53. うれしい!楽しい!大好き!

 夏休みも半分が過ぎた頃。椿と大手予備校の東大受験対策模試を受けてみた。実力を知って対策に活かすためだ。

 今日は結果を受取りに、椿と一緒にその予備校へ足を運んでいる。それぞれの担当の講師の人から個別で面談を受けた。


「佐倉さんの今回の模試の結果ですが、全体的にもとても良くできていました。苦手分野は文系科目ですが、しっかり対策していけば確実に合格圏内に入れます。当校としては授業料免除という形で対策のフォローをさせていただきたいのですが、いかがですか?」


「え、免除?タダってことですよね?」


 そうです、と言う担当者に、本当にお金は要らないのか念押しすると、東大への合格率を稼ぐためにそういうシステムもあるらしい。

 無料じゃない授業もあるので、それを受けるときは料金が発生するそうだ。

 もちろん、合格圏内にいない生徒にも手厚くフォローをしています、と説明された。

 悪い話では無いので、この予備校を利用することにした。


 別室で面談を受けていた椿と合流し、近くのカフェに入った。


「私は数学があまり良くなかったんだけど、授業料免除で予備校を利用できることになって、ビックリした!」


 椿も同じことになっていた。今までの努力があってのことだし、二人で通えるのが嬉しい。椿はお父さんに連絡したら、許可が出たと喜んでいた。


「そういえば、椿のお母さんってあまり会話に出てこないけど・・・。」

 センシティブな話題のため、遠慮しがちに聞いてみる。


「実の母は、私が中学生の時に離婚して出ていったの。それからは一度も連絡を取ってない。原因は、父の浮気で・・・。今は新しいお母さんがいるんだけど、色々と無理で、別で暮らさせてもらってる。

 だって、二十八歳なのよ?その人。どうしても母親として接することが出来なくて・・・。

 だから、私にとっての一番近い家族は、田中さんかな。田中さんは私が生まれたときからずっと世話をしてくれていて、一方的かもしれないけど、家族だって思ってる。」

 想像していたより壮絶な過去を背負っている。


「そうだったんだ。話してくれてありがとう。」

「ううん。聞いてくれてありがとう。こんな話したの、咲樹が初めて。」

 椿って、こんなに柔らかく笑う子だったっけ。最初に会ったときは、もう少しツンツンしてたよな。


 椿はコーヒークリームフラペチーノ、私は抹茶クリームフラペチーノを飲みながら受験対策の話に移り、日本史の楽しい覚え方は無いかと議論していた。


「あれ?咲樹、と椿さん。」

 声をかけられて見上げると、香月が立っていた。

「こんなところで会うとは、珍しいね。俺、良くここ来るんだけど。」

 知らなかった。席を詰めて隣を空ける。


 なんで良く来るのか聞くと、ヴァイオリンの先生の家がこの辺りにあるらしい。芸大組も実技試験の対策が大変だ。何飲んでるのか聞くと、オリジナルブレンド、と答えてきた。


「何それ、大人じゃん!しかもホットじゃないとダメとか、通!」

「え?惚れ直した?」

「そういうこと言うキャラだったっけ?もう。朔の性格が移ったんじゃない?」

 私と香月のやり取りを見て、椿が笑う。


「ほんとに仲良くて羨ましい。いいなー、素敵な彼がいて。しかも、あんな小粋なプロポーズとか、素敵よね。」

 うっとりする椿に香月が苦笑いする。


「なんか、改まって言われると物凄く恥ずかしいんだけど。今思うとキザなことしたなー。」

 照れる香月が可愛い。キザなところもキザに感じないところが素敵なのにな。


「ソウルメイトって知ってる?なんか思想の話になっちゃうんだけど、前世とか来世とか、輪廻の輪を潜っても、近い関係にいる人をソウルメイトって言うの。

 去年に事件があったとき、咲樹が刺されて、香月くんが泣きながら自分のネクタイ外して応急処置してるのを傍で見てたけど、二人が魂で繋がってるような感じがしたの。

 あの時の香月くんを思い出すと泣けてきちゃう。そんな二人の関係に胸を打たれて、私も繋がっていたいなって思った。ソウルメイトになれると良いなって。」

 涙ぐむ椿を見つめる。刺されたときの話をこんなに詳しく聞くのは初めてだった。香月も俯いている。


「まだ現世も残り長いし、たくさん楽しもうよ。そして来世でも、きっと繋がってるような気がする。私、椿といると楽しいよ?たまにすごいこと言うけどさ、メイド服着ろとか。でも、そういうところも含めて大好き。」

 咲樹ー!と言って手を握られる。


「椿さん。メイド服、グッジョブです。他のもウェルカムだから!」

 因みにどんなのが良いの?と椿が香月に質問する。


「え、セーラー服とか?ナース服とか?CAさんとか?」

「絶対着ないから。変態!バカじゃないの!?」

 流石に怒った。香月は叱られた犬のように縮こまる。


「咲樹の許可がないと作れないなー。でも、ウェディングドレスは大がかりで作れないかもしれないけど、リングピローぐらいなら作らさせてね。」

「ありがとう。どっちが早く結婚するか分からないけどね。」


 そうだね、と言って椿が笑うと、香月が「じゃあ、余興で一曲弾きます。」と言って和んだ。何の話してたんだっけ、と日本史の話に戻る。


「日本史と言えば、この前佐倉家に泊まったとき、朔が寝れないって言うから、音楽史と日本史を繋げて話してあげたんだけど。五秒で寝たんだよ、あいつ。ビバルディとバッハの時代に赤穂浪士って面白くない?忠臣蔵でバッハが流れたら面白いよね。討ち入りに入られるシーンで、吉良上野介のアップと共にバッハのジャジャシャジャーンが流れるんだ、きっと。同じ時代の音楽なんだって思うと、不思議。」


 確かに面白い。想像すると笑えてきた。椿も笑っている。しかも、日本史がスッと入ってくる。

「これだ。自分が知ってる歴史に繋げて覚えれば覚えれそうな気がする!」


 香月に、音楽史と日本史を絡めた話をしてほしいと言うと、「じゃあ、寝る前に電話する。声聞きたいし。」と言って頭をポンポンしてくれた。


 椿が「はいはい。ご馳走さまです。」と言って片付け始める。程なくして田中さんの車が到着し、椿を見送る。


「咲樹は、あと帰るだけ?」

 頷くと手を繋いでくる。

「俺も。少しだけ、デートしよ?」

 胸がキュンとする。繋いでる手を離して、腕に抱きつくと、香月は照れた。


 

 手を繋いで街を歩いているだけなのに、凄く楽しい。

 炎天下を避けて地下街に入り、地下鉄の改札までの道を遠回りして歩く。


「デートって言っても、皆はどういうところ行ってるんだろうね。」

 数える程しかしていないデート。香月は手をぎゅっと握ってくる。


「俺たちは俺たちのデートでしょ?みんながどこに行ってるかなんて、関係ない。こうやって、咲樹と手を繋いで歩いてるだけで、俺の中ではデートだよ。」


 キザなところもキザに感じない。本当に優しい眼差しで言ってくれるから、そうなんだと思う。


「ソウルメイトかー。香月とはずーっと一緒にいても楽しい気がする。

 あれ?でも、朔もずーっと一緒にいるけど苦にならないな。」


「じゃあ、朔もソウルメイトなんじゃない?でも俺、咲樹の双子の兄じゃなくて、この設定で良かった。」

 改札を潜り、自販機の影のベンチに座る。


「なんで?双子も楽しいよ?」

 香月はじっと目を見つめ、私の頭に手を添えてキスをして来た。


「だって、こういうこと出来ないじゃん。」

 胸を押さえる。心臓が痛い。こんなことさらっと出来る人でしたか?あなた。


「・・・私も、今の設定で良かった。」

 胸を押さえながらチラッと見ると、顔が真っ赤だ。

 照れてるんじゃん。少し背伸びしたのかな、と思うと可愛い。大好きな手を握る。


「大好き。」

「すぐ、好きって言っちゃうよね。朔と良く似てる。それに、好きって言われると、やっぱり嬉しい。」


 前に言い過ぎないように言われたことあったな。それって、他の人には言わないでって事か。香月にならたくさん言っても良いんだ。でも、香月に対してだけじゃなくて、椿にも、朔にも、お父さんやお母さんにも、切りがないけどたくさんの人に伝えることは良いことだと思う。


「♪初めて会ったときから 違うもの感じてた・・・」

 香月が「ほんとに?」と笑う。確かに親近感は感じてたな。私の第一印象を聞いてみると、「朔と似てるな。」らしい。


「♪ホントはあなたも知ってたはず 最初から私を好きだったくせに~」

 DREAMS COME TRUEの『うれしい!楽しい!大好き!』のフレーズを少しだけ歌う。


「そうかも。朔に似てるけど、綺麗な子だな。え、名前呼び捨てするの?ドキドキ。って感じだった。多分好きになったのは、Teenager Foreverのダメ出しされた日の帰りの電車で、下から顔を覗き込まれたとき。」


 覗きこんだっけ?

 凄く具体的に覚えてるんだな。

 しかも、出会ってからけっこう早い段階で好きになってくれてたことに驚く。

 なんだか可笑しくなる。


「ありがとう。好きになってくれて。」

「Thank you for loving me!」

 何で英語なの?と聞くと、恥ずかしいことは英語にすると言えるって朔が言ってた、と笑う。


 電車が到着し、手を繋いだまま乗り込む。束の間のデートはすぐに終わってしまったけれど、不思議と寂しくない。

 心はいつでもくっつくことが出来る感覚を記憶したからだと思った。

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