44. 未来は見ないで
十五時頃、香月がうちにやって来た。
今日からゴールデンウィークで、朔がゲームを一緒にやろうと誘っていた。
朔は松下くんがダンスレッスンをしてくれることになり夕方に帰ってくる。
この二人きりの時間は一緒に勉強をしようと予定していた。
「最近の咲樹は、ほんとにずっと勉強してるよね。よく集中出来るね。」
香月は文系なので、物理とかはもう無理らしい。
「香月はヴァイオリン弾いたりゲームしたりって、ずっとできるでしょ?同じじゃん。」
「全然同じじゃないんだけど・・・。」
香月は英語と国語を重点的に勉強している。入試科目で、特に小論文が配点高いと言っていた。
朔は大丈夫なのか、と心配になる。
「東大と芸大って立地が近いから、学校終わりに待ち合わせとか出来るかな。あ、一緒にバイトするとか出来ないかな。」
香月の提案は嬉しいけれど、あまり乗り気にはなれない。
「そんなに一緒にいなくても良くない?」
えっ、とショックを受けている。
「一緒にいられない時間は、今何やってるのかな、とか考えれるし、別々に過ごす時間も大事だと思う。アルバイトも自分のためになるジャンルを選んだ方が良いと思し。別に一緒にいたくない訳じゃなくて、ズルズルとベタベタするのは良くないと思ってのことで・・・。落ち込まないでよ。」
「ううん。俺がベタベタしたい気持ちが行きすぎなのは自覚があるから。咲樹と二人っきりになるとダメだ、俺。」
じっと唇とか胸とか見られている気がする。
おーい、と言って香月の目の前で手を振ると、はっとした表情で、溜め息をついて立ち上がった。
「パンを焼かせてください。なんかやってないと無理。」
パン生地を作り始めた香月を眺める。
ずっと我慢させて申し訳無い気持ちもあるけれど、そんな気持ちで解禁するのは良くないと思った。
受験が終わったら覚悟決めないと、と密かに決意するのだった。
勉強が一段落し、良い時間になったので香月と一緒にキノコチャウダーを作り始める。
今回は私が野菜を切っていると、上手だね、と褒めてくれた。
煮込んで野菜が柔らかくなったところで味見用にスープをスプーンに掬い、香月にあーんをする。もう恥ずかしがらなくなった。もうちょっと塩だなー、と言って塩を追加すると美味しくなった。
まな板とかを片付けていると後ろからハグされる。
「ごめん。我慢できないからハグだけでも・・・。」
胸がキュンとなる。
「私もごめん。我慢ばっかりさせて。愛想つかされちゃうかな。」
パッと離れて顔を覗き込まれた。
「愛想つかすとか、そんなことないよ!俺の方が愛想つかされるかも。しつこいから。はぁ。」
耐えきれずに正面から抱き付くと、ゆっくり抱き締め返してくれた。
「呼び水になっちゃうからこっちも我慢してるの。ベタベタされるのもほんとは嬉しいけど、気持ちが止まらなくなるから自粛してほしい。だから、受験が終わるまで頑張ろう。大好き。」
「うん。俺も大好き。でも、一ヶ月に一回、いや二回ぐらいはハグとキスしたい。」
もー、と言いながらもキスに応じる。キスをすると香月はすごく幸せそうだった。そんな香月と一緒にいられて幸せを感じた。
朔とお母さんが帰ってきてご飯を食べ、お風呂に入る。最近は朔の方が肌が綺麗な気がする。意外に身近にいたライバルに闘志を燃やすのだった。
次の日、朔が香月の家に泊まりに行き、私は椿の家に泊まりに来た。椿と勉強をするためだ。
朔は泊まりに行く予定じゃなかったけれど、お父さんとお母さんを夫婦水入らずにしてあげようと、泊まりにいくことにしていた。
豪邸に緊張する。執事の田中さんが門まで迎えに来てくれた。ケンちゃんの顎をナデナデする。めっちゃかわいい。
「なかなか椿さん以外の人には懐かないんですが、凄いですね。」
田中さんが驚いていた。私は昔から、何故か動物や子どもに懐かれるタイプだ。
母屋の玄関で椿が出迎えてくれた。早速椿の部屋に行き、まずは受験科目について話し合う。
「センター試験の理科、何を選択すれば良いのか迷ってるんだ。物理基礎と生物基礎かな。科学基礎とか難しそう。記号出てくるよね。あー、でも覚えるだけなら何とかなるかな。どうしよう。」
椿は文系の選択授業を受けているので、学校の授業だけではカバーしきれない。とりあえず試しに問題集を解いてみて決めることにした。私も社会の科目をなんとかしなくてはいけない。丸暗記で何とかするには日本史かな。
無言で問題集を解く。私の日本史の回答は思ったより正解していたので、これで行くことにした。椿は四つとも解いているので時間がかかる。その間に、私も必須科目の練習問題を解いてみる。まだまだ解けないところがある。解いて潰すを繰り返していくしかない。
椿が理科の問題をすべて解き終わり、答え合わせをする。どんな問題で躓いているのか分析する。
「生物は良くできてるね。一個はこれだね。あとはやっぱり化学にした方が良いんじゃない?暗記すれば何とかなりそう。」
そうだね、と言って受験科目を決めた。咲樹に相談してよかった、と言ってくれて嬉しい。
あっという間に夜ご飯の時間になり、豪華ディナーをいただく。すべてが美味しい。
「今日は咲樹と一緒に食べれて美味しい!いつもは一人だから。」
そうなんだ。お嬢様も大変だな。咲樹はいつも誰かと食べてるの?と訊かれる。
「最近はお母さんも一緒に食べてるよ。基本的に朔とセットだから、独りで食べることはほとんど無いな。」
いいなー、と羨ましそう。椿が楽しそうに食べているのを田中さんが微笑ましく見ていた。
お風呂は高級ホテルみたいな、ガラス張りのシャワールームがあって、バスタブが単独で置いてあるおしゃれな感じだ。緊張するんだけど。
シャンプーとかもすごく良い匂いで、ラグジュアリーなひとときを満喫してしまった。
寝る場所は客室らしい。もう、ホテルじゃんと思うと同時に、椿とガールズトーク出来ないのかな、と残念に思う。
すると、客室がツインベッドなので椿もそっちで寝てくれることになった。
「なんか、今日はありがとう。旅行に来たかのようなおもてなしをしていただき・・・。」
「私、友達を泊めたの初めてなの。田中さんが喜んじゃって。いつでも来てね。私もすごく楽しい!」
椿の笑顔は、キュンとする。いつも緊張感のある表情をしているので、気が緩んだ顔を見ると、こっちも気が緩む。
勉強会に切りを付けて、ベッドに横になる。朔からメッセージが来ていた。
昨日撮ったと思われる香月の寝顔だ。
やばい、可愛い。
ふふっ、と声が漏れて、椿にどうしたのか訊かれる。香月の写真を見せると、「仲良くて良いなー。」と羨ましがった。
「朔の寝顔も欲しい?撮ってあげよっか。」
照れて真っ赤になる。そんな椿にキュンとなる。
「やっぱり朔のこと、ほんとは好きなんでしょ?」
「佐倉くん、迷惑じゃないかな。みんなの佐倉くんだから。」
写真ぐらいだめかな。この二人の関係は何なんだろう。
「椿は、朔のことどういう感じで好きなの?」
友達?アイドル?異性として?どうなんだろう。
「一昨年のクリスマスに告白してくれたとき、ほんとに嬉しかったの。私物を盗られても寛大に受け止める彼の心意気というか考え方がすごく衝撃的で、惹かれた。みんなを楽しませる彼の姿や声はすごくかっこ良いと思う。でも、簡単にはお付き合い出来ないし。私、中学の時、不良グループと付き合ったりしてたから親がその辺厳しくて。私と付き合っても彼は羽ばたけないだろうから。」
「もしかして、たいして好きでもない人としちゃった話って中学の時なの?」
椿が不良グループと付き合ってたことも衝撃だった。椿は頷く。
「ずっと親に従って生きて、この先も決まった人生を送るんだって諦めてたとき、眩しく見えたの。有りがちなんだけどね。
自分の人生大事にしなよって、不良グループに誘われて仲良くなっちゃって。なんとなく付き合った人とそういう雰囲気になり、流されたのかな。佐倉くんとそう変わらないね。」
二人は似ていると思う。その人を傷つけたくなかったんだろうな。そういうことはそれっきりなのか訊いてしまった。椿は首を横に振る。
「そのあとは、少し脅されるような感じでその人と何回か。全然優しくしてくれなくて、苦痛だった。それに、ただの遊びだったの。誰がお嬢様を落とせるかって、賭けてたみたい。
田中さんが真相を突き止めて、どういう手を使ったのかは分からないけど、その不良グループは社会的制裁を受けたわ。」
可哀想。思わずベッドサイドに腰掛け、頭を撫でる。上目使いで「ありがとう。」という椿にキュンとなる。
「普通に恋をして、恋人になって、デートして、手繋いで、キスしてっていうの憧れてた。佐倉くんは私の初恋かもしれない。大好きだけど、諦めなきゃいけないのかなって思ってる。」
諦めてほしくないな。朔も、椿のこと好きなのに。
「将来のこと考えずに、恋すれば良いじゃん。デートだってしちゃえば良いんだよ。」
え?と言って椿が起き上がる。
「♪未来は見ないで そんな不確かな 言葉に隠れて 迷子になったりして・・・」
THE YELLOW MONKEYの『未来は見ないで』のフレーズを口ずさむ。デートしたい?と椿に訊くと、頷いた。
「椿って、外出制限とか無いの?大丈夫なの?」
「誰とどこに行くか言っておけば大丈夫。GPS持たされるけどね。でも、男の子と二人きりは無理かな。」
そっか。グループで行くしかない。ゴールデンウィークで外出できる日は無いのか訊いてみると、ずっと一人で過ごす予定だということだった。朔に電話する。
「なに?こんな時間に。俺、今香月とSILENT HILLやってるからマジでビビってるんだけど。」
またホラーゲームやってんのか。
「椿とデートしたくない?」
は?と言って無言が続く。もしもーし、と言うと香月が出た。
「ゴールデンウィーク中に、息抜きで私と椿と朔と香月でどっか遊びに行かないかなーと思って。都合悪いなら仕方ないけど。」
香月は「まてまてーい」と言って朔に詰め寄っている感じだった。「明後日なら大丈夫。」と香月が答えたので、椿に確認するとOKだった。
「なんか、急展開でついていけないんだけど。ありがとう。」
いいよ、と言って椿の頭をポンポンすると、照れ顔が可愛い。今日はゆっくり寝て、脳を休めよう、と言いながら布団に入る。
「咲樹。親友って思って良い?」
「何言ってるの?私はもう思ってるんだけど。」
椿の穏やかな寝息が聞こえ、幸せな気持ちで眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます