プレイリストⅢ

61. 海の見える街

「何で朔たちまでここで勉強してるの?気が散る。」


 そんなこと言うなよー、と朔がむくれる。

 十二月に入り、受験勉強は山場だ。

 もうすぐ期末テストだけど、もうそんなのはどうでも良い。


 朔は英語を、香月はソルフェージュを、お互いの苦手科目を教えている。

 朔は英語だけはいつも成績がよく、発音も上手い。

 甲斐先生が「あいつは耳が良いんだろうな」って言ってた。それに、本人的には英語詞はしっかり理解して歌いたかったからちゃんと訳して気持ちを乗せていたらしい。


「あとは小論文だな。配点高いらしいよ。」

 香月の言葉に朔が怯えてため息をつく。


「大丈夫だよ。朔ちゃんはこの三年間でほんとに沢山の物語を歌ってきたんだから、語彙力は付いてるはず。文章の組み立て方さえマスターすれば簡単だよ。論理的に自分の考えを主張するの。」


 椿が優しく教えてあげている。

 分かりやすかったのか、おぉっ!という顔で頷いたり忙しい。

 まったく、気が散る。

 はっきり言って今の私は気が張っている。


「咲樹も少し息抜きしたら?ピリピリしすぎ。」

 自覚はある。香月が「ちょっとおいで。」とどこかに連れていこうとする。

 このままイライラしていても仕方ないし、香月についていくことにした。



 朔たちに、ちょっと席外すね、と言ってやって来たのは屋上だった。一つだけ置いてあるベンチに私を座らせて、いつ準備したのか、温かいカフェラテとキットカットを渡される。

 そしていつも香月が着けているマフラーを首に巻いてくれた。香月は手を息で温め、ヴァイオリンを構えると、聴いたことのある曲を弾いてくれた。


「『海の見える街』だ!すごい!綺麗な音!」

 香月ははしゃぐ私を見て、微笑みながら演奏してくれる。


 温かいカフェラテを飲みながら、キットカットを食べると、イライラもどこかに行ってしまった。

 曲が終わると、「前に、『やさしさに包まれたなら』をよく歌ってたって言ってたから、この曲も好きかなと思って。咲樹は頑張り屋さんだから、たまには息抜きしたってバチは当たらないよ。」と頭をポンポンしてくれた。


 気温は低いのに、気持ちはすっかり温かい。

 無性に抱き付きたくなって、抱き付いてしまった。


「ありがとう。やっぱり私は、香月がいてくれないとダメかも。ちょっと疲れてたのかな。」


「何それ。嬉しいんだけど。来月センター試験で、三月初旬までずっと緊張感を持って挑まないといけなくなるから、今のうちにアイドリングしておかないとね。もうちょっとだね。頑張ろう。」


 うん、と言って強くぎゅっとすると、パワーが湧いてくる。香月がいてくれて良かった。


 図書室に戻ると、朔はやる気が漲っていた。


「椿ちゃんに教えてもらったら、サクサク書けるようになったよ、小論文!」


「え、ギャグ?朔だけにサクサク。」

 香月の親父ギャグ、面白くない。でも、本当にサクサク書けるようになっていて驚く。


「椿の教え方が良いんだね。」と言うと、「朔ちゃんのポテンシャルが高かったの。」と謙虚だった。



 受験生にもクリスマスやら年越しはやってくる。

 クリスマスライブは今年も開催された。

 莉子がマライアキャリーや松任谷由実を歌っていて、盛り上がる。

 歌も上手くなってて、やるじゃん、と思った。

 蓮は山下達郎を歌っていた。こうやって、世代も変わっていくんだな。

 ライブが終わると、蓮が寄ってきた。


「これ、受験勉強のお供にどうぞ。糖分大事ですから。」

 ROYCE'の生チョコだった。蓮はプレゼントのチョイスが上手いな。

 お礼を言って受け取ると、椿にもあげていた。

 あ、そういうことね・・・。


 冬休みに入り、最後の追い込みにかかる。浪人したくない。クリスマスと年越しだけは家族で過ごした。

 初詣は朔と香月、椿も誘っていつもの神社にやって来た。おみくじは怖くて引けない。


 お賽銭を投げて『受かりますように』を心の中で何度も唱える。みんなでお揃いのお守りを買って、境内の隅っこで円陣を組んだ。


「俺のサクラサクパワーをみんなに!自分を信じろ!」

 受かるぞー!とかじゃなくて、今までの努力を後押しする掛け声だった。朔らしい。

 センター試験の会場には一緒に行くことになった。

 旅行の話も少し出たが、卒業式から入学式まで二週間しかないということが分かり、ちょっと難しいかもね、という話になる。しかも佐倉家は、お母さんの願いを叶えるため、ディズニーランドに行く約束をしている。

 とりあえず、受かってから決めよう、という話になって解散になった。


 解散するとき、香月の手を握った。

 香月は私の手の甲に軽く唇を当てる。

「俺も、絶対受かる。サクラサキパワーも貰った。」

 頭の撫でられたところが熱を持つ。私もパワーを貰った。



 センター試験は二日に渡り、全集中した。

 手応えはある。

 皆も出来たみたいでほっとする。

 気づけば誕生日も過ぎていて、十八歳になっていた。


 センター試験からの帰り道で、私と朔は、香月と椿からプレゼントを受け取った。

 椿は「今年は手作りできなかったけど。」と言っていた。香月は手紙を入れておいたらしい。


 家に着いて、プレゼントを開けてみる。

 椿からのプレゼントは、小さなモチーフがついたネックレスだった。上品で、嫌みがない。

 つけてみると、鎖骨の少し下にモチーフがきて、良い具合だ。


 香月からのプレゼントは何だろう。

 小さな箱を開けると指輪が入っていた。

 控えめなデザインだけど、お洒落。

 内側に『K to S』と、今年の誕生日が刻印されていた。

 そういえば、手紙書いたって言ってたな。紙袋の中を探すと、可愛らしい封筒が入っていた。


『咲樹へ

 十八歳、おめでとう。手紙なんて書くのいつぶりだろう。たぶん小学校低学年の時に、授業で母親に書かさせられた時ぶりだと思う。あまり長文にならないようにしないと。

 咲樹。文字で書くだけで照れる。高校に入って出会ってから、咲樹のお陰で楽しい日々だったな。デートとかあまりしてないけど、一緒にいられるだけで幸せです。受験が終わったら、二人だけの時間も増やしたいので、よろしくお願いします。

 「大好き」とか、「愛してる」なんて、なかなか言葉にして伝えてないけど、伝わっているのかな。それに、そんな言葉じゃ言い表せないこの気持ちはどうやって伝えれば良いんだろう。俺の誕生日に演奏した「愛の挨拶」が、一番近いと思う。

 この気持ちはぶれることなく、変わらない。だから、咲樹に預けておこうと思う。紙袋の一番下に俺の気持ちが入ってるから、咲樹の心の準備が出来るまで持っておいてほしい。気持ち悪いとか思わないでね。笹蔵香月』


 なんだろ。気持ち悪いと思うかもしれない物が入っているらしい。

 紙袋の中を探るがそれらしいものがない。

 もう一度手紙を読んで考える。『一番下』の、紙袋の外側の底を見ると、何かが頑丈に貼り付けてあった。

 剥がすと、また封筒が出てきた。


 ゆっくり中身を出すと、香月の情報が記入された婚姻届が出てきた。


 ビックリして固まる。


 もう、気が早いんだから、と思うと同時に、この用紙を役所に取りに行ったり、記入したりしている香月の姿を想像すると、胸がいっぱいになった。

 そんなに急ぐことないのに、と思う一方、やっぱり嬉しかった。

 ちゃんとお礼を言おうと、電話を掛ける。

 香月はすぐに出てくれた。


「プレゼント見た。ありがとう。指輪は手につけるの苦手だから、椿に貰ったネックレスに通して付けるね。あと、手紙も嬉しかったし、あれも、気持ち悪いとか思ってないよ。ありがとう。」

 少し間が空いて、香月の声が聞こえる。


「ねぇ、結婚しよう?」

 えっ、と言葉が漏れる。

 言葉ではっきり言われると、威力がすごい。何でそんなに急ぐのか聞くと、独占欲かな、と呟く。


「結婚したら、結婚式もしたいし、新婚旅行にも行きたいし、いろいろ準備もしたい。お金も自分達で稼いだお金で賄いたいし、そのためには社会人の基礎を作らないと。私はどこにもいかないから安心して。結婚したくない訳じゃないし、本当に嬉しいよ。ありがと。」


「うん。なんか、ごめん。戸惑うよね。咲樹がどんな反応するのかも分かってたけど、言いたかった。次の試験は本チャンだから心してかからないと。俺も、実技練習頑張る。」


 頑張ろうね、と言って電話を切る。その日から、回りとは大した連絡を取らずに追い込みをかけた。



 二月下旬。東大も芸大も入学試験だ。

 椿は二日間、私は三日間連続で試験を受けた。風邪をひくこともなく、出せる力は出しきった。


 ようやく勉強から解放され、何をして良いか分からなくなる。

 朔と香月は、一次の結果が出てから二次、三次と進むため日にちがかかる。


 朔は一次試験のあと、「あー、もうダメかも知れん。回りのレベルが高いー。」と言っていたが、合格の電話があり、その翌日にまた試験、というメンタルを安定させるのが難しい試験に挑んでいる。

 朔も香月も今日は最終試験を受けに行っている。


 私は椿と一緒に学校に登校し、試験の答え合わせを行った。自己採点では二人とも大丈夫そう。


「あとはほんとに受かるのか、朗報を待つだけだね。女子は落とされやすいなんて噂もあるし。」

 そんなのリアルで行われていたら訴えるしかない。もう受験勉強はしたくない。


 卒業式では、私が卒業生代表挨拶を任されてしまったため、何を話そうか考える。

 高校生活は色々あったけど、どれも煌めいていた。


 久しぶりにギターを弾きたくなり、椿を誘って音楽室に行ってみると、二年生の授業中だった。

 少し覗いて引っ込もうとすると、甲斐先生が「咲樹ー!」と叫ぶので注目されてしまう。

 先生は走って廊下に出てきた。


「朔たちはどんな感じ?」

 先生に報告してないことに驚く。


「二人とも今日、最終試験だよ。終わったら学校に来るって。」

 そうか、とほっとした顔になった。

 芸大組の面倒はずっと先生が見てたから、気になるだろう。


「先生、ありがとね。朔たちの面倒見てくれて。」

「何言ってんだよ。咲樹たちのこともちゃんと心配してたからな。お前たちはしっかりしてるから大丈夫そうだけどさ。」


 合格発表は学校にきて、ウェブで先生に確認してもらうことにした。

 早く授業に戻りなよ、と先生を音楽室に戻し、椿と教室に戻る。三年生はほぼ自習なのであまりやることがない。


「なんか、拍子抜けしちゃうな。」

「そうだね。寝不足も解消したし、刺繍でもやろっかな。」

 手芸もたまには良いな。

 香月に何かつくってあげようかな。

 自然に香月のことを考えている自分に気がつく。ニヤニヤしていたのか、椿が「何か良いことあったの?」と聞いてきた。


「実はね、誕生日に、婚姻届を貰ったの。」

「ぇえ!?それで、どうしたの?」

「だってまだ高校生だよ?入籍なんて、早すぎる気がして・・・。香月に早すぎるって言ったら、気持ちは変わらないから持っておいて欲しいって言われちゃった。何年先になるか分からないけど、その婚姻届を使って入籍できると良いな、とは思ってる。」


「分かってはいたけど、香月くんは本当に咲樹のことが好きなのね。待たせてる間に心変わりされないように気を付けないと。」


 椿の言う通りだ。入籍は、私にとってもメリットはある。でも、籍に頼っていちゃいけない。

 今まではずっと甘えてばっかりだったから、お返ししたい。お返しを考える時間も幸せに感じた。

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