56. 奏(かなで)
椿が香月と二重奏を演奏することになり、部活のあとの音楽室で音合わせを行う。
蓮もなんだかんだ言って残っている。
椿は難なくピアノを弾き、その音に香月は綺麗にヴァイオリンを重ね、素敵なハーモニーが奏でられた。
椿に、凄く上手!と言うと、「お嬢様を見くびらないでいただけるかしら。」とどや顔をした後、柔らかく笑った。
「椿ちゃんはショパンの幻想即興曲も上手だったよ。」
朔が口を出すと、「『あの日』に弾いてもらったのか?」と香月にからかわれ、俯く。
私も椿からキスハグのことを聞いていたので、なんだか微笑ましく思った。蓮は複雑な表情で見ている。
「その曲なら、俺も弾けるよ。」
「え?香月もまさか、ピアノ弾けるの?」
朔が驚いていると、チッチッチ、と人差し指を振ってヴァイオリンで複雑な音階を奏でる。蓮も含めて唖然とする。
「えっ?今、どうなってたの?指とかどうなってたの!?なんでこんなのヴァイオリンで弾けるの!?」
「そりゃ、練習したから。というか、こいつとなら何でも弾けるような気がする。小さいときはこいつとポケモンしか友達いなかったから、いつも遊んでもらってた。」
楽器との絆が凄い。何故かヴァイオリンに少しだけ妬いてしまった。
「香月くん、あれ弾いてくださいよ。前に言ってたドビュッシーの月の光。どんなのか聴いてみたいです。」
「あぁ、いいよ。」
ヴァイオリンを挟むと、椿に伴奏を弾けるか聞いている。その仕草もかっこいい。全部がかっこいい。
椿は「どんなだっけ?」とメロディを確認すると、それなら大丈夫、と演奏を始めた。
ピアノが始まって少ししてからヴァイオリンの旋律が走る。凄く綺麗。
それに、ロマンチックで神秘的な感じがする。曲が終わると、聴いていた三人と、いつの間にかいた甲斐先生も拍手をした。
「これ、エロいですか?」
何の質問かと思ったら、香月がエロい曲、として選んだ曲だったらしい。甲斐先生がため息を付きながら、蓮の横に立つ。
「お前はまだまだだな。ピュアな香月にとってエロスというのは神聖な領域なんだよ。想像してみろ。月の光に照らされた女体はエロス=女神だろ?そこで曲が流れる。そしてその体に触れることが・・・」
「ストップ!もう、先生!恥ずかしいって!」
全員恥ずかしがっている。香月も、「いや、俺はそこまで深く考えてなかったんだけど、潜在意識なのかな。」と妙に納得している。
先生は「芸術を真剣に語っただけなのに。」と膨れていた。
話題は椿のピアノ演奏能力が高いことに移った。一緒に軽音楽部やってたら楽しかっただろうな、という話になる。
「それも良いかもしれないけど、手芸部もなんだかんだ言って楽しかったよ。オリジナルTシャツ作るのも面白かったし。そういえば、今年は衣装とか何もしないの?私はさすがに作れないけど。」
そういえば聞いてない。
「俺等もなかなか時間とれなくて。蓮はなんかアイデアないの?」
「去年のTシャツ着れば良いかなって思ってました。将たちの分どうしよう。あとは、紅蓮華のときに何か羽織るか。」
紅蓮華はアニメの主題歌で、アニメのキャラクターが羽織着てたり着物だったりするらしい。
「Tシャツ三枚ぐらいなら今の部員で作れると思うから頼んでおいてあげる。羽織は作るのは難しそうだな。浴衣着ちゃえば良いじゃない?着付けならしてあげるよ。一応師範持ってるの。」
椿は何でも出来るな。前にお嬢様としてのプライドについて語っていたのを思い出した。
文化祭の二週間前。みんなで浴衣を持ち寄って着付けをして演奏をしてみることになった。準備室を締め切って、女子の着付けは椿がテキパキと準備をしてくれる。流石、どんな素材をどう合わせると良いのかとか、凄く詳しい。
「莉子ちゃんは髪の毛をふわふわにして、ピンクのこれを着ると絶対可愛いよ。」
椿が私が持っていたピンクの浴衣を莉子に着せると、莉子ははしゃいでいた。ちょっと蓮くんに見せてくる、と言って準備室を出ていった。
「今は蓮のことがお気に入りなんだね。」
「朔くんにアタックしたら、バシッと断られてたよ。その後泣いてる莉子を蓮が慰めたら気に入られたみたい。」
みくが苦笑しながら事情を話してくれた。朔にしては成長したじゃん、と思う。
みくは濃い色の浴衣を着たい、と言って椿が持っていた濃紺に大きな牡丹の柄が入った浴衣を着せてもらった。髪の毛は高い位地でツインテールにするらしい。和服でもロックな感じがして、みくらしい。
私は一昨年に買って一回も着てない、レトロな柄の浴衣を着せてもらう。着付けの途中、帯紐が痛くないかと心配された。傷口が気になるみたい。
「大丈夫だよ。もう押さえても痛くない。」
椿は申し訳なさそうに微笑む。
「私が刺されればよかったって、何度も思った。本当に、ごめんね。謝ったって傷は残るのに。」
着付けが終わり、椿を抱き締める。
「そんなこと思わなくていいよ。椿は悪くないし、謝る必要ない。本当にもう痛くないしさ。それに、お嫁に貰ってくれるって言ってくれてる人もいるから、そういう心配もいらないし!ふふっ。」
私の言葉を聞いて、椿も笑ってくれた。みくが「女子の友情って、ちゃんとあるんだね。」と呟く。
「何言ってるの?みくも大事な仲間なんだから。」
「咲樹ちゃん!ありがとう!大好き!」
みくに抱きつかれている間に、椿は紫色のグラデーションが入った品の良い浴衣を、さっと着付ける。さすが、速い!そして佇まいが綺麗。姿勢が良いのかな。
「楽器、弾きにくいといけないと思って。」と、椿が準備してきてくれた襷を持って準備室を出る。
男子は一応浴衣を着ていた。ちょっと着崩れている。
「浴衣って、男子も意外と難しいんだね。帯がうまいこと出来なかった。」
朔が困りながら椿に直してもらう。直すのもお手のもので速い。
「でも、一人で全員着付けないといけないとなると、ちょっと大変かも。」
「じゃあ、男子のは由紀乃さんに頼んでみる。」
由紀乃さんにメッセージを送ったら、快諾してくれた。
香月が浴衣でヴァイオリンを弾いてみている。かっこいい!
こっそり写真を撮っていると、「二人でとってあげますよ。」と琥太郎が近づいて来てくれた。ちょっと恥ずかしいけど撮ってもらった。良い子だー。
演奏するときは、やはり袖が邪魔になるらしく、椿が襷のかけ方をみんなに教える。なかなか出来ないので、最終的には輪っかを作っておいて手を通すという荒業を決行することになった。
莉子はDAOKOの『打上花火』も歌うらしい。詳しいセットリストを聞いていないので、楽しみだな。
私は蓮のリクエストで『人生は夢だらけ』を歌うことになっている。たぶん午後の部なんだろうけど、いつ歌うんだろ。歌うとき暑いよな。日傘を差してお洒落な感じで歌お、と考えていると、香月に手招きされて窓際に近づく。
「いいね、その浴衣。色っぽい。」
耳元で言うからくすぐったい。それを言いたくて呼んだの?と笑う。
「香月もかっこいい。浴衣にヴァイオリンって良いね。色っぽい。」
香月は焦げ茶色で黒の細いストライプが入った浴衣を着ている。お父さんの形見らしい。
ヴァイオリンもそうだということを、この前電話したときに話してくれて、お父さんに包まれてるな、と思った。こんな香月の姿を見たら、香月のお母さんも喜ぶだろうな。
「はぁ。卒業したくないような、早く卒業したいような。青春ってこういうことなのかな。」
香月が感慨に更ける。
二人で夕日を眺めていると、香月がおもむろにヴァイオリンを弾き始める。スキマスイッチの『奏』だ。香月が、「あ、二メロの歌詞ね。♪君が大人になってく その時間が 降り積もる間に僕も変わってく 例えばそこにこんな歌があれば 二人はいつもどんなと時も繋がっていける ・・・」
それぞれで演奏しているみんなを見渡す。みんなも変わっていくんだろうな。どんな風に変わっていくんだろう。私たちの変化は成長だと良いな。不意にギュっと手を握られる。
「いつまでも高校生ではいられないし、この先大学行って社会に出て、って環境も変わって行くし、俺たちもそれに対応するために変わっていくと思う。でも、咲樹とはこの先ずっと、何があっても繋がっていたい。」
うん、と頷いて、ギュっと握り返して手を離す。
そういうことをストレートに伝えてくれるのは嬉しいけど、みんながいるときは照れ臭い。私が照れて手を離すことも香月はもう分かっていて、皆の演奏を確認しに行った。
お互いに、行動や思考パターンが分かるようになってきている。お互いのことを考えたり、想ったりしているから分かるようになったんだと思う。
これからもこの気持ちを大事にしていきたいな。
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