62. 肌

 合格発表までの一週間。

 家でじっとしていては気が狂う。ということで、母さんの夢を叶えるため、父さんが企画したディズニー旅行に参加している。


 この企画は、俺たちが幼稚園児の時の設定で企画されているため、色々と親の言いなりだ。

 いわば、子供から親への感謝の気持ちとして、わがままに付き合ってあげよう、というもの。

 しかも、父さんは忙しいがゆえ、旅行代理店に企画を持ち込んでしまったため色々と手が込んでしまった。


 俺と咲樹は王子様とお姫様のコスプレで写真を撮られ、家族全員でミッキーたちと戯れ、ランチを食べる。

 そして、父さんはミッキーの、母さんはミニーの、俺はダッフィーの、咲樹はシェリーメイのカチューシャをしてパーク内を回っている。


「やっぱ幼稚園児設定は無理があるよね。父さんたちだって当時より年取ってんだから、無理すんなよ。仕事に響くよ?」

 シュンとしてしまった。ごめん。


「今は今なりの楽しみ方しようよ。家族写真はたくさん撮ったし、二人でデート気分を味わったら?」

 咲樹の提案に「え?」とはにかむ二人。初々しいんだけど。


「よし。じゃあ今日は、咲樹と恋人ごっこだな!昔よくやったな。」

 なつかしー!と言って手を繋ぐ。父さんたちにアトラクションに乗ってくるから後で連絡する、と言って一旦離脱した。


 

「咲樹と手繋いだの久しぶりだね。一昨年の文化祭以来か。」

 手を繋いでも居心地が悪くならない異性の双子って珍しいのかな。

 昔と違うのは、香月に申し訳ないような気がすることだ。

『インディージョーンズアドベンチャー』に着くと意外と空いていてすぐ乗れそうだった。そのまま並ぶ。


「朔のダッフィーカチューシャ似合ってるね。さっきから女の子が振り返って見てる。朔とデートするといつもこんな感じなのかな。椿がかわいそう。」


 ちょっとモコモコしたアウターを着てきたから目立ってたかな。前にユズと一緒に来たときは、男なのか女なのか分からなくてジロジロ見られてたっけ。


「椿ちゃんとはまだデートしたこと無いし。咲樹もシェリーメイカチューシャ可愛い。メイクも上手にできてるし、香月だったら写真取りまくってんぞ。」


 メイクの仕上がりを見るために顔を覗き込んだりしてたら、キャストの人が来て、お二人でお写真お撮りしましょうか?と言われ、撮って貰った。

 流石撮り慣れてて上手。

 最近始めたSNSに『双子デート』とアップすると、すぐに『いいね』とコメントがつく。

 コメントは香月で、『うらやま。』とだけあった。笑える。


 アトラクションの順番が来て乗り込むと、思った以上にジェットコースターでぎゃー!が止まらない。

 途中、逃げる羽目になってしまうインディーにイラっと来る。

 俺も咲樹も少しぐったりしてインディーを後にし、パイレーツオブカリビアンのアトラクションに向かった。

 俺たちが求めていたのはこれです。楽しい。


 パイレーツオブカリビアンの後にキャラメルポップコーンを食べながら父さんたちと合流した。

 楽しかったみたいで良かった。

 旅行代理店のおすすめスポットで夜のパレードを見て、隣接するホテルでディナーだ。

 ここにもミッキーたちが来てくれた。

 中に入ってる人、どんな人なんだろ。

 いかんいかん。夢の無いことを考えてしまった。



 この旅行は泊まり掛けで、明日はディズニーランドに行くらしい。

 ホテルの部屋はツインで、俺と咲樹が同じ部屋だ。

 父さんたちは離れていた分、一緒に過ごしてほしい。


 お風呂を済ませて咲樹と一緒にスキンケアをしていると、咲樹のスマホに電話がかかってきた。たぶん香月から。

 俺も椿ちゃんにメッセージを送る。気持ちは伝え合ったけど、まだまだ恋人って感じではない。


 電話を終えた咲樹に、用件なんだったの?と聞くと、声が聞きたかっただけだって、だそうだ。そんなんで電話して良いのかよ。

 朔は電話しないの?と聞かれ、確かに何でしないんだろ、と思う。

 デートは出来なくても電話ぐらい出来るじゃん。電話して良い?とメッセージを送ると、掛かってきてしまった。


「はい。朔です。」

 何かあったの?と聞かれる。


「えっと。声が聞きたかったから?」

 咲樹が頑張れと目配せをして、部屋を出ていった。


「今、家族でディズニー旅行に来てるんだけど、咲樹に香月から電話かかってきて。用件が声が聞きたかったかららしくて、俺も聞きたくなって。」

 照れて何話せば良いのか分からなくなる。


「私も、声聞きたかった。朔ちゃんの声独占するなんて贅沢だね。試験どうだった?」

 椿ちゃんの中では、俺の声はみんなのものなんだな。試験は出来ることはやった、と言うと、そっか、とほっとしている。


「椿ちゃんにも色々と勉強教えて貰って、ありがとう。受かったら、世話になったみんなのためにも卒業しないと。」

 ふふふ、と笑い声が聞こえる。可愛い。

 咲樹が帰ってきて、何となく話を区切って電話を切る。

 まだ話してても良かったのに、と言われたが、何となく気まずい。


 せっかくだから恋ばなしよーよー、ガールズトーク、と言って、香月とどんな感じなのか聞いてみる。


「この前、婚姻届を渡されて、結婚しようってはっきり言われちゃった。」

「は?え?ちょっと待って。役所に出したら配偶者になるやつだよね?」


 うん、と頷く咲樹を見つめる。まっすぐすぎだろ、あいつ。

 いや、そうあるべきなんだろうけど、今の俺はプロポーズなんて出来ない。

 出来る日が来るのかすら不安だ。

 香月が眩しく感じた。



 次の日のディズニーランドでも楽しく家族旅行を楽しんだ。

 一番楽しんでいるのは父さんだった。

 父さんに「良かったね。」と言うと、「お前たちのお陰だよ。ありがとう。もう、高い高いとか、肩車は出来ないけどな。」とハグされた。

 俺と咲樹がよくハグをしてしまうのは父さんの影響なのかもしれない。


 父さんと母さんは、明日から仕事のため、午後三時頃に帰路に着く。

 父さんの運転する車に揺られていると、咲樹のスマホに着信が入った。

 また香月からかと思ったら違うようだ。

「分かりました。今からそっちに寄ります。」と言って電話を切ると、父さんに椿ちゃんの家で下ろしてほしいとお願いする。

 電話の主は田中さんらしい。


 着替えとかの荷物は持って帰ってもらい、俺も椿ちゃんの家に上がると、深刻な顔をした田中さんが紅茶を出してくれた。


「実は椿さん、家を飛び出していってしまったんです。先ほどまで旦那様がいらしていたのですが、何か強く口論されて、椿さんが泣いて出ていったんです。お二人にはご連絡来てないでしょうか。」


 慌てて二人でスマホを見たが何も通知がない。電話を掛けてみると、椿ちゃんの部屋の中からバイブ振動が聞こえる。

 家の中にあるっぽい。

 もうすぐ暗くなるし心配だ。とりあえず探しに行くことにした。


 椿ちゃんが行きそうなところ、と考えても何も思い浮かばない。俺は彼女のことを何も知らないことを痛感する。

 どこ行っちゃったんだよ。

 彼女の優しい笑顔が浮かぶ。

 空を見ると厚い雲が太陽を遮って、今にも雨が降りそうだ。


 一時間ぐらい探し回り、少し小さな公園に差し掛かるとヤンキーに絡まれている女の子を発見した。

 よく見ると椿ちゃんだ。

 ここはどう切り抜けるか。


「お巡りさーん、こっちです。あそこで女の子が!」

 大きな声で叫ぶと、ヤンキーたちは逃げていった。

 とっさに椿ちゃんの手をつかんで大通りまで走る。


 雨が降ってきた。


 椿ちゃんは泣いているようだった。

 咲樹と田中さんに、椿ちゃんを見つけたことと、悩んでいるようだから話を聞いてくる、と連絡を入れる。

 雨宿りをするところを探しているうちに二人ともびしょ濡れになり、三月の寒空の中、椿ちゃんは上着を着ていなかったため震えている。

 びしょ濡れのアウターを脱いで椿ちゃんに着せ、帰ろうと言って手を引こうとすると、解かれてしまった。


「帰りたくない。もぅ、放っておいて。」

 震える悲しい声に、思わず抱き締める。

 昨日は優しく笑っていたのに、どうしたんだろう。


「わかった。じゃ、家じゃないとこ、二人きりになれるとこ、行こう。」

 椿ちゃんの手を握ると、抵抗することなくついてきてくれた。



 まさか、ほんとに俺がここに来るとは。

 楓くんが夏フェスの時に話していたラブホ。

 何となく、スマホの位置情報をオフにしてから近づく。

 通りから見えづらいし、雨降ってるし大丈夫、と自分に言い聞かせて建物に入った。


 ほんとに部屋を選ぶパネルがある。

 時間が早いからかほとんど空いてた。

 お金、少ししか持ってないからごめん、と言い訳しながら、二番目に安い部屋を選んだ。


 部屋の前にたどり着き、椿ちゃんを見ると、握っている手に力が込められた。

 意を決して部屋に入る。

 とにかく、椿ちゃんを温めないと。


 びしょ濡れになった荷物を脱衣所に置き、浴槽にお湯をためる。

 着せていたアウターを脱がせ、一人でお風呂に入れるか聞くと、頷いてくれた。


 バスタオルを持って浴室を出て、自分も濡れている服を脱ぎ、バスローブを羽織る。

 暖房をつけて布団で暖まろうと思ったけど、思った以上に体が冷えていて寒い。もう限界で浴室に戻る。


「椿ちゃん!ほんとに申し訳ないけど、俺も浸からせて!寒くて死にそう!」


 はい、と控えめな声が聞こえ、腰にタオルを巻いて浴室に入る。

 暖かいシャワーを浴びるとジンジンした。

 溶ける感覚。浴槽に浸かっている椿ちゃんと背中合わせでお湯に浸かる。


「ごめんね、こんなとこに連れてきちゃって。これしか思い浮かばなくて。」

「うん。私の方こそごめんなさい・・・。寒くない?」

 うん、と言うと無言が続く。


「・・・俺も、椿ちゃんみたいになったときあったよ、迷子犬。そのときは香月が保護してくれて、そのときも一緒にお風呂入ったな。びしょ濡れで体冷えちゃって。俺でよければ話聞くから。外で待ってるね。」


 少しくっつく背中がドキドキを運んでくる。

 体も温まってきて、先にシャワーを浴びて浴室を出た。

 もう一度バスローブを羽織ってタオルで髪の毛を拭く。

 脱衣所の鏡に自分の姿が写ると、なんだか恥ずかしさが込み上げてきた。


 部屋に置いてあるドラム式の洗濯乾燥機。

 使い方が分からず格闘していると、バスローブを着た椿ちゃんが操作してくれた。

 暖房も効いてきて、部屋も暖かい。

 ベッドに腰かけて何があったのか聞く。


「実は、父と父の再婚相手の間に子どもが出来たの。まだ生まれてないんだけど、男の子なんだって。今日、父がその事を言いに来て。そしたら、『お前はもう、跡継ぎのことは考えなくて良いから』って。

 生まれた時は男の子じゃなくてがっかりされて、成長してくるとお婿さんをとるためにどうすべきか考えさせられて、今は自分が後継ごうと思って東大受験までしたのに。

 今までの私の人生は何だったの?今までたくさんのことを犠牲にして生きてきたのに、たった一言で全てを台無しにされたの。」


 椿ちゃんは泣き出してしまった。

 抱き締めて背中を撫でる。

 俺もユズに何度も背中を撫でて貰った。

 きっと、彼から貰った愛情が俺の中で育って、今は彼女に注ぐことが出来ているんだと思う。


「椿ちゃんの人生に台無しになるような事はないよ。今まで頑張ってきたから、今、輝いてる。椿ちゃんの代わりは誰にも出来ないし、一人しかいない。

 義母兄弟が生まれたって、後を継ぎたいなら継げば良いじゃん。椿ちゃんなら出来るよ。東大だって怯まずに、辛い受験勉強に耐えれたし、有能で、いつもかっこよくて、可愛い椿ちゃんには支持してくれる人が必ずついてくれる。俺も、その一人。」


 彼女は何も言わずに、泣きながら抱き締め返してくれた。

 かなり長い間抱き締めあっていたと思う。


 椿ちゃんの気持ちが落ち着いてくると、いかにもな部屋の中、ベッドの上で抱き合っている状況に平常心ではいられなくなってくる。

 洗濯機終わったかな、と立ち上がる椿ちゃんの腕を掴んで抱き止めた。


「ねぇ、もう少しゆっくり話しようよ。布団の中で。まだ部屋の時間あるしさ。」

 辿々しく二人で布団の中に収まると、体温が伝わって暖かくなった。


「朔ちゃんは、こういうところに来たことあるの?」

「無いよ、初めて。楓くんが詳しく話してるの何となくだけど聞いてて良かった、ははっ。」

 手が重なって、そっと握る。


「すごく・・・、ドキドキする。」

 照れた顔に気持ちが昂る。キスしたい。

 手を握る力を強めて、そっと彼女の唇に唇を重ねた。

 キスが、気持ち良い。

 徐々に深まって行き、この後のことを考える。

 ユズとはここまでで終わりだった。でも、彼女は女性で、俺は男性だ。雄の部分が目覚め始める。


「嫌なら、今のうちに言って。俺、途中で止めれる自信ない。」

「嫌じゃないけど、いいの?みんなの朔ちゃんなのに。」

 ずっと気にしてたんだな。誰のものにもならないって。


「うん。今は椿ちゃんだけの俺だし、声も体も椿ちゃんだけのものになりたい。それに今だけは椿ちゃんを俺のものにしたい・・・。」


 同意を示して抱き締め返してくれた。そこからは夢中だった。

 彼女のことをもっと知りたい。

 体だけじゃなくて、内側も。


 途中で椿ちゃんが、「椿って呼んで・・・」と囁くから、ゾクゾクした。

 好きな人とするセックスはこんなにも気持ちよくて、多幸感があるものなんだということを知った。


 

 力尽きて微睡んでいると、椿が俺の胸にピタッとくっついてくる。余力のまま抱き寄せる。


「♪触れ合うと 言葉より 君のことを知れる気がした・・・」

 誰の歌?と聞いてくるので「星野源の『肌』っていう曲だよ。」と教えてあげる。今思うと、けっこうエロい歌詞だな。


「もっと知りたいな。椿のこと。」

「私も。朔ちゃんのこともっと知りたい。」

 二人で抱き合うと、すごく暖かい。

 お腹空いたね、という話になり、近くのファミレスに入ることにした。

 乾燥機ですっかりフワフワになった服を着て、ショルダーポーチを掛ける。

 モコモコのアウターは椿に着せた。

 忘れ物がないかチェックし、部屋を出ようとすると椿に服の裾を摘ままれる。


「朔ちゃん。ありがとう。大好き。」

 うん、と言ってキスをして部屋を出た。

 楓くんの話をちゃんと聞いていたからか、精算もスムーズに出来てホッとする。ポイントカードをもらってしまった。

 

 ホテルの建物を出ると二十時で、雨も止んでいて人通りもなく、サッとファミレスに入る。田中さんにファミレスにいることを伝えると、食事が終わったら連絡くださいと言われた。


「田中さんには迷惑かけちゃったな。お詫びしないと。」

「そうだね。椿は自覚ないかもしれないけど、たくさんの人に愛されてるよ。だから、愛することにも臆病にならないで。」


 うん、といつもの優しい笑顔が戻った。このとき頼んだハンバーグセットは、今までファミレスで食べてきたどの料理より美味しく感じた。

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