第十三章
『破面(一)』
————扉を開けた先では、こちらに背を向けた男が数十人の賊たちに包囲されていた。
顔を見合わせた賊たちは一斉に男に襲い掛かる。数十の刃が男の肉体を貫くと思われた刹那、男の手に剣が握られ、襲い掛かる対手を次々と斬り裂いていく。それはまるで龍の起こす嵐に巻き込まれたかの如くであった。
だが不思議なことに斬られた賊たちの肉体から鮮血は流れず、その身体は時と共に煙のように消失した。
正確に言えば男の手は
男が実体の無い賊を
その剣技は美麗かつ精妙、そして軽快と重厚————相反する二つの要素が渾然となった至上とも言えるものであった。
この世で最上の剣舞を
(……この男が青龍派の掌門か……! この境地に至るまで、いったいどれほど剣を振るって来たのだろう……)
一瞬にして驚嘆と敬意の感情を覚えた玄龍だったが、こうも考えた。
(この男の首を獲るなんて、
その時、最後の一人を斬り伏せた男の前に一頭の猛虎が現れた。記憶の断片の中で師父・
思い浮かべていた使い手があつらえたように現れ、玄龍は眼を見張った。先ほどまで笑みを浮かべていた凰蘭も眼を見開いている。
————ほどなくして龍虎は絡み合う。
天空を
(……凄い……! 空手で青龍派の掌門と五分に渡り合えるなんて、あの人はいったい何者なんだ……⁉︎)
膠着状態だった龍虎が距離を取って、力を蓄える仕草を見せた。
(凄まじい真氣が溜まっている。次の一手で決める気だ……!)
玄龍の予想通り、龍虎は同時に地面を蹴り激突した。
————しかし、龍の爪は虎の頬に一筋の傷を残したのみで、虎の牙は龍の脇腹をかすめるに留まった。
「…………ふう」
龍が一息つくと、絡み合っていた虎が姿を消した。同時に、この世の最高峰の闘いを間近で観ていた玄龍と凰蘭も見えない緊張感から解放された。
「————叔父さま! 今、闘っていた相手は父さまでしょう⁉︎」
興奮した面持ちで凰蘭が声を掛けると、男がゆっくりと振り返った。突如、
「……そうだよ。だが、また決着は付けられなかった」
青龍派の掌門————
「『また』?」
「ああ、お前の父とは何度も手を交えて来たが、ある時からいつも引き分けてしまうんだ。こちらが腕を上げたと思っても、向こうも同じように上達してくる。厄介なことだ」
龍悟はどこか嬉しそうに脇腹をさすった。見れば僅かに血が滲んでいる。極限の集中によって
「……よく帰って来てくれたね、凰蘭」
安堵したように龍悟が言うと、姿勢を正した凰蘭もひざまずいて静々と謝意を述べた。
「————凰蘭、只今戻りました。叔父さまの言うことを聞かず、勝手に飛び出してしまい本当に申し訳ありませんでした」
「……言いたいことはあるけれど、それは
この世で最も恐れている叔母の名を聞いた凰蘭は心臓がキュッと縮み上がった。
「……あの、叔父さま。慶おばさまは……?」
「まだ眠っていると思うが、お前が一刻でも早く会いたいと言うなら起こしてこようか?」
この言葉に凰蘭は慌てて
「————い、いえ! 叔母さまの安眠を妨げるなんて、そんな恐れ多いこと出来ません! お許し下さい、叔父さま!」
凰蘭は額を床に打ち付けんばかりに下ろした。その姿を見た龍悟は薄っすらと笑みを浮かべる。
「……それで凰蘭、
「そ、それは、その…………」
凰蘭が言い淀んでいると、龍悟の美しい双眸が玄龍へと移った。
「————
「…………いえ」
消え入るような声で玄龍は答えた。この男を前にすると、何故か上手く声を発することが出来ないのである。
「顔を上げなさい。いつまでもひれ伏す必要はない」
優しく促す龍悟の言葉だったが、命令された操り人形のように玄龍はゆっくりと顔を上げた。しかし、その眼は堅く閉じられていた。仰々しい龍の
「本当に龍の面を着けているんだね。龍公子、差し支えなければ理由を教えてもらえないだろうか?」
「はい、私は他人に自分の顔を見られたくないのです」
眼を閉じたまま玄龍が答える。
「……それは何故……?」
「女のようだと侮られることが怖いのです。どんなに陽を浴びても、青白いままのこの顔を恨めしくすら思います……!」
「————!」
玄龍の返答に龍悟の眼が大きく見開かれた。それは若い頃の自分が感じていたことと寸分違わず同じだったのである。
「……龍、公子……、歳は……いくつになる……⁉︎」
「十五だと記憶しています」
何かを確信したように、震える声で龍悟は言う。
「すまないが……、顔を、見せてくれないか……!」
「……それは————」
凰蘭にも伏せていた
その時、二頭の龍のやりとりを隣でもどかしく感じていた凰蘭が突然立ち上がり、玄龍の面に手を掛けた。
「————龍悟おじさま! ご覧になって!」
龍面の下から現れたのは、青龍派掌門・黄龍悟の一人息子、
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