60. 家族になろうよ
風呂を終え、部屋に戻ると消灯時間だった。とりあえず皆ベッドに入る。
担任の先生が見に来て、「もう寝るのか?」と笑いながら去っていった。
ベッドの中で三人、眠たくないため話が弾む。
松下が恋ばなを仕掛けてきた。夏フェスの行きの車と似たような流れだ。
俺が未経験だというとやっぱり驚かれた。
「なんだー。咲樹さんが乱れてるところなんて絶対良いよね。」
「想像するんじゃない。しかも兄までいるのに。」
松下は「そうじゃん。」と言って笑う。
「マッツーは彼女とかいないの?」と朔が質問すると、溜め息をついた。
「お前ら信頼出来そうだから言っちゃうけどさ。俺、叶わぬ恋をしてるんだよね。」
トーンが重い。壁伝いに聞こえたらまずいので、壁から離れて話そう、と提案した。
「実は、俺の親父は三七歳なんだけど、実のお母さんは俺を生んだとき十六歳で、俺を生んですぐにいなくなったんだ。で、ずっと父子家庭で育てられて、俺が高校に上がったとき、親父が再婚したんだけど。その再婚相手が俺の好きな人。」
「え?お父さんと同じ人を好きになっちゃったってこと?その人は何歳なの?」
朔が頭の中を整理している。俺もちょっと混乱している。
「今は二十五歳。俺との方が歳近いんだ。ダンスのことも応援してくれたり、弁当作ってくれたり、母親としてだと思うけど色々と世話を焼いてくれてさ。でも、母親なんて思えないし、悶々としてたときに事件が起きて・・・。」
聞いちゃいけない気がするけど気になる。朔は素直に、何?何があったの??と聞いている。
「親父が仕事で帰って来ない日があって、優実さんも、あ、母親のことなんだけど、友達と呑んでくるって言って夜一人で留守番してたら、深夜に優実さんが泥酔して帰ってきて。しょうがないからベッドに運んで、上着を脱がせたりしてたら、急にキスされて、迫られて、しちゃったんだ。香月みたいに強いハートがあればよかったのにな、俺も。」
かなりディープな話に言葉が出ない。更に重い話が続く。
「俺は優実さんのことをそういう対象で見ていたけど、優実さんは違ってて。最中はずっと親父の名前で呼ばれてた。」
それ、地獄だな。朔は泣きそうになりながら話を聞いている。松下は溜め息をつく。
「そういうことがその後、二回ぐらいあって。俺もさ、親父の代わりにされてるって分かってるし、優実さんには気づかれないように、起きる前にはいなくならないといけないからけっこう辛いのに、求めちゃうんだよね、体を。
それで、その後しばらくして、赤ちゃんができたって親父も優実さんも喜んでて。ってことは親父の子どもの可能性もあるってことだから「よかったね。」って言っておいた。俺の弟になる赤ちゃんは年明けぐらいに生まれる。
もしかすると遺伝子的には俺の子どもかもしれないけど、優実さんの中では親父としてた訳だし、親父の子でいいかな、と思って。親父とは血液型一緒だし、DNA鑑定だって通ると思う。そんな鑑定しないと思うけど。」
朔は号泣しながら聞いている。
「だからさ、早くアメリカいきたいんだよね。もぅ、次に進みたい。金髪で、おっぱいとお尻が大きなセクシーバディの彼女をゲットします。」
がんばれぃ、と言って肩を叩く。
朔は「マッツーのセクシーダンシングでゲットできるよ!」と言いながら松下に抱きついていた。
「お前に抱きつかれると変な気になる。」
「それ言われるの、何人目だろう。」
朔はすぐに離れて布団に潜り込んだ。
「お前も大変だったんだな。」
「うーん、そうかもしれないけど、大変なのは俺だけじゃない。お前だって、好きな人が自分を庇って刺されたりして辛かっただろうし。でもさ、『大変』って、良いことだと思う。大きな変化があるから学ぶことも大きい。俺は人を好きになることとか、愛情を学んだ。お前だって何か学んだんじゃないの?あの事件。」
うーん、と少し考える。
「そうだな。確かにたくさんの愛を学んだな。朔は?恋人との関係で何か学んだ?」
え、俺?と言いながらまた布団から出てくる。
「そうだな。ユズと付き合ったのは、今思うと色々学んだかな。」
「ユズって彼女?朔って彼女いるの?」
「いないよ。ユズは元恋人で、彼女じゃなくて彼、男性だよ。恋人がいたのはその人だけで、今は彼女と呼んで良いのか分からないけど、椿ちゃんと両想いってことは本人と確認した。」
松下は「え?ちょっと整理させて・・・。」と暫く考え込む。
「前の恋人は男性で、今の恋人は女性。バイセクシャルってこと?」
「自分でもこれだっていうのは良く分からないんだけど、多分パンセクシャルなんじゃないかな。好きな理由に性別の選択肢が無いと言うか・・・。」
パンセクシャル・・・。
今の時代、性別は男性と女性だけじゃないしな。朔は悩んで調べたりしたんだろうな。
同性と恋人になるということに興味があるのか、松下は色々と深い質問を続ける。
「恋人ってことは、キスとかエッチとかもしたの?」
「付き合った期間は一年だけど、キスはめっちゃしてた。エッチはしてないよ。仕方が分からないじゃん。どうやってやるの?」
どうやってやるの?とまっすぐ聞かれた松下が狼狽える。
「俺の知識が正しいのか不安な部分もあるけど・・・」
松下はその知識を惜しみ無く話してくれた。俺も知らないのがあった。
「へぇー、そうやってやるんだぁ。みんな、よく知ってるよね。でもやっぱり想像できないな。ユズも無理やり求めてくるようなことはしなかったからさ。素肌を触ったりすることはあったけど、体温とか心臓の音を感じると落ち着くからだし、気持ちを伝えるのはキスで十分だったかな。多分、ユズのお陰でキスは上手いと思う。あ、でも好きな子にじゃないと唇にキスは出来ないよ。」
やっぱり繊細なんだな。性欲はそんなに無いのかも。
「精神的な恋愛してるね。今、両想いの椿さんとはどうなの?」
「好きだよ。今回はユズの時と違って、自発的な感情なんだ。ユズの時は相手からの好きだっていう気持ちを受けて好きになったけど、椿ちゃんは自然に好きになって、ハグもキスもされたいんじゃなくて、したいって思えるんだ。
でも、頭のどこかで、椿ちゃんとは多分結婚までいかないと思ってる。そんなんで付き合ったりするのは良くないんじゃないかって悩んだりもしたけど、だからってこの感情を蔑ろにする必要はないってことは学んだかな。」
やっぱ、結婚までは考えられないんだな。
「香月は卒業したら解禁なの?」
急に話を振られて少し固まる。なんという核心を突く質問。
「受験が終わったら、ってことで合意済みなんだけどさ。想像させないで。煩悩に負ける。」
「修行僧じゃん。香月なら出来そう、僧侶。」
朔は俺が丸坊主にした場合を想像し、髪型を変えれるアプリで俺を坊主にして遊び始めた。
ツボに入ったらしく、ずっと笑っている。せっかくだから朔と松下の丸坊主も変身させてみる。松下は普通だったけど、朔のは美少年だった。
「これ、戦国時代とか江戸時代だったら、偉い殿様におもちゃにされるやつだな。」
えー!そんな時代あったの!?
ヤダヤダヤダヤダ。と朔がじたばたしていると、担任の先生がやって来て、寝たんじゃなかったのか?と注意された。
そろそろ寝るか、と布団に入る。
「松下。アメリカ行ってもたまには連絡しろよな。帰ってくるときも。悩みとか聞くし。」
「おぉ、サンキュ。今日の話も、一人で抱えてたから少し肩の荷が下りた。お前の悩みも聞くからな。」
ありがと、と言うと朔が「俺もな!」と入ってきた。とりあえずカラオケ行こうよ。と話題が戻り、眠りについた。
二日目の沖縄では戦争の学習とかがメインで、史跡や資料に心が痛む。
自分の『死』については具体的に想像できない。まだまだ死ねない。やりたいことがたくさんある。
そう思っているのに死んでいった人たちが沢山いた。
戦争さえなければ死ななかったかもしれない。
平和公園で海を眺めていると、同じように海を眺める女の子が視界に入る。
「咲樹、と椿さん。」
甲斐先生はお土産を見に行ったらしい。
咲樹に旅行は楽しめているか聞くと、三線をけっこう弾けた、と喜んでいた。
俺はリゾートウェディングも良いな、と言ったらからかわれた話をすると、気が早いと笑われた。
「昨日の夜はね、椿が怖い話をするから一緒の布団で寝てもらっちゃった。」
羨ましそうに椿さんを見ると、「ごめんね、香月くん。今日の夜も、咲樹は私のものだから。」と勝ち誇った表情で言われ、冗談だとは分かっていても嫉妬してしまった。
夜は昨日と同じホテルの同じ部屋に泊まる。松下が、せっかくだから下の名前で呼んでほしいとハニカミながら言うので、「煌太ん」と呼んであげることにした。
咲樹は今何してるのかな。いいなー、椿さん。なんて考えている自分は甘かった。
何してる?とメッセージを送ると、参考書とびっしり書かれたノートの写真が送られてきた。勉強している!
「俺はなんて愚かなんだ。こんなときも彼女は頑張っているのに!」
かといって勉強する気にはならない。
朔と煌太んは音楽番組を見て、軽く踊りながら盛り上がっている。俺も何となくテレビを見ていると、甲斐先生が見回りに来た。
「楽しんでるか?俺は超楽しんでるよ。お前ら、踊りすぎんなよ?」
確かに楽しそう。そうそう、甲斐先生に言いたいことがあった。
「先生。修学旅行とは全然話関係ないんですけど、俺が使ってるベース、ほんとに貰って良いんですか?」
おー、と言って部屋に入ってくる。
「いいよ。あれはもうお前の相棒だ。ヴァイオリンだけじゃなくて、たまにはあいつも触ってやってくれ。あいつはお前に触られると、いい感じに鳴いてくれるだろ?」
「なんか、表現がエロいんだけど・・・。」
朔が「出たよ。破天荒まこちゃん。」と警戒する。
「なに言ってんだよ。音楽はな、セックスに似た快楽性がある。だから気持ちいいだろ?ダンスもそうだけどな。ま、童貞にはわからないか。そのうちわかる時が来るだろ。これからも音楽やってく人間なんだから、感受性磨いていけよ。じゃ、寝なくてもいいけどおとなしくな。」
先生は破天荒を残して部屋を出ていく。
「甲斐先生ってぶっ飛んでるよね。でも、生徒想いで良い先生。綺麗事並べる先生より遥かに好きだわ。」
煌太んは尊敬の眼差しだった。確かに、良い先生だと思う。
三日目。あっという間に修学旅行の最終日になった。
帰ったら寒いんだろうな。それに、本当に受験勉強、受験対策にシフトしないと。
海沿いの教会の前に差し掛かると、結婚式に遭遇した。
朔と煌太んがニヤニヤしながら見てくる。
「♪ノリで入籍してみたらエエやん・・・」
「ここでヤバTを歌うな。ノリで出来るか!」
面白い歌だけど、リアリティはあまりないよな。朔はちょっと考えて曲を変える。
「♪いつかお父さんみたいに大きな背中で いつかお母さんみたいに静かな優しさで どんなことも越えてゆける 家族になろうよ・・・」
福山雅治の『家族になろうよ』だった。夫婦じゃなくて家族になるってところが、温かくて良い。
「それなら採用だな。良い歌だよね。結婚って、二人だけの問題じゃないから。」
朔も、そうだな、と言って新郎新婦を眺める。
「香月と咲樹さんが結婚したら、朔は香月のお義兄さんか。楽しそうだな。」
兄というより弟っぽいけどな。
どんな未来になるんだろう。
沖縄の美しい夕陽に照らされて、俺たちの未来も輝いている気がした。
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