54. Pierce
「ごめん、今のは俺のタイミングが合ってなかった。もう一回!」
もう、この会話をお互いに何回しているのか。学校の体育館が使えず、まこちゃん先生にお願いして音楽室でダンスの練習をしている。
軽音楽部の練習は無いので、松下と二人きり、朝からずっと踊りっぱなしだ。
動きをチェックするためにカメラを回し、都度確認する。冷房ついてて良かった。外だと死んでた。
「手応えはあるな。次、ワンチャンだから。」
二人で気合いを入れ、音源を流す。本番だと思って自分の体に喝を入れ全力で踊った。
今までに無い、シンクロする感覚。
はやる気持ちで撮影した動画を見ると、バッチリ合っていた。思わずハイタッチをし、ハグする。
「とりあえず、ゴールが見えて良かった。これだけやってまだ一回しか完璧に合ってないから、あとはどこまでシンクロ率を上げれるかだな。個人練習を怠らず、完璧に仕上げていこう。」
さすが体育部。松下はメラメラと燃えている。水分補給をしながら進路の話をすると、松下は具体的な進路を決めていた。
「俺、高校出たら留学するんだ。この前、エージェントが決まって、ダンス学校の面接とかこれから受ける予定。英語は苦手だけど勉強しないと。」
「すっげー!マジでかっこいいじゃん!俺はお前のダンスは世界一になるって自信ある。いつかエンターテイメント業界で一緒に仕事できると良いな。」
松下はステップを踏みながら俺に近づき、ターンをして肩に肘を乗せる。
「お前と踊ったの、けっこう影響してる。エンターテイメントの世界に進もうって決めたの、去年の文化祭で、ステージの上から見た皆の笑顔に凄く感動した。お互い、みんなを楽しませることに貪欲でいような。」
おぅっ!とフィストバンプをすると、松下のスマホが鳴った。
「やべ!この後、用事があるの忘れてた!じゃ、個人練習頑張ろうな。」
喋りながら汗まみれのシャツを着替え、急いで出ていった。
自分もシャツを着替えてタオルで頭を拭く。冷房の吹き出し口に移動して涼みながら、松下の未来を想像する。
アイツならレディ・ガガとかアリアナ・グランデとかの大物と一緒に踊れそう。
俺はどうなんだろう。
これから進んでいく道は、きっと平坦じゃないと思うし、平坦であることを望んでいない。
売れたら売れたで、プライバシーも侵害されていくと思う。恋愛だって簡単じゃないだろう。
性格上、完璧に隠すことなんて出来ない。
だったら、最初から恋なんてしない方が良いのかもしれない。
時計の針は午後四時を指している。音楽室の鍵を返す約束まであと一時間あった。ピアノの椅子に座り、鍵盤を開く。
「♪Here with you now I'm good, still miss you I don't know what I can do, we can't be true 満たされる事なく二人の距離 縮まっていく度切ない・・・ 溢れだした想い募るだけで・・・」
浮かぶのは、ユズの姿じゃなくて、滝に行ったときの椿ちゃんの恥ずかしそうな笑顔だった。やっぱり、彼女に恋してるんだな。
「♪もしもこのまま君を忘れる事ができたら なんて思えば思うほどに 君を忘れることなんて僕には出来るはずもなくて・・・」
ONE OK ROCKの『Pierce』。
途中で演奏を止める。
歌ってて胸が苦しい。
「全部歌わないの?残念。」
「!・・・椿ちゃん。」
いつの間にか音楽室の扉の前に立っていた。
「帰ろうと思ったら音楽室からピアノの音が聞こえて、気になって・・・。」
窓の外は土砂降りであることに気付く。
まこちゃん先生から電話がかかってきた。
『お前まだ時間ある?俺、ちょっと外に出てたら大雨降ってきてさ。そっちに戻るの少し遅れるけど、それまで待てる?鍵を貰わないと。』
全然大丈夫です、と答える。午後六時ぐらいになるらしい。スピーカーで話してたので、椿ちゃんにも丸聞こえだった。
「実は私も、田中さんが遅くなるって。車の調子が悪いみたいなの。」
学校にいるのは、手芸部の応援らしい。今は一年生の部員が三人いて、頑張っているそうだ。
「ねぇ、私も弾いていい?」
もちろん、と言うと俺のとなりに座って滑らかな手つきで鍵盤を操る。
俺より上手いじゃん・・・。
「それ、ショパンの幻想即興曲だよね。今はクラシックも勉強してるんだ。それにしても上手だね。ビックリした。」
椿ちゃんは俺の顔をじっと見てふっと笑う。
「だって私、『お嬢様』だもん。」
へっ?予想していなかった言葉に驚く。椿ちゃんは鍵盤から手を下ろし、椅子の後ろに手をついた。
「生まれたときから『お嬢様』として育って、何かにつけて『お嬢様だから』、『お嬢様のくせに』、『どうせお嬢様は』って言われ続けてきたの。でも私、性格悪いから、誰も文句言えないお嬢様になってやるって躍起になって。ピアノ、着付け、華道、茶道、日舞もろもろ、お嬢様としてやるべき事はしっかりやって来たつもり。お嬢様は何も出来ないなんて、正直ふざけるなって思ってた。お嬢様にもお嬢様のプライドってもんがあるのよ。」
椿ちゃんから発せられる『お嬢様』がだんだん面白くなってきて、爆笑してしまった。椿ちゃんも一緒に笑う。
「凄くかっこいいよ!それに、性格悪くないよ、椿ちゃんは。」
椿ちゃんはふるふると首を横に振る。
「今、東大目指してるのも、きっかけは父からの言いなりを断ち切るためなの。父は東大受験を失敗していて、私が受かれば父のプライドも傷つく。別れた妻の子どもが東大にいけば、今の奥さんとの間に子どもが出来たとしても、かなりのプレッシャーになるはずよ。まだ子どもは出来てないみたいだけど。」
なんか、家庭環境が複雑そうだ。椿ちゃんは悪い笑みを浮かべて、すぐに優しい笑顔になった。
「でも、咲樹と一緒に勉強するうちに、面白くなってきたの。今は父との確執より、経済の事を深く勉強して、金融関係で働きたいなって思ってる。咲樹を怪我させた犯人みたいな人を作りたくないの。お金で人を不幸にしたくない。朔ちゃんを見ていて、価値はお金やモノじゃないって思えたから。」
ニコッと笑うと少し見えるエクボが可愛い。
「やっぱり、かっこいいよ椿ちゃんは。好きだな、そういうところ。」
照れちゃった。可愛い。突然窓から閃光が走り、大きな雷鳴が響き渡る。咄嗟に椿ちゃんに抱き付いてしまった。
「ご、ごめん!俺、雷苦手で・・・。」
「雷も、でしよ?朔ちゃんって可愛いね。それに、よく一人で音楽室にいれたね。ここ、出るんでしよ?」
え、何が?何が出るの!?
恐怖の顔をしていると「冗談だよ。面白!」と言って音楽史の年表の前に行ってしまった。
マジ怖い。
壁に掛かっているバッハやモーツァルトが見てる。
雷対策でカーテンを閉め、何となく怖くて椿ちゃんの近くに行く。
「朔ちゃん可愛い。」
「椿ちゃんの方が可愛いって。」
「そんなこと無いよ。朔ちゃんの方が絶対可愛い。」
そんなやり取りを数回繰り返す。
「何この会話。だいたい、男なのに可愛いって言われてもな。嫌な気はしないけど。」
「じゃあ、かっこいいよ。ホントにかっこいい。」
じゃあ、ね。「ホントに思ってるの?」と言うと真剣に見つめられた。
「ホントに思ってるよ。かっこ良すぎて、ほんとは今も、ドキドキしてる。」
何それ、照れる。
「この前滝に行ったときも、ずっとドキドキしてた。手を繋いでくれたのも嬉しかったし。私、未来のことを考えすぎて、今を大事にしてなかったなって、咲樹に教えられたの。確か、THE YELLOW MONKEYの『未来をみないで』っていう曲を歌ってくれて。そのあと原曲も聴いてみたけど、良い曲だった。」
手を握られる。握り返すと照れ笑いになる。
「あなたは皆の朔ちゃんだから、私のものにはならないだろうし、私も、あなたには皆の朔ちゃんでいて欲しいって思ってる。でも、今の気持ちはどうなるのかなって。
この先のことを考えすぎずに、今の気持ち、あなたのことを好きな気持ちを大切にしたいって思った。だから今は、誰よりも応援してるから。」
離そうとする手を掴まえる。
「俺も、未来のこと考えすぎて、また迷子犬になってたかも。別れって辛いし、だったら最初から見て見ない振りしてた方が楽でしょ?
でも、その代償に今の気持ちは宙ぶらりんのまま行き場を失って彷徨う。無責任かも知れないけど、今は俺・・・。」
椿ちゃんを抱き締める。いつもの軽いハグじゃなくてちゃんと抱き締めた。「好き・・・。」と呟くと、ぎゅっと抱き締め返してくれた。
押し寄せる幸福感。
幸せすぎて溜め息がでる。心臓の音が楓くんのバスドラム並みに力強い。
あ、俺ってさっきまで汗まみれだったじゃん。臭くないかな。
少し心配になり体を離そうとすると、椿ちゃんにシャツをぎゅっと掴まれた。
この前莉子にやられたときには何も感じなかったけど、椿ちゃんのはときめいてしまう。
顔を見ると目がうるうるしていて、導かれるように唇を合わせる。
自分からこんな風にしたのは初めてで、もっとしたくなる。止まらなくなる前になんとか唇を離し、もう一度抱き締めた。
椿ちゃんに背中をポンポンポンと叩かれ、「朔ちゃん、もう離れた方が・・・。」と言われる。
名残惜しくて「もうちょっとだけ。」と言うと「あと何秒?」と聞き覚えのある声がした。慌ててパッと離れる。
「お前な、学校ではヤメロ。他でならハグだろうがキスだろうがセックスだろうが俺には関係ないけどさ。」
ほんとに教員免許持ってるのか?椿ちゃんは恥ずかしさで俯いてしまった。
「軽率でございました。」
「ま、奥手なお前からすれば上出来じゃん。」
なんだよ、もう。頭ぐしゃぐしゃするなって。
鍵を閉めて、先生に次の日取りを確認してから校舎を出る。田中さんはもうすぐ来るらしい。校庭を見ると、夕日と虹が見えた。
「すごい綺麗だね。地球、ありがとう!」
「朔ちゃんは感謝の気持ちをいつも持ってて偉いね。そういうところも大好き。」
今まで大して気にならなかった「好き」に反応してしまう。
「あのさ、さっき、あんなことまでしておいて事後で申し訳ないんだけど、知っておいて欲しいことがあるんだ。」
「え、何?」
椿ちゃんは警戒して、厳しい表情になった。これから恋人の関係になる訳だし、ユズのことを話しておこうと思った。
「実は、もう別れて数ヵ月経つんだけど、前に付き合ってた、初めての恋人は男なんだ。」
予想に反してキョトンとしている。
「今は、連絡とか取ってるの?まだ好きとか?」
「いや、今は本当に椿ちゃんに気持ちを持っていかれてるし、連絡も取ってない。
ケンカ別れした訳じゃないし、良い人だから好きだけど、そういう好きじゃなくて・・・。」
彼女はフワッと笑ってくれた。
「あなたらしいと思うわ。もう昔の話なんだし、私はそんなに気にならないけど。」
同性と付き合ってたこと、本当になんとも思ってない風で逆に驚く。
自分も、椿ちゃんが前に女の子と付き合ってても何とも思わないかな。変に意識しすぎなのか?
田中さんの車が到着し、見送ろうと車まで行くと、駅まで乗せてくれた。田中さんありがとう。
家に着いて、いつものように過ごしているはずなのに、咲樹にフワフワしてると言われた。
部屋に入って、ため息をつく。
物凄く香月の気持ちがわかる。
今日、彼女への恋心は益々強くなった。
抱き締めたい、キスしたい、その先も、したい。
恋愛感情と本能の関係ってどうなっているんだろう。とりあえず、俺は感情欠落してなくて良かった、と思った。
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