアイドルとして活動させています。私って地味な性格だから人気が無くて……いつも怒鳴らたり食事を抜かれたりで疲れちゃった」


 えっと……酒場で噂になっていたアイドルの話しってユーコさんたちのことだったのか。


「まったく怒鳴るなんてベニマ兄さまのようです! レム様、やっつけちゃって下さいよー」

「シュリナさんそれはダメだわ。ノブナガは転生者として最強の強さを持っているの。誰も適う人はいない……ただでさえ高い戦闘能力を持つ転生者のトップな上に、特別なスキルまで持っているんですもの」


 特別なスキルかー、確かにどんなスキルか分からない相手と戦うのは危ない。同じ転生者であるユーコさんからも怖がられているということは、よっぽど強いのだろう。


「レム様が負けるとは思えないけど……それなら、ユーコさんを可愛くして見返しちゃいましょう。薬学に秘伝の技があります!」

「秘伝ですか?」

秘伝の化粧パウダーメイクといいます。とても貴重なもので手に入りにくいのですが、レム様がいれば作れると思うんです」


 シュリナの言う化粧とは日本の化粧に近い、この世界で一般的な化粧といえば顔料を用いたものであるが、パウダーメイクは細かな粒子で顔を美しく見せる技であるようだ。


「そんな……私のためにそこまでしていただくわけには」

「何言ってるのよ、人族じゃ無い者同士仲良くしましょう」


 え、ユーコが人族じゃない? どこをどうみても人にしか見えないんだけど。


「なんでそれを……キチンと人化しているのに」

「ふふふ、鬼族族長の家系には変化へんげや人化を見破る能力があるの」


 そう言って、シュリナは人化を解いてみせた。ユーコも恥ずかしそうにオドオドしながら人化を解いた。


「実は私、オークなんです」


 淡い緑色の肌、紺色に輝く髪……想像しているオークとは次元が違う。一言で言うならば、『オークの娘がこんなに可愛いわけがない』といったところだろうか。


「そっちの方が健康的で可愛いのに。でも人族の前に出るなら人化しないとダメだものねぇ。そうだ、レム様は彼女に似合う洋服を作ってください。機織りスキルがMAXになったと言っていましたものね」


 この流れで断れるわけない。


「シュリナさんはレムさんに様をつけていましたが、鬼族が人族に仕えているんですか?」

「レム様は鬼族を従えているんです。いわばボスですね」


 これくらいはいいかなぁ……。僕は蜘蛛レオンの姿へと変わった。まぁ、今は蜘蛛レオンが変態した姿なのだが。


「僕は蜘蛛レオン系の種族なんだ。ユーコと同じ魔物だから仲良くしよう」


 この後、大変なことになった。レアである蜘蛛レオンが目の前に出現したことで、ユーコが

慌て、「本当にいるんですね」「知能があるんですね」「恋愛ってどうするんですか」とかとかの質問攻め、解放された時は夜も更けていた。


 翌朝、シュリナはお金を持って「材料を買ってくる」とどこかに行ってしまった。


 僕はというと頼まれた服作りに取り掛かる訳だが……女性服のセンスなんてあるわけがない。お店を巡って人々を観察して……良さげな洋服を模倣しようと考えていた。


 しまったなぁ、お腹空いたけどシュリナがお金を全部持ってっちゃったんだ……簡単な依頼をこなして日銭でも稼ごうかなぁ。


 ギルドで見つけた依頼は素材集め。依頼主がノブナガだったので直ぐに受けてしまった。

 前世で自分から一条くんに会いに行こうなんて思ったことないし、心にトラウマとして刻まれた恐怖が薄れたのは色々な経験があったからこそだろう。


 今の一条くんかぁ……どんな姿になってるのかなぁ (ダイタンニ ナッタモノダ)


「依頼主であるノブナガ様の住居は、有力者たちの拠点が連なる特区の一角にあります。周囲とは違う建物なので直ぐに分かると思います」


 ……そして向かった先、ノブナガの拠点は他とは異質、ナーロピアンな雰囲気漂う立派な建物が並ぶ中、ガラス張りの美しい豪邸がそこにあった。


「依頼を受けていただけるかたはあちらの建物へお集まり下さい」


 スタッフに案内されるがまま指定された建物へ向かうのであった。


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