38. Kiss Me
もうすぐ期末テストが始まる。
その前に部員の皆で篠田楽器へ行くことにした。赤ちゃんが産まれたので、出産祝いを渡すためだ。
前もって話をしていたため、奥さんも、赤ちゃんを連れて挨拶に来てくれていた。
母親になった篠田さんの奥さんは、とっても柔らかい表情で、前に感じたフェロモン的なものはあまり感じない。
でも、おっぱいがすごい。
授乳しやすいようになのか、胸元が開いたシャツを来ていて、爆乳という表現がふさわしい。
「やっぱり赤ちゃん産むとおっぱいって大きくなるんですか?私もなるのかな。」
みくが堂々と聞いている。
「人によると思うけど、大体の人は大きくなるんじゃないかな。私は大きくなった。授乳の前は張ってくるから痛くて。自分で摘まんで出すときもあるよ。」
そうなんだーと思いながら聞き耳をたててしまっていた。
私の視線に気付いて、奥さんが赤ちゃんを抱っこしてみるかと聞いてくる。
生後一ヶ月半。めっちゃちっちゃい!
抱っこさせてもらい、顔を見つめる。軽くて落としてしまわないか緊張する。
違うとは分かっていても、朔には似てなくてほっとした。
「可愛いね。男の子だって。」
香月が隣で赤ちゃんを見ていると、みくが写真を撮った。
「この二人が赤ちゃんを見つめてるとかヤバイ。」
香月が照れる。
でも、私は香月との赤ちゃんができたら、とか全然考えてなかった。
「みく。イメージ壊して悪いけど、咲樹は多分、アジカンの『フラッシュバック』を考えてると思う。」
なにそれ、と、みく。
朔に「なんで分かるの!?」と言うと、朔は香月に「なんかごめん。俺、咲樹検定一級だから。」と言っていた。
何だその検定は。
篠田さんがその話を聞いていて、持っていたエレキギターを簡単に弾いてワンフレーズ歌う。
「♪細胞膜に包まって 三分間で四十倍!咲樹ちゃーん、ロックだね!ふぅっ!」
産まれるまでにどれだけ細胞分裂したんだろう。どこのパーツから出来て行くんだろう。小さいのに一つ一つのパーツはしっかり出来上がっていて、すごいなと思った。
「髪の毛ふさふさですね。産まれたときから生えてるんですか?妊娠何ヵ月ごろで生えるんですかね。すごいですよね。十か月でこんなになるなんて。」
奥さんは私の質問が面白いらしい。
香月も、「咲樹の脳はもう、医者になるしかない構造になってる。」と言って困った笑いをしていた。
篠田夫妻にお祝いのオムツケーキを渡すと、どれだけあっても助かる、と喜んでくれた。名前は『奏太』と言うらしい。
「やっぱ、音楽っぽい名前にしたくてさ。姓名判断行っちゃった。笹蔵くんと同じ名前のとこ。」
「あ、それ、うちです。」
そうなの!?と皆がびっくりする。
あれ、言ってないっけ?と香月もびっくりする。
世間って狭いって言うか、繋がってるって言うか。不思議な感じがした。
篠田夫妻はとても幸せそうだ。朔の気まずい感じもほとんどなくなり、ほっとした。
奏太くんが笑うと皆も笑顔になり、特に甲斐先生は篠田さんに何回も良かったな、と言っていた。結婚してから、なかなか授からなかったらしい。
篠田さんも奏太くんにデレデレしていた。
現地解散になり、帰りの電車で将来何人子どもがほしいか、という話題になる。
「朔と咲樹を見てると、双子も良いよね。楽しそう。」
「双子の家系って遺伝するって言うしさ、もしかしたら俺らの子どもも双子かもね。」
香月と朔の話を聞いていても、考えることは具体的なことだった。
「双子を妊娠するのって多分大変だよね。お腹に二人も入ってるんだよ?産む時もさ、人生で一番痛いと言われる分娩が、一人産んでもまだ終わんないんだよ?そう考えると、お母さんありがとうって思う。それに育てるときも、二人いると勝手にどっか行っちゃったりとか、大変だよね。お祖母ちゃんありがとう。」
私の話を聞いて二人とも笑う。
「やっぱ視点が男女で全然違うね。それに、感謝してるところが咲樹らしい。」
香月が優しく見つめてくる。
「俺も感謝してるって。それに、双子は本人も大変なんだぞ。咲樹ちゃんは勉強できるのに、とか、咲樹ちゃんはしっかりご挨拶できるのに、とか、すぐ比べられるし。小さいときは、いちいち比べんなよってむしゃくしゃしてたわ。」
「それは私もだし。朔くんと遊んでる方が楽しいとか、一緒に遊ぼうって言われて一人で遊びにいったら、朔くんが来ないとつまらないって言われたりとか、私はついでかよってむしゃくしゃしてた。」
朔と顔を見合わせて「お互いむしゃくしゃしてたね。」と笑う。
香月が電車を下りていき、朔と二人になると将来の話になった。
「咲樹とはずっと一緒だったから、離れて暮らすとか想像つかないな。もし咲樹が香月と結婚して香月の家に行くんなら、俺も付いていこうかな。」
「何言ってるの?まだ結婚するかも分からないし、香月の家に入るとも限らない。だいたい、朔は一人暮らしとかしないの?」
「えぇ、俺一人で住んだら死んじゃうぅ。」
あざといけど女子より可愛い。
近くにいた仕事帰りっぽいスーツを着た三十代ぐらいの女性が微笑みながらめっちゃ見てる。
未来のことは分からないけど、家族の形が変わっても良い方向に進んでいくと良いな。
期末テストが終わり、恒例のクリスマスライブ。今年はやおはちのクリスマスケーキ販促ライブもオフィシャルで決まっている。
今年のクリスマスソングは、『今夜はHearty Party/竹内まりや』、『Christmas (Baby Please Come Home)/U2』、『I Saw Mommy Kissing Santa Claus/The Jackson 5』の三曲で、アップ・テンポの曲を選曲した。
U2の曲はバンド!って感じなので楓くんが喜んでいた。
寒空の下、今回はドラムセットを準備する。みくも一曲叩くことになり、喜んでいた。
「メリークリスマス・イブ!Glitter Youthです!なんか、いっぱい来てくれてありがとう!」
偶然スポーツ部の練習が無い日で、校庭を使わせてもらった。
「早速、クリスマス・イブ ライブ、始めるね。まずはこの曲から。『今夜はHearty Party』!」
みくのドラムから始まる。楓くんはタンバリンを陽気に叩いて楽しそうだ。朔は女性ボーカルの歌を歌うのが初めてだったけれど、少しキーを下げて難なく歌っていた。
「ありがとうございました!良い歌でしょ?これ、甲斐先生に聴いてもらったら、ケンタッキーを食べたくなるって言ってました。」
見学していた体育の先生が、「めっちゃ分かる。」と言っていて、先生世代は分かるらしい。
「あとの二曲は洋楽です。次の曲はU2で『Christmas (Baby Please Come Home)』って言う曲なんだけど、歌詞の内容は、ただ悲しい。でも曲は力強いから、一人きりのクリスマスイブを過ごす、ぼっちに送ります。」
自然に笑いを誘う。
確かに歌詞は、『可愛い君よ、帰ってきてくれ』ってずっと言ってる。
私のエレキギターから曲に入り、楓くんのドラムと香月のベースが入る。
久々の初期メンバーのみでの演奏になり、蓮とみくは鈴を鳴らした。
「次で最後の曲だね。最後はね、ハッピーに終わろうと思って、The Jackson 5の『I Saw Mommy Kissing Santa Claus』を演奏します。ファミリーで過ごす人が多いと思うから、幸せなクリスマスになりますように。
みんなも聴いたことがあるはずなので、手拍子とかお願いします。はい、蓮!台詞言って。」
蓮は恥ずかしがりながら英語の台詞を言う。朔の心地良いハイトーンボイスが響く。
みんなも手拍子を送ってくれて、楽しいライブになった。
終って片付けをしていると、椿が来てくれた。
「これ、クリスマスプレゼント。」
かわいらしい包みの中を見ると、ステンドグラスのようなペンダントが入っていた。
「私が作ったの。UVレジンって言う作り方があって、私も色違い持ってる。」
女の子の友達からこういうプレゼントをもらったことがなかったので、すごく嬉しい。
「ありがとう!すっごい可愛い!私も何かあげたいけど、何も準備してない・・・。」
そんな、いいよー。と言ってくれたが気が済まない。
「あ、じゃあ、歌で良いかな。時間ある?」
「え!いいの?嬉しい!」
曲は何にしようかな。
クリスマスと全然関係ないけど、と前置きして、アコースティックギターのみで歌う。
「では、椿だけのために歌います。」
得意なSixpence Non The Richerで『Kiss Me』。
椿は読書家だし、けっこうロマンチックな内容の本も読んでいたので気に入ると思った。
曲が終わると、後ろからも拍手が聞こえて、振り向くとメンバー全員と、立ち止まって聴いてる人が何人かいた。
全然気づかなかった。
「すごくロマンチック!女子の憧れだよね。咲樹の声、透明感があるからすごく合っててキュンとしちゃった!」
ありがとう、と言いながら、今年は迎えが来ないのか気になる。私の心配を察してくれた。
「今年のクリスマスは、ケンちゃんと過ごすの。もうすぐ田中さんが迎えに来るわ。」
「そっか。私も、椿と一緒にクリスマスを楽しみたいな。せっかくだから、女子高生っぽいことしたくない?カラオケ行くとか、洋服見に行くとか。」
椿は目を輝かす。
「行きたい!私たちが女子高生でいられるのは今しかないもんね!明日なんてどお?長時間は無理かもしれないけど、田中さんにお願いするわ。」
「うん!大丈夫。じゃあ、可愛いお店見に行こっか。後でメッセージ送るね。」
どこ行こう。私もこういうお出掛けは初めてだ。
「楽しみ!絶対に田中さんに許可貰うから。あ、田中さんが来たみたい。じゃ、良いクリスマスイブを!」
笑顔で去っていく椿を見送り、片付けに戻る。朔が寄ってきて、小声で「ケンちゃんて誰?」と心配そうに聞いてくる。
自分で聞けば良いじゃん、と言うけど引き下がらず、しつこい。めんどくさ。
「もう。朔がびびってたワンちゃんだよ!」
あー、そうなんだー。とほっとした様子で、少し嬉しそう。
「明日どっか行くの?俺も行きたい。」
「え?椿とデートするんだ。朔は竹下先輩と約束無いの?」
「会いたいとは言われてるけど、気が乗らなくて・・・。会うと、また流されそうな気がしてさ。」
最近は悩んでいる感じもある。
椿のことを好きだけど、竹下先輩のことも放っておけないし、身動きがとれないのかな。
もどかしい。かといって、私がどうこうすることは出来ない。
皆が幸せになる方法は無いのかな。
サンタクロースにお願いしておこう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます