48. 元気を出して

 部活で莉子といつもの発声練習。莉子の声もだいぶ伸びるようになった。

 夏休みのフェスが終わるとすぐに文化祭が来て、あっという間に卒業だな、と考えていると、莉子が俺のシャツを摘まんで引っ張り、上目遣いで喋ってきた。


「朔くん、私のことどう思ってるの?好き?嫌い?」

 ユズから最初に告白された時と同じ言葉だ。『どう思ってるの?』に対して、ここは真剣に答えておかねば。


「正直に言うね。好きだけど、キスとかしたくなるような『好き』じゃない。」

 そっか、と言って俯く。でも彼女は、嫌いじゃなくて良かった、と笑顔を見せる。ポジティブだなー。


「朔くんは訊いてくれないの?私の気持ち。」

 ちょっとめんどいな。態度でだいたい分かるし、そんなに興味がない。話し方が回りくどい。でも、邪険に出来ない・・・。


「訊いてほしいの?」

 彼女はほっとした顔をした。


「私は朔くんのことがほんとにほんとに大好き。朔くんが彼女にしてくれるなら、理想の彼女になる!」

 香月とみくが心配そうに見ている。ここはビシッと言わないとだよな。手を繋ぐ前に突き放さなきゃ。ふぅ、と息を吐いて気合いを入れる。


「気持ちは有りがたいけど、俺、そういう染まっちゃう彼女は欲しくない。莉子は部活のかわいい後輩で、将とか琥太郎と同じ『好き』だし、恋愛する気持ちはないから。次のメニューやっといて。」

 泣き出しそうな顔を直視できず音楽室を出ると、香月が追いかけてきた。


「お前にしてはビシッと言えたな。良いと思う。」

 傷つかないと前に進めないことだってある、と自分に言い聞かせる。


 音楽室を出たついでに飲み物を買いに行くと、図書室の窓の奥に咲樹と椿ちゃんの姿が見えた。二人の姿を見ながらアイスレモンティーを飲む。

 香月はカルピスウォーターを飲みながら、「気付くかな。」と言ってい念を送っていた。

 何話してるんだろう。

 椿ちゃんは何か調べものなのかスマホを触っている。

 ケースにさくらんぼが付いているのに気付き、嬉しくなった。思わず自分のスマホケースに付いているさくらんぼのチャームを確認した。


「そのスマホケース、朔がピンクっていうのがすごくしっくりくる。」

 さすが、香月は分かっている。日が照ってきたので日陰のベンチに座る。


「そういえば、お前は勉強しなくて良いの?国語苦手って言ってたよね。そろそろ甲斐先生に本気の指導をお願いしないとな。」

 そうじゃん。俺らも受験じゃん。

 実技もどんなのか具体的に知りたい。部活終わりに甲斐先生のところに行くことにした。



 音楽室に戻ると、蓮が莉子を慰めていた。みくが寄ってくる。

「泣いてる莉子を放っておけないんだって。」

 しばらく様子を見ていると、蓮が弾き語りを始めた。


「♪涙など見せない 強気なあなたを そんなに悲しませた人は誰なの?・・・朔くんだけど。」

 なんだよ、その合いの手は。でも、一生懸命笑いに誘おうとしている。


「♪終わりを告げた恋に すがるのはやめにして ふりだしから また始めれば良い・・・」

「なんか、あいつも成長したな。」


 香月が蓮を見てしみじみしている。そうだな、と言うと「咲樹の教育が良いんだな。」と嬉しそうだった。

 竹内まりやの『元気を出して』か。蓮は隠れムードメーカーだな。

 曲が終わり、「ほら、元気出しなよ。他にも良い男はいっぱいいる!」と蓮が励ます。


「蓮くんって優しいんだね。好きになっちゃったかも。」

「えっ・・・。」

 蓮が困った顔でこっちを見る。三人揃って目を逸らした。


「あの子、恋愛体質なのね。」

「彼氏とられても良いの?」

「一秒たりとも付き合ってないし。」


 蓮だってかっこいいし、合ってると思ったんだけどな。蓮はどうなんだろ。まぁ、人のことを気にしている場合ではないのだけれど。


 

 帰りに甲斐先生に受験の相談をしに行った。

「試験は三次まであるから心してかからないと。センター合わせると四回試験があるな。ソルフェージュの勉強もしないといけないし、あとはもう一回ボイトレいった方がいいよ。」


 ちょっと待って。ついていけない。

 ソルフェージュって何??

 頭にハテナが浮かんでる俺を見かねて、香月が助け船を出してくれた。


「ソルフェージュっていうのは、楽譜を読むことを中心とした基礎訓練のことだよ。楽譜読めるだろ?」

 一応読める。叔父さんたちありがとう。


「あとは、実技が大事だから。教養科目は落としすぎないことを意識すればいけるはず。朔はとりあえず受験用に声の訓練して、ソルフェージュもしっかり叩き込もう。」

 甲斐先生が香月の肩を叩く。


「流石だなお前。朔もお前と受験できて恵まれてるな。お前はコンクールで賞とってるし、ヴァイオリン習ってる先生も音校出身だし、安全牌だから俺も安心。」

 香月はやっぱすごい人だった。コンクールとかも大事なんだな。


「音校って何?」と聞くと、芸大内ではかつての東都美術学校と東都音楽学校の伝統から、美術学部を「美校」、音楽学部を「音校」と呼び習わすということを教えてくれた。


「ボイトレは、俺の友達紹介するから。テノール歌手やってる奴いてさ。ちょっと変わってるけど、・・・お前なら大丈夫だろ。学校に来てもらうわ。」

「歌手なのに、そんな呼びつけて大丈夫なんですか?」


 少し間が空く。「うん、まぁ。あいつは俺の頼みなら喜んでくれるから。朔。お前になら分かるはずだ。」と小声で言われ、少し嫌な予感がした。



 金曜日。部活が終わった後に声楽を教えてくれる先生の友達が来てくれることになっている。

 部員みんなを帰宅させ、俺と香月だけで音楽室に残る。咲樹は椿ちゃんの家で合宿するらしい。


 音楽室の扉が開き、甲斐先生と、先生にくっついているなお兄さんが入ってきた。


「ちょっと、マコちゃん!ほんとにイケメンじゃん!この子に教えるの?えー!嬉しい!初めまして。テノール歌手の桐生正哉です。よろしくね!」

「佐倉朔です。よろしくお願いします!」


 笑顔で挨拶をして、握手をしようと手を出すと、強めにハグされた。香月も自己紹介をすると、ハグされていた。この人は、ゲイなの?ゲイっぽいだけなの?と疑問が浮かぶ。


 レッスンはしっかり行われ、得るものが多かった。声のレッスンの間は香月は準備室で黙々とヴァイオリンの個人練習をしていた。ソルフェージュの話も聞くことができて、その辺は甲斐先生にも普段から教えてもらえることになりほっとする。あとは、センター試験を落としすぎないようにしないとな。

 遅い時間になったため、甲斐先生がラーメンを奢ってくれることになった。


「マコちゃん先生ありがとう。ゴチです。」

「マコちゃん言うな。一応先生をつけてるところが憎いね。」


 談笑しながら席につく。香月がおしぼりとか箸とかお水を配ってくれた。注文の後、先に帰った桐生さんの話になった。


「レッスンはとても為になったんだけど、すごく個性的な人だよね。どういう友達なの?」

 癖強い、って言おうとしたけどオブラートに包んでみた。


「友達というか・・・、友達なんだけど。あいつ、俺が昔やってたバンドの追っかけだったんだ。なんか好かれちゃって。変わってるけど良い奴だよ。」

「甲斐先生のバンドって、追っかけがいる程人気だったんですね。メジャーデビューはしなかったんですか?」

「目指してたけど、その手前で脱退したからさ。まぁ、色々あるんだよ、大人になると。」


 先生も色々あって先生になったんだな。楽器屋の篠田さんも一緒のバンドだったけど辞めたらしいし、バンド一本で食べていくのは難しいのかも。


 ラーメンが来て、レンゲにミニラーメンを作って食べていると、食べ方が可愛い、とからかわれた。

 駅で先生と別れ、「俺らも合宿する?」という流れになり、香月の家に泊まることにした。

 母さんに連絡を入れるとすぐに『了解』の可愛いスタンプが送られてきた。


 笹蔵家に着き、裏口からお邪魔すると香月が急に止まるのでぶつかってしまった。微動だにしない香月の背中の横から顔を出すと、キッチンでお茶を飲んでいるパンツ一枚の男の人がいた。

 無言で見つめ合ってると、星さんが「まだ飲んでるの?」と言いながら近づいてくる。キッチンに入ってきた星さんの格好がほぼ下着で思わず手で顔を隠した。


「あれ?あんた帰ってきてたの?今日は帰ってこないかと思ったのに。あ、弟と弟の友達。」


 星さんは格好を気にすることなく、俺らに彼氏を紹介する。どうも、と言って「着替え取りに来ただけだから。」と、香月は慌てて部屋に行って戻ってきた。

 香月は星さんに「こういうことはちゃんと連絡しろよ。気まずいだろ!」と言って家を出た。マジでびびった。


「ごめん。変なところ見せて。というか遭遇して。最近、たまに彼氏を連れてくるときがあって。」

 年が離れている姉弟も大変なところあるんだな。

 母さんに電話して、やっぱり香月がうちに泊まりに来ることになった、と伝える。

 家までの道のりは星さんの話だった。


「うちは昔ながらの日本家屋だから、壁が薄いんだよね。性行為の音とか息づかいとか、ちゃんと聞こえてくるんだ。」

 聞いてると刺激が強くて恥ずかしくなった。


「お前が欲求不満になるの、分かった気がする。」

 星さんは性的欲求に正直に動いてしまうらしく、家でも彼氏とイチャイチャ?するらしい。


「そりゃ部屋の中を覗いてる訳じゃないから、具体的に何してるか分かんないけどさ。音が聞こえると逆に想像が掻き立てられるし。俺と咲樹なんてイチャイチャの足元にも及ばないからね。でも、想像しちゃう。」

 家について母さんに出迎えられるとほっとした。香月もほっとした顔をしていた。


「もう俺、佐倉家に養子に入ろっかな。」

 それ、すごくいい。咲樹とも香月とも一緒に暮らせるなんて最高じゃん!

 いや、待てよ。つまりは二人が夫婦になるってことだから、俺がさっきの香月状態になるってことか?


「そうなったら、間取り変えないとな。いや、増築か建て替えか・・・。」

「なに具体的に考えてんの?」

 笑いながらもそういう未来がくると楽しいだろうな、と想像した。

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