36. 白日

 先生が焼き肉に連れていってくれるということで、Tシャツとジャージのまま、六時に校門に集まった。先生が小走りでやってくる。


「去年も行った店だけど、すぐそこだから。」

 たしか、こじんまりしてるのにすごく美味しいお店だ。一見さんは入れない感じ。


 お店に着くと、予約してあったのか、すぐに席に案内された。

 個室になっていて落ち着く。蓮とみくはキョロキョロしているので、なんか珍しいのか?と楓くんに突っ込まれていた。


「あまりこういう店来たことないので。」

 二人でハモってしまい、睨み合っている。何気に仲が良い。

 夏フェスのときのキスの話を聞いていたのもあり、意外とカップルになったりするのかな、と思った。


 焼き肉を食べながら今日の講評と反省を行う。

 その間も俺は黙々と肉や野菜を焼く。咲樹に、焼肉奉行だね、と笑いながら突っ込まれた。


「今日のステージは非の打ち所が無いね。ライブDVDにして、売り出したいくらいだわ。朔のダンスはほんとに良かった。俺もキュンキュンしちゃった。」


 甲斐先生はご機嫌だ。King Gnuも想像より良かったらしい。


「俺は情熱大陸が楽しかった。歌が入ってない曲ってあまり演奏しないけど、香月のヴァイオリンが力強くて、大人な音色だったよ。

 あと、朔が言いかけたやつ、気になるんだけど。リアル何とか。」


 楓くんがヴァイオリンを褒めてくれるのはうれしいけれど、あまり触れられたくない話題に触れている。

 朔が顔を見て言っても良いのか伺ってくる。

 まぁ、このメンバーなら良いかな、と思って頷くと、朔が笑いを堪えながらSixteen Going on Seventeenの話をした。恥ずかしくて俯く。


「え、すごく素敵じゃないですか!女子としては憧れます!しかも、クオリティ高そう。」


 みくは肯定的だった。咲樹もみくと一緒に「そうでしょ?バカップルでも、いい思い出なのに!」と朔を攻める。

 咲樹は嬉しかったんだと思うと、恥ずかしいのはどうでもよくなってきた。


「今年は事件に巻き込まれたりしてどうなることかと思ったけど、咲樹も香月も回復してくれて、落ち着くとこに落ち着いて良かったよ。

 蓮とみくもメンバーとしてしっかりしてきたし、来年も今年に負けず劣らずの演奏が出来るといいな。楓と咲樹も、ゲストでちょっとだけ参加したりしても良いし!」


 来年の話になり、メンバーが変わっていくことが現実味を帯びてくる。少し寂しく思いに耽っていると、朔が寄りかかってきた。


「あれ、寝てない?朔ー。」

 咲樹が揺するが起きる気配がない。とりあえず座布団の上に寝かせる。


「あれだけ歌ったりしゃべったり踊ったりしたら疲れるよね。寝顔も可愛いね。」


 甲斐先生の言葉に、みんなで朔を優しく見つめる。甲斐先生は記念に写真を撮っていた。


「準備から今まで全力だったからな。良い顔してる。そういえば、スカウト来てたんでしょ?」

 楓くんが甲斐先生に訊く。


「あぁ。大手のプロダクションだったよ、朔だけの指名だったけど。まだ芸能活動は考えてないって言っていたから、月曜日にゆっくり話そうと思って。不利な契約させられないからさ。人生を左右するし。」


 これだけの魅力があればスカウトも来るだろうな。甲斐先生は慎重だ。

 朔は危なっかしいところがあるから、こういう頼れる人が近くにいると心強い。

 ゆくゆくは芸能活動も始めるんだろうけど、遠い存在になってほしくないなと思いながら、幸せそうな寝顔を見る。


 そろそろ帰ろうか、ということになったが、朔は起きない。

 車で迎えに来てもらおうと、仕方なく咲樹が家に電話する。

 来てもらえることにはなったが、咲樹の様子が少しおかしく感じてどうしたのか訊くと、お父さんが病院に呼び出されたため、百香さんが来るとのことだった。


 朔をおんぶして店を出る。

 前にお姫様抱っこしたときより軽くなってる気がする。



 百香さんが到着してみんなに挨拶し、咲樹が先生に「ごちそうさまでした」と言って車のドアを開けた。

 俺も乗せてもらうことになり、後部座席に朔を乗せて自分も乗り込んだ。


 百香さんの運転はとても上手で、安全運転だ。助手席の咲樹が、今日のステージの感想を百香さんに訊いている。


「もう、言葉にできないくらい、感動して泣いてしまったわ。朔が咲樹に向けたメッセージなんて、胸がいっぱいで。」

 咲樹は百香さんの方を向いて微笑む。


「『白日』はどうだった?すごく深い歌詞だから、百香さんは色々考えちゃうんじゃないかなって思ってて。

 朔とも話したんだけど、もう、春風は吹いても良いと思うの。過去のことは変えられないし、取り返しのつかない過ちは誰にでもある。途方もない間違い探しをするのも、罪の意識に囚われるのも終わりにしてほしい。

 だから・・・、お母さん、って呼んでも良いかな。お父さんだけじゃなくて、私も朔も、戻ってきてくれて嬉しかった。」


 百香さんは泣きながら運転をしていて、危ないよー、と言って咲樹がハンカチを渡す。

 二人のやり取りを見て、涙が出てしまった。

 咲樹を抱き締めて、よしよしってしてあげたい。最後には二人は笑顔で「朔のダンスボーカルは超絶かっこいい。」という話をしていて、その光景を微笑ましく眺めていた。


 佐倉家に到着し、朔をお姫様抱っこして部屋に運ぶ。ベッドに降ろすと、「ううん。」と言って起き上がった。


「なんだよ。起きるならもうちょっと早く起きろよ。」

 声をかけてもボーッとしている。


「ごめんごめん。お風呂入ってから寝ないと肌が荒れる。」


 ・・・こいつはプロだ。「なんか、起きたんだけど。」と咲樹に報告する。

 ちょうどリビングに誰もいなくて、一瞬だけぎゅっと抱き締める。頭を撫でて「さっきは頑張ったね。」と言うと、「前に言ってくれたみたいに、香月がいてくれたから。」と照れ笑いが可愛い。

 歩いて帰ろうとすると、百香さんが家まで車で送ってくれることになった。


「香月くん、いつもありがとう。二人のこと。」

「いえ、とんでもないです。」

 後部座席からルームミラーを見ると目が合った。


「・・・あの、僕もお母さんって呼んで良いですか?」

「えぇ、もちろんよ。」

 微笑んだ顔は咲樹に似ている。


「事件より前に、咲樹がお母さんの話をしてくれたことがありました。そのときは、お母さんが何で出て行ったのか、真相を知るのが不安そうでした。

 たぶん、朔と自分が母親に要らない子だと捨てられていたとしたら、それを突き付けられるのが怖かったんだと思います。

 お母さんが事件を聞き付けて飛んできてくれたことで、要らない子じゃなかったことにほっとしたみたいです。」


 百香さんは黙って話を聞いてくれていて、少し間が空いた。


「さっき、咲樹がお母さんって呼んで良いか聞いてきてくれたとき、びっくりしたわ。

 私にはそんな権利は無いって、決めつけてた。でも、二人がそう呼びたいって思ってることを蔑ろにしてたなって反省したの。

 香月くんが咲樹に『頑張ったね』つて言ってるの聞いちゃって。ありがとう。」


 聞かれてたのか。でも、咲樹たちの思いもちゃんと伝わって良かった。佐倉家にも春風が吹くと良いな。


 

 休みが明けて、朝の電車で朔たちと合流する。けっこう混んでいる。一緒に乗っている女子高生が朔を見て友達と噂している。

 男に言うのもなんだけど、最近ほんとにきれいになった。もともとイケメンだけど、美少年要素が加わって色っぽさも出てきている。


 ふとヤバイ空気を感じ、朔と咲樹を壁際に追いやる。


「え、なに?どうした?」

 朔が不思議そうにしているので、『黙ってろ』と視線を送る。

 すると、朔の顔が凍りついた。


「おい、おっさん!現行犯だぞ。」

 朔に痴漢行為をしたおっさんの腕を掴み、少し大きい声を出した。

 すると、近くのサラリーマンたちも手伝ってくれて駅員へ引き渡す。咲樹が朔に「大丈夫?」と言いながら駅員室へ付き添う。

 学校に電話をして事情を説明し、遅刻を免除してもらった。

 駅に併設されている交番に連れていかれた。警察の事情聴取が長い。


「どこをどういう風に触られたか説明できますか?」

 こんなの言いたくないだろう。しかも被害を受けてナーバスな状態だろうに可哀想だった。

 咲樹に席を外してもらい、細かく説明する。

 痴漢のおっさんの供述と合っていて、おっさんは逮捕された。


「あー・・・もぅ、なんで痴漢なんかするのな。」

 朔が呟くと、警察の人が動機を教えてくれた。


「君が綺麗な顔していて、本当に男の子なのか確かめたくなったそうだ。」



 遅れて学校に到着し、昼放課。

 すっかり仲良くなったダンス部の松下と弁当を食べながら遅刻した理由を話す。


「咲樹さんじゃなくて朔が痴漢に遭ったんだね・・・。最近は特に美に磨きがかかってきてたし、ほんと気を付けないと。」

 松下も同じことを思っていた。


「もう、感触が気持ち悪い。香月が庇ってくれてたのにその間から手を出してくるって、相当触りたかったんだね。男か確かめたいなら、聞いてくれればいいじゃん。逮捕されるとか、こっちも後味悪いし。お前らにも体験してほしい。マジで気持ち悪い。子供とか綺麗なお姉さんなら許せるのに!」


 朔は、結局明るく振る舞っている。松下が気分転換にムーンウォークを教えてやる、と言って教室の後ろの広いスペースで練習し始めた。松下は完璧にムーンウォークだ。朔は全然出来ていない。

 しかし、少し経ってからもう一度朔の方を見ると、朔はムーンウォークをマスターしていて、松下も驚いていた。


「お前、ダンスの才能あるって!歌もうまいし、ダンスボーカルアーティストになれるよ!ダンス部にも来いよ。ブレイクダンスとかも教えるし。」


 やったー!と喜ぶ朔を見ながら、スカウトの話を思い出す。芸能活動はどのタイミングで始めるのだろう。彼がどういう選択をするにしても、アシストしながら応援していきたい。



 部活に行くと、朔は痴漢に遇ったことを楓くんにいじられていた。


「まぁ、俺も痴漢したおっさんの気持ちが分からなくもないぞ。朔は最近、何て言うのかな。神秘的なエッセンスが感じられる。」

 神秘的かぁ。的を得た表現だな。


「えー、マジで嫌な感じだったんだって。そうだ、再現してあげる。ちょっと立って。」

 俺と蓮も再現に付き合わされる。

 楓くんはニヤニヤして面白がっている。朔が楓くんに痴漢を再現すると、楓くんが「ひゃあんっ!」と変な声を出して男子は爆笑した。


「これはヤバイな。そんな風に触ってくるの?今は朔が再現してるって分かってるから笑い話に出来るけど、実際は姿が見えないし気持ち悪いな。」


「電車が嫌いになっちゃったよ。でも、楓くん達のお陰で笑い話に出来そう。さっきの声、良かったよ、あははっ!思い出しちゃう。」


 蓮も笑いが止まらないらしい。

 うずくまって、息が出来ないと言って苦しそうに笑っている。

 そんな蓮が面白くて更に笑いが起きた。


 朔が一人になった時、文化祭の話をした。

「そういえば、ユズくんさん来てたね。」


「うん。文化祭が終わった後もしばらく待ってたらしいよ。日曜日に少し会って話した。」

 何話したんだろう。次の言葉を待つ。


「ステージのことはすごく褒めてくれたんだけど、遠い存在になったみたいで辛かったんだって。ステージに立ってほしくないらしい。」


「そうなんだ。そんなこと言われてもどうしようもなくない?けっこう我が儘だね。」


 ユズくんさんはパッと見は爽やかそうだけど、心の底では朔のことを掴んで離したくないみたいだな。支配欲が強い人なのかもしれない。


「そうなんだよ。俺も、前から思ってたんだ、良いように操られてるなって。この前なんか、デートで手を繋ぎたいって言うから、希望を叶えてあげようと思って、ギリギリ女の子に見える感じでコーディネートした。そうしたら、戸籍も女性になれば、ずっと一緒にいられるのかな、だって。ユズはいつも通り、至って普通に見せかけて、すごく我が儘で本当にズルい。

 ステージに立つことは、もう、俺の夢でもある。だから、そこは譲れない。

 日曜日はユズの誕生日だったんだけど、プレゼントを渡した後、もう辛いから会いたくないって言った。百香さんがうちに戻ってきてくれて、どうして出ていっちゃったのかってことが良く分かって、今は、大切に思うからこそ離れないといけない時もあることを理解してるから。」


「そっか。朔は優しいし、サービス精神が旺盛すぎるからな。ユズくんさんはそこに甘えてたんだろうな。じゃあ、別れたの?」

 ため息をついて首を振る。


「別れてくれなかった。俺の誕生日までの約束だから、それまでは別れたくないの一点張りで。あいつ、ちょっとメンヘラかも。どうやったら円満に別れられるのか考えてるところ。お前も良いアイデアあったら教えて。」

「分かった、一応考えるよ。」


 何とかしてあげたいけど、経験も知識もない。朔が滅入らないように、学校では楽しく過ごさせてあげよう。

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