50. 誰かの願いが叶うころ
椿が発案した香月の誕生日サプライズは、本人もとっても喜んでくれて成功したと思う。
着替えながら、「やっぱり香月くんは咲樹のことが大好きだから、咲樹をプレゼントにするのが一番喜ぶと思った。」と言っていた。
「椿も朔とツーショット撮ってたじゃん。」
椿は顔を赤くする。「朔ちゃんの猫耳姿がキュンキュン来ちゃった。」と乙女全開だ。
確かに超似合っていた。
私と朔のツーショットもいい思い出になったし、香月たちが来る前に田中さんと三人で撮った写真も、本物のメイドさんっぽくて良い出来だ。
着替えを済ませてリビングに戻る。テーブルの上はコーヒーとケーキのみになっていた。流石、田中さん。仕事が丁寧。
香月は、みんなにお礼を込めて一曲弾いてもいいかと椿に許可をもらい、ヴァイオリンを構える。視線がぶつかり、熱っぽい眼差しで見つめられている気がした。優しい音色が部屋中に響く。
聴いたことのあるメロディーだな。エルガーの『Salut d'amour(愛の挨拶)』という曲らしい。
本当はピアノとの協奏曲とのことだけど、ヴァイオリン・ソロでも充分、音が心にも響く。
クラシック音楽が好きだという田中さんも聴き入っていた。
香月と目が合うと、ニコッと微笑んで、また真剣な顔に戻るところとか、音を聴く仕草とか、何度も言うけど指とか手とか本当にかっこいい。
ドキドキしながら見守っていると曲が終わってしまった。
皆から盛大な拍手が送られる。
「咲樹。俺はいつでも準備できてるから。」
ん?何が?と思っていると、田中さんが「なんて粋なことなさるんでしょう。素敵ですね!」と感動していた。
朔に「どういうこと?」と訊いても「いや、俺にも分からん。」とのことだった。
椿はキュンとした顔をしているので分かったようだ。話を聞いても「こんなロマンチックなことしてもらえるなんて、咲樹が羨ましいな。」と言うだけだった。
誕生日会が終わり、香月は誕生日だけど、一緒に勉強をすることになった。芸大組もセンター試験は受けないといけない。小論文を重点的に対策したいらしい。
香月は卒なく受かりそうな気がするけど、朔は大丈夫なのかな。受験対策について何やってるのか訊いてみると、甲斐先生に色々指導されているみたいでほっとした。
「合格発表は三月上旬か。入学式まで一ヶ月も無いけど、受験が終わったら息抜きしたいね。」
朔の言葉に香月が反応する。
「俺は咲樹と二人で旅行に行きたい。」
「二人じゃなくてみんなで行こうよー。椿ちゃんは外泊とか無理なの?」
椿の顔が曇る。でも、すぐに勇気を出した顔になった。
「今まではどうせダメだと思って訊いたことなかったんだけど、訊いてみようかな。」
椿も変わったな。自分の人生は自分で切り拓く意志を感じるようになった。
香月には申し訳ないけど、椿も一緒に行けるといいな、と思った。
今日の学習結果をまとめ、帰ることにした。次の合宿までにはお互いの得意分野を伸ばしてフォローし合えるように計画を立てていると、芸大組は感心した様子で見ていた。
帰り道、案の定香月はしゅんとしていた。
「二人きりは別の日でも良いでしょ?それか、みんなで旅行に行く前に小旅行とか。」
小旅行か、と少し明るくなる。単純。
たぶん、その旅行で初エッチをしようって思ってるんだろうな。香月はムードとかシチュエーションとか大事にしそう。
私は、受験が片付いたらもう、いつでも良いって思ってるんだけど、がっついてるみたいで恥ずかしい。
「そういえば、俺はいつでも準備できてるって、どういうことなの?」
ずっと疑問に思っていたことを訊いてみる。
「それを言ってしまうとカッコ悪いから言えない。曲のことを調べれば分かるよ。」
さっそく検索してみる。エルガーの『Salut d'amour(愛の挨拶)』は、エルガーが婚約者に送った曲とされていて、プロポーズの曲だということが分かった。
いつでも準備できてる、てことは、いつでも結婚出来るよってこと?
確かに結婚できるのは十八歳からだし、それしかない。恥ずかしくなってきた。
「ありがと。そんなに急がなくても・・・。」
照れながら言うと、「別に急いでないよ。咲樹がその気になってくれるまで待ってる。気持ちはフィックスされてるよってことを伝えたかっただけ。」と手を握ってくる。もぅ、かっこいい。
「まったく、イチャイチャしやがって。まぁ、可愛いイチャイチャだから、まだ許せるけどな。」
朔が香月を見て笑う。香月はなぜか苦笑いしていた。
期末テストが終わり、図書館で勉強していると、珍しく蓮がやって来た。椿にハンカチを返しに来たらしい。ハンカチと一緒に資生堂パーラーのクッキーが添えられている。なかなかお洒落なことするんだな、と感心する。
「その節はありがとうございました。俺も、追いかけようと思います。東大。」
セミの声がやたらと大きく聞こえる。
椿が、「まだ受かってないから、追いかける対象がいなくならないようにしないとね。」と笑うと、蓮が赤くなる。
これは、椿のこと好きになった?
少し不安になり、当たり前のことを訊いてしまう。
「東大って、医学部ってことだよね?」
「はい。咲樹ちゃんが受かったら、家庭教師お願いします。それに、咲樹ちゃんにくっついていれば・・・。」
おいおい。東大って簡単じゃないんだよ。私だってギターばっかり弾いていたわけではない。今までコツコツ積み重ねて来たんだよ。
しかも、くっついていれば・・・、椿と接点が持てるって思っているに違いない。
「蓮の学力ってどの程度なの?」
無理なことは無理だと言おうと思った。
「一応学年では首席です。」
はぁ、そうですか。そういえば、前に成績は落とさない条件で部活に入ったって言ってたな。
「あっそ。じゃ、とりあえず受かるように頑張るから。早く部活行きなよ。」
しっしっ、とすると「咲樹ちゃんひどい。」と言って去っていった。
「可愛いね。弟みたい。」
あなたを狙ってますよ、とは言えない。悩みの種が増えた。
田中さんが迎えに来たので椿と別れ、音楽室に顔を出す。朔と香月がちょうどいなかったため、蓮のところに寄って、コソコソとさっきの話をした。
「ちょっと。さっきの何?椿のこと好きになったの?」
「はい。」
蓮は特に気にする様子も無く答える。
「椿さんは朔くんのことが好きだし、朔くんも椿さんのことを好きなのは分かっています。それに、俺も朔くんのことは好きです。だから二人のことを邪魔するとか、そんな気持ちは全くありません。でも、付き合ってもいない二人を前にして、自ら身を引くのもどうかと思って。」
蓮の気持ちも分かる。蓮は弾き語りを始める。
「♪小さなことで大事なものを失った・・・」
知らない曲だ。メロディーの感じからして女性ボーカルの曲のようだ。
「♪誰かの願いが叶うころ あの子が泣いてるよ みんなの願いは同時には叶わない・・・」
歌詞もメロディーも切ない。
蓮は真面目だ。かなり悩んだに違いない。
誰の曲か訊くと、宇多田ヒカルの『誰かの願いが叶うころ』という曲だと教えてくれた。
「俺、選んでもらえなくても、彼女が幸せならそれで良いです。でも、まだ望みはあるじゃないですか。何もしないより、俺なりにもがきます。しっかり悩んで、傷付きます。自分の気持ちに正直に生きるって決めたので。」
最初に会った頃は、自分の意思になんてあまり興味が無い感じだったのに、しっかりしたな、と驚いた。今は自分の意思で、医療の道に進むことも、恋をすることも、臆すること無く選択している。
「いつ好きになったの?」
「きっかけは彼女の誕生日にハグして貰った時ですけど、前から気にはなってました。咲樹ちゃんの親友の「藤原さん」は、咲樹ちゃんと話してるときは凄く優しい表情で、笑顔が可愛らしいなって思って見てたんですけど、一人でいるのを見かけた時は厳しい表情で、何か、警戒しているような感じだったんです。俺も、咲樹ちゃんみたいに彼女の心の緊張を解してあげられたら良いなって思うようになった頃、彼女の誕生日サプライズがあって、朔くんが告白したことのあるお嬢様の「椿さん」は「藤原さん」だってことを知りました。悩みましたけど、俺は諦めが悪いんです。泣かぬなら、泣くまで待とうホトトギス・・・」
辛い恋になることは予想できるのに、すごいと思った。
「家康タイプなんだね。天下取れるよ。蓮がこんなに男前になるとは思わなかった。」
蓮が不適な笑みを浮かべる。
「咲樹ちゃんは俺のこと好きにならないで下さいね。香月くん、超怖いし。」
「は?ナルシストか。香月以外の人を好きになるなんて考えられないなー。」
談笑していると、いつの間にか朔と香月が後ろにいて、話を聞かれてしまった。
香月が盛大に照れる。
「わー!何でいるの!?」
恥ずかしすぎて顔を手で隠す。顔が熱い。
「あー、抱き締めたい!」
「ダメダメダメダメ。死んじゃう。」
「お前ら・・・。こっちも恥ずかしくなるわ。」
「うゎー、ムズキュンが炸裂ぅ!朔くん、こんなのいつも見せつけられてるんですか?」
朔が呆れながら窓の鍵の確認を始め、みんなは楽器を片付ける。朔と蓮も仲良く話をしていて、同じ人を好きになってしまった二人の気持ちを思うと、胸が締め付けられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます