42. カブトムシ

 ユズくんさんと別れてから、更に楓くんが卒業してからは朔がやたらと物憂げだ。

 窓の外を見て溜め息をつくと、女子の視線が釘付けになる。


「♪出会いと別れを繰り返す日々のなかで 一体全体何を信じれば良い・・・」

 朔はKing GnuのPrayerXのフレーズを口ずさむ。


 最近センチメンタルだね、と声をかける。


「なんなんだろう、この空虚感。無性に寂しくなっちゃってさ。ユズに貰った安眠グッズと併せて、咲樹にぬいぐるみ借りて一緒に寝てる。」

 朔がぬいぐるみと一緒に寝ている絵を想像する。グラビアっぽい。

 というか、そのぬいぐるみ欲しい。


 咲樹は宣言通り部活には来なくなり、藤原さんと一緒に図書室で勉強しているようだ。

 帰る時間は合わせてくれているが、話をできるのは通学時間だけになってしまった。



 年度が明けて、高校ももう三年生になった。進学校のため、三年生になるとピリピリしてくる。

 俺と朔は甲斐先生に受験対策も教えてもらうことになっていて、進路指導の先生からはイレギュラーに扱われている。


 部活に行くと、今年の入部希望者が見学に来ていた。男子二人と女子一人の三名だ。

 部長の朔が自己紹介と入部の動機、希望パートを言うように指示する。


「羽田 将です。去年の文化祭でステージを見て、入部したいと思いました。ギターを弾きたいです。宜しくお願いします。」

 羽田くんはメガネ男子のインテリ系でクールな感じだ。


「中山 琥太郎です。高校の公式動画を見て入部を決めました。ドラムを希望します。宜しくお願いします。」

 中山くんは童顔で、笑顔が可愛らしい愛されキャラっぽい。


「高橋 莉子です。朔くんに憧れて入部を決めました。ボーカルをメインに、出来ることは色々やってみたいです。宜しくお願いします!」

 高橋さんは朔をロックオンしている。可愛らしい外見ではあるが、かなりのあざとさを感じる。みくと目が合い、同じ印象だという空気が伝わった。


「はい。ありがとうございました。名前の呼び方は軽音楽部の慣習で、下級生には下の名前を呼び捨て、上級生には下の名前にくんかちゃんを付けて呼んでください。では、上級生の自己紹介をします。蓮から。」


「二年の瀬崎蓮です。ギターとボーカルをやっています。実は、三年生になったら引退する予定なので、一年間ですが宜しくお願いします。」

 蓮も受験対策を考えて引退するのかな。初めて聞いた。


「二年の山本みくです。ドラムとシンセサイザーを担当しています。仲良くやりましょう。宜しくお願いします。」

 みくは、みんなを見守る役も楓くんから引き継いだようだ。あ、俺だ。


「三年の笹蔵香月です。ベースとヴァイオリン担当です。宜しくお願いします。 」

 俺の挨拶が終わると、咲樹が入ってきた。朔が手招きする。


「受験対策で部活の練習にはほぼ来れないと思うんだけど、部員なので挨拶だけしに来てもらったから。咲樹、挨拶。」


「佐倉咲樹です。ギター担当です。練習にはあまり来れませんが、私で教えられることがあれば相談に乗りますので、声かけてください。宜しくお願いします。」

 みくがほっとした表情で咲樹を見ている。女の子が少ないから心細いのかな。


「最後に、部長の佐倉朔です。咲樹の双子のお兄ちゃんです。ボーカルとピアノを担当しています。仲良く、楽しく活動していきましょう。宜しくお願いします。」


 最後にみんなで拍手をして、自己紹介は終わった。新体制の連絡グループを作成し、連絡先を交換する。

 咲樹は蓮と将に声をかけて、どうやって教えて行くかなどを話している。みくも琥太郎と、ドラムは叩いたことあるのかなど、質問をしている。朔は莉子にどういうジャンルの曲を歌いたいのかなどを話している。

 一人でチューニングなどをしていると先生が来て、声をかけられた。


「お前、ボッチじゃん。じゃ、俺が付き合ってやるよ。」

 ボッチは慣れてます、と言いながらも先生に付き合ってもらった。


 先生のベースは、やっぱりかっこいい。ピック弾きとか、ほんとに難しいのに、簡単に弾いてるように見える。

 すごいですね、と言うと「お前も『パガニーニのカプリース第二十四番』、簡単そうに弾けるじゃん。」と言われた。練習すれば弾けるようになるかな。まだまだだ、俺。


 咲樹が先生に声をかけに来た。

「だいたい図書室にいるので、何かあればすぐ来ますので声かけてください。」


 みくと莉子の仲が良くなればいいが、今のところ印象が良くない。女子同士の付き合いは怖い。たぶん咲樹はその辺を心配している。

 先生は「ありがとう。やばくなったら呼びに行くわ。勉強頑張れよ。」と言って、肩を叩き、咲樹は笑顔で図書室に戻っていった。


 ふと朔の方を見ると莉子に質問攻めをされていた。彼女はいるのか、好きなアーティスト、身長等々。

 朔は嫌な顔せずに、「恋人と呼べる人は、今はいないなー。あ、でも、好きな人はいるよ。好きなアーティストは、今は末吉秀太だな。身長かー、あまり高くないんだよね。170ぐらい?」と答えている。

 俺だったら「そんなこと何で教えなきゃいけないの?」とか言ってしまう質問だ。莉子は「朔の好きな人」に言及する。同じ学校なのかなど。どう返すんだろう。


「好きな人ぐらいは秘密にしておきたいな。気持ちを大事にしたいんだ。それに、目の前にいるかもしれないでしょ?」

 莉子はすぐに顔が赤くなった。朔はそんな反応を見て「ドキッとした?」と楽しんでいる。


「あいつ、すごいな。」

 先生も感心していた。やっぱ、ホストになったらすぐにトップになれると思う。



 帰り道。咲樹と合流して今日の話をする。莉子がグイグイ来てることをどう思っているのか朔に聞いてみる。


「グイグイはほんとすごいし、ちょっとあざとい感じはするけど、声は可愛いからしっかり歌うことができるようになれば良いと思う。けっこう反応も可愛いし。」


 へぇー。まぁ、うまくやっていけそうで良かった。咲樹も少し心配している。一年間だし、大丈夫でしょ、と軽い返事をしていた。それよりも、咲樹はいつも藤原さんと勉強するのかを聞いていた。



 新入部員が入って一ヶ月。もうすぐゴールデンウィークだ。朔は皆の心配を良い意味で裏切り、莉子への指導は厳しく行っている。

 発声練習から体力作りまで。莉子も最初の方に見せていたグイグイの感じはなくなってきた。


「最初は朔くん目当てで入ってきたの丸分かりでどうかと思ってたけど、あの訓練を堪えるとはけっこう根性あるよね。逆に辞めないか心配。」


 みくも莉子を認め始めている。しかし周りの反応は良くない。莉子が朔にベタベタしているので、朔のファンには嫌われている。


「なんか曲を披露してみようか。女の子がキュンとする女性ボーカルの歌。かっこよく歌えればみんなも認めてくれるはずだよ。」

 女の子がキュンとする女性ボーカルの歌を脳内で検索するけれど、出てこない。


「aikoとか?やっぱ王道のカブトムシじゃないですか?」

 将が意見を出してくれて、演奏してみることになった。



 ゴールデンウィークの前の日。口コミでオーディエンスを入れて演奏することになった。朔がソロで二曲歌って、最後にカブトムシを莉子とデュエットする。

 緊張する莉子に「リラックスして歌えば大丈夫。」と朔が励まし、二人が向き合った。莉子はまっすぐに朔を見て歌い始めた。


「♪悩んでる身体が熱くて 指先は凍える程冷たい 「どうした はやく言ってしまえ」そう 言われてもあたしは弱い・・・」

 莉子の可愛い声は恋する女の子をしっかりと表現している。朔の指導の甲斐もあって、声が綺麗に伸びている。


「♪少し背の高いあなたの耳に寄せたおでこ 甘い匂いに誘われたあたしはかぶとむし・・・」

 ちょっと癖のある朔のハモリは、絶妙な音の位置に声を重ねていく。

 二メロのサビでは二人が見つめあって歌っていて、オーディエンスの女子たちは皆キュンとした顔をしていた。


「本日はご鑑賞いただきありがとうございました。またゲリラライブとかもやるかもしれないから、来てね!良いバケーションを!」

 朔が締めてプチライブは終わった。


「この曲、ギュンギュン来るよね。俺もさ、思い出しちゃった。少し背の高い彼のこと。元気でやってるかな。」

 窓の外の夕陽を眺める朔は、うっとりするくらい雰囲気がある。

 誰も元カレのこと考えてるなんて思い付かないだろうな。


 朔のスマホに通知音が鳴った。

「あ・・・。」

 画面を覗き込むと、藤原さんからだった。

『プチライブ、素敵でした。』


「ちょっと、どういうこと?まだ望みはあるのかな?」

「別に嫌われてなかったんじゃないの?朔のハモリって、何か分かんないけどまた聴きたくなる。音もつられてなかったし、ヴォーカリストだなって思った。」


「ありがとう。香月みたいな音楽家に褒めて貰えると、身が引き締まる思いだよ。先生にも、絶対音感があるなって言って貰ったんだ。そうやって乗せられると、俺って調子に乗っちゃうから。芸大受験、頑張るぞ!」


 前向きな気持ちもちゃんとあって良かった。俺も、朔に負けないように頑張らないと、と気を引き締めた。

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