47. 人生は夢だらけ

 椿の誕生日。家族でのお祝いは土曜日にディナーがあるらしい。

 家でケーキのロウソクを消したりしてみたい、という細やかな願いを、前に聞いたことがあった。


 なんと、将の家がケーキ屋さんだということが判明し、ケーキを持ってきてもらった。

 一と八のロウソクを差し、音楽室のカーテンを閉める。部活は終わっているが、このあとの演奏を見たいということで将と琥太郎と莉子も残っている。

 甲斐先生もベースを弾いてくれることになって来てくれた。


 蓮が「椿さんってどんな方なんですか?」と質問すると、甲斐先生が「例のお嬢様だよ。」と言う。蓮とみくは「そうだったのか。」とワクワク顔になった。


 私が椿を呼びに行き、中に入ったら香月がケーキを、朔がミニブーケを渡す段取りだ。


「えー?何々?なんかドキドキする。」

 ポニーテールで凛とした学校モードの椿の腕を掴み、音楽室のドアを開ける。


「Happy Birthday to you・・・」

 みんなが歌いながら出迎える。

 椿は「え!」と声をあげ、胸を押さえる。ロウソクの火を消し、電気を付けると、朔がブーケを持ってきた。


「椿ちゃん、十八歳おめでとう!」

 日様付いてブーケを差し出す姿は様になっていた。

 私は、照れながらブーケを受け取った椿の手を引いて、ピアノの近くに設置した椅子に座らせる。


「椿。今日から法的にも出来ることが増えて、またひとつ大人になるね。そんな節目の今日、聴いて欲しい歌があります。朔のピアノが聴きどころだから、お聴き逃し無く。」

 朔と息を合わせる。いつものように何も心配すること無く音が合う。


「♪大人になってまで胸を焦がして時めいたり傷ついたり慌ててばっかり・・・」

 椎名林檎の『人生は夢だらけ』。朔のピアノの音が優しくて色っぽい。レトロな雰囲気も出ていてグイグイ惹き込まれる。よくここまで仕上げてくれたな、と感謝が込み上げた。


 朔を見ると目が合い、微笑み合う。椿に伝えたい気持ちが同調している。本当の歌詞は「私の・・・」だが、「あなたの・・・」に変えて歌った。

「♪その人生は夢だらけ・・・」のフレーズでピアノ以外の楽器も合流し、音に奥行きが増す。歌いながらだんだん椿に近づき、手を取る。引っ張ってバンドの中に連れていき、両手を握って目を見て歌う。


「♪それは人生 あなたの人生 誰のものでもない 奪われるものか あなたの自由!」

 手を離して胸に手を当てる。


「♪その人生は夢だらけ」

 思いっきり息を伸ばす。曲が終わると椿の目から涙が溢れていて、思わず抱き締める。


「凄すぎて言葉が出ない。ありがとう。」

 将と琥太郎が「めっちゃ感動しました!」と拍手を送ってくれた。甲斐先生も嬉しそうだ。


「やっぱさくらんぼパワーは良いね。音楽って何のためにあるのか、原点に立ち返らせてもらえる気がする。心が震えるって、こういうことだな。」

 さくらんぼって何。初めて言われたんだけど。蓮はなぜか号泣していた。


「俺、勝手に椿さんに親近感持ってたんです。好きで今の家に生まれた訳じゃないのにって、ずっと思ってました。嫌なら家出でも何でも出来る。前に咲樹ちゃんがしっかり悩めって言ってくれて、やっと自分の足で人生を歩き始めることが出来た気がするんです。だから、歌詞とか咲樹ちゃんの歌とかみんなの音とかすごく胸に響いて、涙が止まりません!」


 椿が蓮をハグする。朔の表情が固くなった。そしてそんな朔の表情を莉子がじっと見つめていた。


「私とあなたは似た境遇だけど、私たちは自由。家業を継ぐのは選択肢のひとつに過ぎないし、他の人より少しアドバンテージがあることは、前向きに捉えないと。」


 椿に頭をポンポンされて、蓮ははにかんでいる。ハンカチまで借りていた。せっかくなのでみんなでケーキを食べる。みんなで食べたらすぐ無くなってしまった。


「こんなに素敵な誕生日、初めて!皆さんもありがとうございます。」

 美しい所作でお辞儀をすると、やはりお嬢様の品格が感じられる。


「今日から出来ることが増えるけど、何やりたい?」

「そうだなー。R十八指定のゾンビ映画見ようかな。咲樹も一緒に見る?」

 朔と目が合う。お互いに首を振ると笑えてきた。


「さくらんぼはそういう系は無理です。」

 それ以降、私と朔がセットの時は『さくらんぼ』と呼ばれるようになった。



 椿の迎えの時間に合わせて校門に向かう。こういうシチュエーションの時は香月が隣から離れなくなった。朔は椿と嬉しそうに話ながら歩いている。


「咲樹の椎名林檎は最高だね。なんでも歌えるの?」

 香月が今更なことを聴いてくる。林檎さまの歌で歌えない曲はない。


「カラオケまた行きたいな。また歌って欲しい。」

 初めてのデートを思い出す。懐かしい。


「そうだね。受験勉強の気分転換に良いかも。今度行く?」

「うん!はぁ、どうしよう。嬉しくてクライスラーの『愛の喜び』を思いっきり弾きたい!」


 気持ちをヴァイオリンで表現したくなるところが、根っからのヴァイオリニストだな。そんなところも素敵だなって思っていることは言わないでおこう。


 椿が田中さんの運転する車に乗って帰っていく。朔にピアノのことでお礼を言うと、楽しかったと言ってくれた。


 駅に着き、みんなと解散する。莉子は終始無言だった。朔が好きな人が椿だということに感づいたっぽい。


「お前、蓮にヤキモチ妬いてただろ。」

「香月の気持ちが痛いほど分かった。ハグされやがって。頭ポンポンとか。ハンカチまで借りちゃってさ。おこだ。」

 最後は可愛く締めていたけど、ほんとにヤキモチ妬いてる。朔の変化も見ていて楽しい。電車は空いていた。


「次は香月だな。十八か。何が出来るようになるの?」

「俗にいう十八禁が解禁となり、パチンコ、麻雀、風俗店の利用が可能になる。あとはラブホの利用が可能になったり?」

 なんかエッチなのばっかり言ってる気がするんだけど。


「お前が言うとさ、この前の思い出すから。」

「え、この前のって何?」

 二人とも、しまった、という顔をする。なんとなく察する。


「まぁ、健全な男子高校生が考えることって言えばエロいことばっかり。」

「それがさ、そうでもなくて。朔ってかなり草食系で・・・」

 香月は「要らんことを言うな」と朔に怒られる。


「そこは人によるんじゃない?女子もエロい子いるし。どっちかというと私も朔よりだなぁ。エロいDVDより末吉秀太とか椎名林檎のライブDVD見た方が興奮する。」

「咲樹!だよね!だよね!」

 嬉しかったらしく、朔に手を握られる。双子だから似てるのかな。


「いや、そういうことに全く興味がないって訳ではないし、気持ち悪いとかも思ったことないんだけど。そういう映像作品が入ってこないというか・・・。」

 朔の意見は的を得ている。私もその通りだった。香月はしゅんとしてしまった。


「なんか、俺ばっかり欲求不満みたいじゃん。」

「いや、お前は満たされてないだろ。」

「そうだよね。それは視線とかで凄く感じてる。ごめんね。」

「そんな、ちゃんと謝られると逆にごめん・・・。」


 香月は照れながらも申し訳なさそうだった。

 私もリアルなエッチなことには興味はある。

 そういうこと、というよりも香月のことに興味がある。どんな風に触ってくるのかな、とか・・・。

 ダメだ、邪念を払わなくちゃ!


「朔とは、なんとなくそういう話をするのがタブーみたいな空気があったけど、話してみると気が合って良いかも。」

「そうだね。俺も気になること聞いてみよっかな。」


 その後聴いた話で、香月と星さんのDVD貸し借りの話はビックリした。

 香月が下車し、朔と二人になると莉子の話をしておいた。


「好きな気持ちは負けませんって言われてもさ。最後は選ばれるかどうかなんだから、とやかく言う必要無いよね。俺だって好きな人に選ばれるかどうか分からないのに。」


 確かに、椿は朔のことが好きだけど、恋人にするのかどうかは別の話だ。それは朔にも言える。でも、人生は夢だらけなのだから、自由に恋愛もして欲しいな。


「朔はまだ、竹下先輩のこと引きずってるの?」

「たまに思い出すけど、会いたくて仕方ないとか、そういう風に思うことは無くなって来たかな。実はまだ、たまにメッセージ来るんだ。」

 え!竹下先輩の思いの強さに恐怖心すら感じる。


「無視出来なくて・・・、少し返事しちゃってる。新しい土地で、全く知らない人たちの中で生活してる訳だから、心細くもなるよなって。

 だいたい、俺と離れるためにあんな遠くに行くことを決めたんだし、ちょっと責任感じちゃってさ。でも、内容は本当に友達の範囲内だよ。少しずつリハビリしていけば良いか、って思ってる。

 まぁ、ユズはイケメンだし、女の子が放っておかないだろうから、そのうちメッセージも来なくなるでしょ。」


「本当に優しいんだから。優しすぎるところに、またつけこまれるよ?」

 朔は電車の窓に視線を移し、流れていく景色を眺める。


「もし、ユズが本当にそうしたいなら、付き合う。突き放すことなんて出来ないんだ。

 繋いでた手は、優しく離したい。俺だって突き放されたくないから。ユズは俺のこと、ちゃんと好きでいてくれてたから、俺に迷惑をかけるようなことはしてこないよ。そう信じてる。

 これからは、突き放す勇気も必要かもしれないけど、突き放すなら手を繋ぐ前にって決めてるよ。」


 朔は昔から寂しがり屋だった。人懐っこいくせに、邪険にされると人一倍傷つく。私は朔が傷付くのを見たくなくて、勝手に予防線を張ったりしていたのかもしれない。


「竹下先輩が好きになるのも無理はないな。とことん付き合ってくれるって思ったのかも。」

「そうかな。俺は、ただ単に強く言えないだけだから。椿ちゃんはちゃんと律せられるよね。相手のことを思って厳しい言葉もかけられる。そういうところ尊敬してるし、格好いいなって思ってるんだ。」


 椿と一緒にいれば、お互いに良い刺激になるんじゃないかな。私は二人の恋を応援したいな。

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