43. 接吻
ゴールデンウィークに入り、マッツーこと松下のダンスレッスンを受けるため、指定された公民館へ向かう。
その公民館は母さんが勤めている病院の近くで、偶然家を出る時間がかぶり二人で駅へ向かった。
二人きりなんて初めてなので緊張する。
「今日、帰りは遅くなるの?」
すごく普通の親子の会話に、何だか心がむずむずした。
どんな感じかわからないため、帰るときに連絡すると伝える。
電車に乗り、母さんはひとつ前の駅で降りる。
「仕事頑張ってね。」と言うと、ちょっと照れていた。
公民館に到着すると、マッツーと先生らしき人がいた。
「今日は貴重なお時間いただきありがとうございます。」と丁寧に挨拶をすると「いえいえ。貴重な時間を捧げます。」と笑顔で返してきて面白い。
先生らしき人を紹介される。
「俺の親父です。」
「えっ!お父さん!?」
そのわりにはすごく若いんですけど。
「いつも息子と仲良くしてくれてありがとね。この前の文化祭も見たよ!すっごい良かった。それに、
ありがとうございます、と言いながらもこの人は一体何歳なんだという謎が渦巻く。
「あの、お父さんはおいくつなんですか?」
「あ、俺?今三十七歳。煌太は十九で出来た子だから、父親世代的には若いかな。ダンス教室の講師をしてる。」
だからマッツーはダンスうまいのか。お父さんは有名な歌手のバックダンサーとかもやったことあるらしい。
十九って俺らと年齢がそんなに変わらないじゃん。すげー、と思うばかりだった。
レッスンは流石に本格的で、すごくハードだったけど有意義なものだった。
マッツーのお父さんにも覚えが早いって褒めてもらい、マッツーにもたまには一緒に踊ろうぜ、と言ってもらえて嬉しかった。
色っぽい感じの動きとかも出来るようになり、幅が広がったと思う。
帰る頃にはすっかり日が暮れて、もうしばらくすると母さんの勤務が終わる頃だった。
ちょっとしたイタズラ心に火が付き、母さんの勤務先の病院に行ってみることにした。
名前は聞いたことある病院だったけど、行ってみると思ったよりももっと大きな総合病院だ。父さんが働いている病院もまあまあ大きいけれど、それよりも大きい。
小児外科病棟を院内マップで調べ、行ってみる。
病棟に行っても会えるかわからないけれど、どんなところで働いているのか見てみたかった。
ナースステーションで笑顔で挨拶をする。看護士さんたちもみんなプロフェッショナルな感じで素敵だな。
「佐倉先生はいますか?」
「もうすぐ回診から帰ってくる頃ですが、どちら様でしょうか。」
名乗ろうとしたら後ろから名前を呼ばれ、振り向くと母さんだった。
白衣を羽織って聴診器を胸ポケットに差し、いつもと違うドクターの姿はかっこよくて、何だか誇らしい気持ちになる。
授業参観で親が来てくれたときの嬉しさに似ている。
「佐倉先生、どちら様ですか?」
看護士さんたちには俺と母さんの関係が結び付かないらしい。
「母がお世話になっています。」
帽子を取って頭を下げると、三人くらいいた女性の看護士さんは「えー!」と驚く。
「佐倉先生!こんなイケメンの息子さんがいるんですか!?」
綺麗なお姉さんたちにそんな風に言われると、正直、気分良い。
母さんは照れながら驚いていた。
「どうしたの?病院にまで来て。」
「もう終わるかなと思って。」
待合に連れていかれて待っていると、母さんはすぐに着替えてきて、一緒に帰る。
「ビックリしたじゃない、急に来るから。」
どことなく嬉しそうで、ほっとする。
「仕事モードの母さん、かっこいいね。咲樹もあんな感じになるのかな。」
「ありがとう。一生懸命やってる人は、なんだってかっこいいものよ。朔だって、歌ってるときも踊ってるときもピアノを弾いてるときもおしゃれの研究してるときも全部かっこいいし、咲樹もギター弾いてるときや料理してるとき、勉強してるときも全部かっこいいわよ。」
そうかな、と照れる。
俺たちと離れていた十四年の間も、母さんは医師として成長を続けていたに違いない。
医師としての自信を感じた。俺たちが寂しくしてたのも報われるかな。
家に着くと、咲樹と香月がご飯を作っていた。「お帰りー。」と言って晩御飯のキノコチャウダーを作っている。
しかもホームベーカリーでパンまで焼いている。
「香月がほとんど作ってくれたんだ。」
「香月くん、ありがとうね。助かるわー。ご実家の方は大丈夫なの?」
母さんの質問に、「家の分は作りおきしてきました。」と言っている。
スーパー家政婦じゃん。
今日は一緒にゲームをやる予定で、泊まりに来ている。俺が昼間いないことを良いことに、早く来て咲樹と二人きりの時間を楽しんだに違いない。
デートとかにも行けば良いのに。まぁ、いいけど。
夜勤の父さんを抜きで晩御飯を食べる。
俺と母さんが一緒に帰ってきたことが話題に上がり、病院まで迎えに行ったと言うと、咲樹が羨ましがっていた。
あとは松下のお父さんが三十七歳だったという話で盛り上がった。
ご飯を食べ終わり、お風呂の前にゲームをする。一人だと怖くて出来ないバイオハザード。
母さんが片付けをしている間に咲樹がお風呂に入りにいった。多分咲樹はこういうの苦手だと思う。
キャラの選択で、俺は女の子のキャラにしてみた。
急に敵が出てくるので、ギャーギャー言いながら進める。めっちゃ面白い。
でも、俺はすぐ死ぬ。香月は安定の上手さだった。
「やっぱ明るいと臨場感出ないね。朔の部屋ってモニターなかったっけ?」
香月のこだわりで俺の部屋でやることになった。
母さんはゾンビ系は好きじゃないらしく、ほっとしていた。
部屋でセットし、電気を暗くしてプレイするとめっちゃ怖い。
香月に「女子でもそんなにギャーギャー言わないって。」と言われる。
「そっか、バーチャルなら女子になれるんだ!」
「は?今さら?朔って女になりたいの?」
ユズと付き合ってたときに女だったら、ってよく考えてた癖が出たのかな。
「いや、女性の気持ちも分かる男になりたい。」
「おぉー、良い答えに逃げたな。上手い。」
香月とのこのゆるーい会話も癒される。
ゾンビと戦い疲れた頃、咲樹がお風呂空いたよーと言いに来た。
「俺から入るから、咲樹がやってても良いよ。」
「無理無理無理無理無理。」
顔が真顔・・・。
「咲樹はこういうの苦手なの?」
「ゾンビとかエイリアンとか、幽霊とか、殺人鬼とかと戦うやつは怖くて無理。」
香月はニヤッとしていた。
怖がる咲樹が香月にしがみつくシチュエーションを想像しているに違いない。
風呂から上がり部屋に戻ると、香月が一人でバイオハザードをやっていた。
だいぶ進んでいる。続きはやっといてね、とコントローラーを渡され、香月が風呂に行ってしまった。
意を決して一人でやってみる。
一人だけどギャーギャー言いながら、少しずつ進めた。
香月が風呂から戻ってくると、ぐったりしている俺を見て笑われた。
「今日はもうやめようか。」
中断してくれて、良い奴。ゲーム機を片付けていると、前に楓くんにもらったエッチなDVDに気づかれてしまった。
「朔ってこういうのが好きなんだ・・・。ノーマルだね。」
「それは楓くんからもらったやつだし。」
ふーん、と言いながらも興味津々である。
「俺も違うやつもらった。どうだった?これ。」
「え、まだ見てない。実はそういうの見たこと無くて。パッケージは開けてみたけど。
香月ってそういうの、よく見るの?
家で見るの気まずくない?未開封だったけど、咲樹に見つかったとき気まずくなっちゃった。」
咲樹に見られたの?と、むっつりなニヤニヤ顔がうざい。
「俺はそんなに頻繁には見ないけど、たまには見るよ。最初は漫画喫茶で興味本意で見たかな。十八禁だから自分ではレンタルできないしさ。ねーちゃんが借りてきたやつを借りる。」
「・・・は?星さんって堂々とこういうの見れるタイプなの?え、姉弟で貸し借りできるとかすごすぎ。」
「ねーちゃんはエロじゃなくて美を求めて借りてるらしくて、抱き合ってるところをデッサンしたりしてるの見たことある。俺はエロを求めて借りるけどね。なんか、そういうところ理解があるんだよね、うちのねーちゃん。ねぇ、これせっかくだし見てみようよ。」
え!よくクラスの奴が友達の家で見たとか言ってるけど、どういう心境なのかと不思議だった。
未知の世界です。
ドキドキしながら見てみる。
「朔は、ユズくんさんとは、その・・・。」
「なんだよ、はっきり言って良いから。身体の関係にはなってないよ。まぁ、抱き合ったりとか、キスは何回もしたけどね。」
「どんなキスなの?」
ユズとのキスを思い出してしまう。
体で繋がれないからこそ、求める気持ちをぶつける、熱くて甘いキスだったな。
「表現が難しいな。♪長く甘い口づけを交わす 深く果てしなくあなたを知りたい fall in love 熱く口づけるたびに やけに色の無い夢を見る・・・って感じのキスかな。」
「original loveね。何となく伝わってきた。朔は言っても経験者だからな。こういうのも、実際はどうとか、比較しながら見れるんだろうな。」
いよいよ男女の絡みが始まり、恥ずかしくて手で顔を隠しながら見る。
「見方が可愛いな。」
写真を撮られ、突っ込まれた。
香月は頬杖をついて淡々と見ている。
まず、ストーリーが無いことにビビる。気がついたら終わっていたけど、全然ムラムラしなかった。
「まぁ、こんなもんだよな。だいたい男優のケツが汚いのが嫌だ。あと、女優の厚化粧も嫌だ。これで高校生の設定とかふざけるなって話だよ、ほんとに。」
香月の怒ってる感想に笑いが込み上げる。
「じゃあなんで見るんだよ。」
「そんなもん、咲樹とするときのために勉強してるんじゃん。どういう顔するのかな。露出してる部分はつるつるもちもち肌じゃん?抱き締め心地はふわふわで柔らかいし、おっぱいとかお尻とか、うわー!触りたいよー!」
思わず香月の頭をグッと押す。
「兄にそういうことを言うなよ!」
えー、親友じゃんと言われ笑えてくる。
「そんなにしたいの?」
「許されるならしたいに決まってんだろ!やば。想像したらムラムラしてきた。邪念を払おう。朔はしたいとか思わないの?そうだな、藤原さんとか。」
藤原さんとかー。どうなんだろう。藤原さんってそういうこと、軽く出来ちゃう子なのかな。前にそんな発言があったな。
「俺、自分が思っている以上に草食系かもしれない。ユズとのキスも、たぶん自分からしたのは最後の一回だけだし。キスもハグもされるのは嬉しかったし好きだったけど。
今思うと、自分から求めたこと、殆ど無いな。」
「朔は皆が放っておかないから気付かなかったけど、自分の気持ちをぶつけるのが苦手なのかもね。キスはなくても抱き締めたいって思ったことはあるでしょ?」
「うん、まあ。でも、恋人たちのハグとは違う感情かもしれない。ぬいぐるみをぎゅってする感じ?ハグとほっぺにチュウまでは、自分から出来るよ。」
「抱き締められたいんじゃなくて、抱き締めたい、キスしたいって思う相手にきっと出会えるよ。」
そうかなー、と唸る。
「とりあえず、バイオハザードも進んだし、アダルトDVDがどんなもんかってことも学習できたし、寝よう!」
片付けて常夜灯にすると、香月がベッドをじっと見ている。なに?と言うと一緒に寝ているぬいぐるみを盗られた。
「今日だけで良いから貸して。咲樹の匂いが朔の匂いで消えかかっている。」
「変態だな。咲樹の匂いがついたもの貰ったら?」
「借りれるなら別に変態で良いし。嫌われたくないからそんなこと、言えない。」
香月はライオンのぬいぐるみを抱き締めて布団に入った。一旦電気を点けて写真を撮る。
「何撮ってんの?」
「咲樹にあげようと思って。」
それなら良いけど、と言って寝息をたてる。はやっ。電気を消して俺も寝ることにした。
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