55. S

 夏休みが終わり、いよいよ文化祭の準備も佳境を迎える。

 蓮からリクエストされた『紅蓮華』も良い感じに仕上がってきた。

 もう一曲ヴァイオリンメインの曲を選曲しなくてはいけなくなり、悩む。

 どの曲にしようか考えながら、朔と音楽室に向かっていると、朔は何故か理科室の方に進んでいく。


「おい、そっちじゃないぞ。なんか、ずーっとぼやっとしてない?体調悪いの?」

 最近ずっと様子が変だ。

 音合わせとかダンスとかの間はしっかり集中しているけれど、それ以外はネジが緩んだようにボーッとしている。

 もちろん授業も。

 ずっとこのままでは、受験にも響くんじゃないかと心配になってしまう程だ。


 今日は金曜なので声楽のレッスンもあるし、まずはここで体調崩されたらまずい。体調悪いなら保健室に行って休むように促すと、潤んだ瞳で見つめられる。


「なんでこんな状態なのかは、俺自身がよく分かってる。今日、泊めてほしい。そして話を聞いてほしい・・・。」


 朔の上目遣いの威力、すごっ。これ、断れる人いないだろ。楓くんが、普通の人をも変態にしてしまうって言っていた事に信憑性を感じた。


 声楽のレッスンの間、その風景を見ながら、文化祭で演奏する曲について悩んでいた。

 名曲と言えば『ツィゴイネルワイゼン』とか、『ツィガーヌ』か。

 うーん、盛り上がりに欠ける。

 ヴァイオリンの曲って暗いの多いよな。ヴァイオリン協奏曲はちょっと違うし。

 唸っていると、甲斐先生が声をかけてくれた。


「お前が好きなの弾けば良いじゃん。暗くてもさ、高校最後の文化祭なんだから。盛り上がるかどうかじゃなくて、何を伝えたいか、が大事だ。しっかり伝われば勝手に盛り上がる。」


 伝えたいことか。高校生活、ありがとうを伝えたい。咲樹には独奏を聴かせたけど、ピアノと一緒に「愛の挨拶」を演奏したいな。朔は弾けるかな。ちょっと余裕無さそう。

 あ、すぐに弾けそうな人いたわ。まだいるかな?

 図書室に向かうと、司書の先生がちょうど扉の鍵を閉めているところだった。

 残念、と思って音楽室に戻ろうとすると、職員室から出てきた咲樹と椿さんに鉢合わせた。お目当ての人に会えた。どうしたの?と咲樹に訊かれる。


「椿さんってピアノで「愛の挨拶」弾けるかな、と思って聞きに来たんだけど。」

「確か弾いたことあるわ。どうして?」


 そういえば連絡先教えてないね、と言ってメッセージアプリで連絡先の交換をする。

 文化祭で一緒に弾いてほしいとお願いすると、快諾してくれた。


「朔には頼まないの?」

「いや、あいつ最近大変そうだから。今日も潤んだ瞳で『泊めてくれ』とか言われて、なんかキュンとしちゃった。」

 笑いながら話すと、少し引っ張られて耳打ちされる。


「朔は家でも変だけど、椿も変なの。今日、泊まりに来てって言われてて行くんだけどさ。何かあったのかな。あ、だから今日は電話しなくて良いよ。」

 電話出来ないのは寂しいけど、どうしたんだろ。



 声楽のレッスンが終わり、また先生がラーメンを奢ってくれることになった。



「まこちゃん先生、何回もありがとう。ゴチです。」

 朔が御礼を言い、俺も「ゴチです。」と言うと、先生は何か意味深な笑みを浮かべる。注文を済ませると、早速先生が口を開く。


「朔はこの前のあれ、香月に言ったのか?」

「今日、言おうと思って、泊まりに行く。」

 いいなー、俺も泊まりに行こっかなー、と言いながらニヤニヤしている。


「何なんですか?ここじゃ言えないんですか?」

 え、いい?いい?と朔に『はい』と言わせる先生、圧力・・・。一応小さい声で話し始める。


「それがこの前、ダンスの練習をする場所がなくて音楽室を使いたいって言うから鍵を貸したのね。俺はちょっと用事があって外に出てて。そしたら土砂降りになって学校に戻るのが遅くなったんだけど、音楽室に戻ったら、女の子と抱き合っててさ。その女の子は藤原なんだけど。しかも、藤原が俺に気づいて離れようとしてるのに、『もうちょっと』とか言って、可愛いー!」


 朔は恥ずかしさのあまりテーブルに顔を突っ伏している。先生のいじり、俺でもきついわ。でも、気掛かりなこともある。


「それって、自分から?」

 朔は少し顔をあげて「うん。」と言う。先生と顔を見合わす。


「今の朔なら、誰でも落とせるな。俺、今日、朔にキュンとしたの二回目。」

「俺も、持って帰りたくなった・・・。」

 先生、トーンがけっこうリアルです。

 ラーメンが来たので食べ始める。朔はまたレンゲにミニラーメンを作って食べている。

 食べながら話を続ける。


「抱き合っただけ?」と聞くと、盛大にむせた。分かりやすい。

 また、自分から動いたのか聞くと、「うん。」と言うので、先生と顔を見合わせて、握手をした。


「朔にもそういう感情があったと言うことだな。ロールキャベツめ。」

 先生はなんだかんだ言って、成長を喜んでいる。


「あーぁ、もうすぐお前らの最後の文化祭か。感慨深いな。お前らは初代にして黄金期だったよ。卒業しても絶対疎遠になるなよ、俺と。」


「はいはい。先生ってけっこう寂しがり屋ですか?可愛いとこあるじゃないですか。」

 ちょっとからかうと、「そんなことねーよ。」と照れていた。


 店を出て先生に御礼を言うと、「みんなには内緒ね。集られるから。」と笑う。


「朔は大事な時期なんだから、しっかりしろよ。猿になるなよ。女子と付き合うの初めてだろうから。」

 最後にはちゃんと先生らしいような言葉をかけてくれた。



 家に着くと、珍しく今日は母親だけが家にいた。

 ねーちゃんは彼氏のところに行っているらしい。前にパンイチの彼氏とバッタリ会ったのを少しは気にしてくれているようだ。


 お風呂にお湯を溜めていないと言うことで、シャワーで済ます。

 朔の次にシャワーを浴びて出ると、リビングで母親と朔が話し込んでいた。俺がヴァイオリンを始めたきっかけの話みたいだ。


「あの子のヴァイオリンは、亡くなった夫のものなの。夫は由緒ある名家の長男で、うちに養子に入るなんてあり得ないような人だったんだけど、家出して来てくれて。

 結局縁は切られてしまったから、父方の親戚とは親交も無くなった。

 香月が三歳ぐらいの時かしら。夫が本当に久しぶりにヴァイオリンを弾いていたらすごく興味を示して、教えると音が出たの!この子は天才だって。親バカなんだけど、それからも嬉しそうに教えていたわ。」

 朔は相槌を打ちながら、真剣に話を聞いている。俺はお茶を持って朔の隣に座った。


「夫が亡くなってからは私も家を空けがちになって、寂しい思いをさせてごめんなさい、って香月に謝ったら、お父さんとヴァイオリンを弾いてるから寂しくないよって言ったのよ。ビックリして、星にどんな様子で弾いてるのか聞くと、誰かと話をしているような感じで独り言を言いながら弾いてるって言ってて。

 私も、幽霊でも良いから会いたくなって、こっそり練習しているところを覗いたら、パソコンのモニターに主人にそっくりな人が映っていて、香月を指導してくれていたの。」


 朔が「え?どういうこと?」と話の展開について行けてない。


「俺のお父さん、年子の弟がいたんだ。お父さんが、亡くなる前に弟に連絡とって、俺にヴァイオリンを教えて欲しいって頼んだらしい。俺が寂しくならないようにって。

 パソコンの操作の仕方とかは入院していたお父さんが教えてくれて。俺、お父さんが亡くなってからも、しばらくはお父さんは生きてるって信じてたもんね。今もその人、俺の先生だよ。叔父さん。」


「そうなの?じゃあ、ヴァイオリンがお父さんの家と繋げてくれてるんだね。へぇー、すごいね。でも、叔父さんはヴァイオリニストなんだよね。家は誰が継いだの?」


「叔父さんが継いだよ。名家って言っても、椿さんとか蓮みたいに、家業があるタイプじゃなくて。息子もいてさ。まだ小学生だけど、従兄弟。」


 俺の話はもう良いから、と朔を部屋につれていく。早速、「どうだった?キス。」と聞くと、布団に倒れこんだ。


「もう、俺ダメだ。思い出しちゃうし、思い出すとしたくなるし。それに、ほんとにして良かったのかまだ悶々としてる。」

 音楽室での一部始終を聞く。未来を誓えないのに、恋人とかそういう関係になってしまって良いのか悩んでいた。


「椿さんも良いって言ってるんだし、良いじゃん。未来を誓っても果たさない人なんていっぱいいるし、逆に誠実で良いと思うけどな。未来なんてどうなるか分からないんだから、今を大事にしないと。もし別れが来たとしても、その恋は無駄じゃないし、宝物になるって。それに、別れなくて良くなる可能性だって無い訳ではないんだし。」

 また潤んだ瞳で見つめられ、キュンとしてしまった。


「椿ちゃん・・・。ほんとにかっこいいし、可愛いし、良い匂いするし。はぁ。」

 とろける顔をする朔に、「気持ちは分かるけど、大丈夫か?今はとろけている場合じゃないぞ。」と忠告する。すると、朔の目に炎が宿る。


「分かってる。恋愛で他のことがダメになるなんて嫌だ。話聞いてもらってスッキリしたし、全力で行くぞ!」

 文化祭で演奏することになったシドの『S』をスマホで流し、歌い始めた。


「♪同化 綺麗なままで 欲張りな肌で 乱暴な湿度見透かして・・・って、歌詞エロいよね。こんなん学校で歌って良いのかな。」


 せっかくだからビジュアル系!っていう感じの曲が良いということでこの曲になり、将は大喜びしていた。

 ギターパートはすごく難しそうだけど、好きだから頑張れるらしい。


「そういえば、さっきの話。俺、途中まで本当に幽霊の話だと思って背筋凍ってた。」

『S』がホラー映画の主題歌だったからか、幽霊繋がりの話になる。


「お母さんが、幽霊でもお父さんに会いたいって思ってたこと初めて聞いた。人間の感情って、不思議だよな。」


「うん。それに、お母さんみたいに思えること、素敵だな。知ってる人なら幽霊も怖くないかも。」


 じゃ、今からSILENT HILLやるか、と言うと全力で拒否され、練習も全力で出来るようにと眠りについた。

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