第12話 ヘクター・グラッセスの葛藤

「ユウノ、学校でシシリーお嬢様を庇って刺されたんだってな」

「フードを纏っていてどんな人かまでは分からなかったですが」

「暴漢の攻撃を避けられないようじゃグラッセスの家は継げんぞ」


 被害者なのにヘクターちちからは咎められる、なんか理不尽だ。まぁ家を継ごうなんて思ってないけど。


「父さん、兄さんが迷宮から帰ってきて随分と変わった気がするんだ。前はもっと堂々としていたって言うか。そうだよねボランド」

「バタイ様の言う通りでございます。記憶を失っているとはいえあまりにも違いすぎる……彼が本当のユウノ様であるなら邪視が使えるはずかと存じます」


 なんなんだ一体、「邪視って何ですか? 僕は記憶を失ってなんのことかサッパリです」……と、知らないフリをすることしか出来ない。もし、生前にユウノの体が邪視とかいうスキルを持っていたとしても既に消え失せているだろうし。


「あなた、記憶を失っているのでは仕方がなくて?」

「奥さま、それならユウノ様の守護霊を視てはいかがでしょう。もし本物であれば旦那様だけが知る守護霊がいるはずです」


 考え込むヘクターちち、暫くすると目を見開いて口を開いた。


「儀式を執り行う。ワシもユウノが本物のなのか疑問でな。記憶喪失に関しては仕方ないが、感じるオーラが以前とは明らかに違うのだ。良いなユウノ」


「はい……」……この状況でダメなんて言えない。


「それでは旦那様、儀式の準備をいたします。バタイ様、手伝ってください」


 バタイとボランドは奥の部屋に行ってしまった。ヘクターちちは「着替えてくるからここで待っておれ」と自室へと消えていった。


《おい、一応忠告しておくが一番ひどい臭いを発しているのは涼しい顔をして座っておる|ミヤビとかいう女性じゃぞ。何を考えておるかまでは分からんがな》


 ありがとうウルド、なんかもう成り行きに任せることにするよ。出て行けと言われたらそうすればいいし、処刑と言われたら逃げればいい……最悪、エアフィルダール迷宮からやり直せばいいだけだから。


《随分と精神が強くなったのぅ》


 失うモノがないから……ただ、生まれて初めて出来た友達とサヨナラするのだけは寂しいけど。


「準備が出来たぞ。ユウノ、儀式の間に来い」


 吸血鬼のコスプレかいっ! と突っ込みたくなるような服装の父、大きな背中に付いていく。扉の前でニヤニヤしているボランドとバタイの前を抜けて部屋に入った。


 そこはまるでドラキュラ伯爵の寝室。石造りの壁、中央にある大きな魔方陣、その上にポツンと置かれている椅子。


「ユウノ、その椅子に座りなさい」

「はい」

 言われた通り座った。父はなぜか悲しそうな表情をしていた。


「……ユウノ、邪視の力は儀式などしなくても常に見えている。しかし、それはこの儀式に介して見たモノしか記憶に留めたり喋ってはいけないことになっておる」

「じゃあ、ずっと僕の守護霊が見えていたってことなんですね」

「そういうことだ。それは弟のバタイも同じだ」


 そういうことか……作戦を変えてきたってことだな。


「なんで僕がこの場所に行かされたのか理解しました」

「この場所に来たからには、ワシはお前を守りきれん。グラッセス家は邪視のスキルを持つバタイを正当後継者候補にするしかなくなったのだ」


 僕の守護霊が変わっていたことを父と弟は最初から分かっていたというわけか。


「じゃあ僕はどうしたら良いですか?」

「この家を出てくれ。お前の守護霊に特別な力を感じる。バタイの能力では感知できていないだろう。でも、バタイだけには継がせたくなかった……せめてマインが継いでいてくれたら……」

「マインって誰ですか?」

「本当になにも覚えていないんだな。お前の妹だ。あまり顔は出さないがとてつもない才能を秘めておる」


 妹がいたのか……男兄弟しかいなかった僕にとって姉や妹は憧れ。是非仲良くなりたい。でも一度も会ったことないんだよなぁ。食事の時だって見たことない。


「そこでだ、お前は町外れにワシが昔住んでいた屋敷がある。かなり古ぼけてはいるが雨風はしのげるだろう。学費だけはなんとかしてやるから後は自分の力で頑張ってくれ……ふがいない父で申し訳ない」


 思うに、ヘクターは当主としての振る舞いをするように操られているのだろう。そんな気がしてならなかった。


 ◆ ◆ ◆


「ユウノ・グラッセス。お前の守護霊は当家が持つべきもではなかった。よってグラッセスの名を剥奪しこの家を出ることを命ずる」

「父さん、これで僕がグラッセス家の跡取りになるんだね」

「おめでとうございますバタイ様、このボランドも嬉しいです」

「やった……やったぞ、これでシシリーも僕のものになるんだ」


 厳しい顔で見つめるヘクター、視線の先で喜んでいるバタイとボランド、そんなふたりを無表情で見つめているミヤビがいるのだった。


 ふぅー。大きなため息が無意識に飛び出した。


「僕は近々出て行きます」

「ユウノには我がグラッセス家の旧家を与える。以後、そこを生活の場とするが良い」

「分かりました。せめてその家の場所だけは教えてください」


 事前に聞いていたのであまりショックは受けなかった。とはいえ、次期後継者から一晩で勘当者へと変わるなんて凄い世界だ。


《貴族は長男が正当後継者になると決まっておるのじゃ。しかしその力が認められなかった場合は次男へと役割が引き継がれ脱落者は家を出る平民になるのじゃ》


 貴族っていいことばっかりじゃないんだなぁ。そうだ! 妹がいるって言ってたけど女性の場合はどうなるの?


《自由に結婚できるぞ。まぁ大概は政略結婚だがな。稀にじゃがその家の持つ適性が強い場合は後継者となることもあるぞ》


 そういえば、妹って会ったことないんだよなぁ。なぜか彼女だけは食事も別だし、メイドも滅多に会ったことないって言ってたし。


「わたくしが案内させていただきます」


 えっと……この可愛らしい美少女は誰だ? ……って、まぁひとりしかいないよなぁ。


「「マイン!」」


 驚くヘクターとバタイ。バタイは彼女に近寄ると焦るように口を開いた。


「マイン、俺がグラッセス家の正当後継者になったんだ。そんな勝手は許さんぞ」

「それはまだ決まっていないんじゃなくて? バタイ兄さまはもう少しの間、本性を隠していた方が良いかと思いますわよ」


 ピクリと反応するミヤビ。今まで口を出してくることがなかった彼女がイライラしているように見えた。


「バタイ、マインの言う通りです。今はまだ権力を振りかざす時ではありません。下がりなさい」


 一気に血の気が引いた表情となったバタイは恐れるように「ハイ」と返事をしてどこかに消えていった。



 次の休日、マインの案内により旧家に案内された。見送りは誰も来なかったが、この方が僕の人生を象徴しているように思えた。


「お兄様、説明をさせていただきます。貴族の家を出された者は姓がなくなりグラッセスを名乗れなくなります」

「じゃあ、今日から僕はユウノとだけ名乗ればいいのかな?」

「それでも構いませんですし、自ら貴族を目指すなら好きな姓を付けても構いません。ただ、平民の間は自称となりますのでご注意ください」

「マインは詳しいねぇ」

「実は今回の付き添いはお父様からお願いされたのです。お兄様にわたくしを守って欲しいと……事情は家に着いたらお話しします」


 馬車に乗り無言のまま揺られること1時間、深い森へと続く道に入っていく。そこは街外れにあるレンガ造りの一軒家、それなりの広さはあるが幽霊でも出そうな建物であった。




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