35. ユーモア

 腹ごしらえをするため、職員室に戻ると校長に呼ばれた。お客さんが来ているらしい。

 応接室で対応する。


「すみません、休憩時間に。わたくし、こういう者でして。」


 差し出された名刺を見ると、大手芸能プロダクションのスカウトマンだった。

 いつかは来るだろうと思っていたため、驚きはしなかった。


「実は、昨年の文化祭も拝見させていただいてまして、公式サイトの動画も見させていただいてます。先程のパフォーマンス、ほんとに素晴らしいです。仕事柄プロのパフォーマンスもたくさん見ていますが、全く劣りません。」


 ありがとうございます、と言って本題に移ってもらう。


「是非、ボーカルの佐倉朔くんとプロダクション契約を結びたいと思っておりまして、ご本人と仲介していただけないかと。」


 はぁ、と言って名刺を見つめる。名前は「宮本」とあった。


「朔は、まだ芸能活動はしないと言っておりましたので、良い返事は期待しないでください。このあと、ステージが控えていますのでこの辺で。またこちらからご連絡します。」


 宮本さんは、午後のステージも拝見させていただきます、と言っていた。


 

 超特急で仕出し弁当を食べてステージに戻ると、ジャージと新しいTシャツに衣装替えをしたメンバーがたこ焼きを食べていた。


「先生見て!一緒に写真撮ったらただでもらった!」

 朔が嬉しそうに自慢する。


 さっきの話はいつすれば良いのか。今日は金曜日だし、休み明けで良いか。


「蓮。サングラスかけて悪い感じで歌ってね。ちょっとダミ声っぽくね。」


 朔も喉の調整をしている。

 楽器隊は、難しいポイントのおさらいをして、深呼吸をした。

 時間だ。

 みんなでステージにあがり、持ち場につく。


「どうもー!軽音楽部のGlitter Youthです!日が昇ってきたので、皆さん水分と休憩をとりながら楽しんでください!自己紹介は午前にやったので省略して、早速いこうか。甲斐先生お待たせ!King Gnu祭ー!」


 楓がドラムを叩き始める。

 ミキサーを操るみくは、器用に色々出来るので助かる。

 香月のベースが加わると、クールなセッションが始まった。咲樹のエレキギターが加わり、「It's Flash!」で朔がキーボードでメロディーを奏で始める。

 やばい。めちゃくちゃかっこいいじゃん。

 高校生でこのクオリティは、手前味噌ながらも、すごい。

 蓮のボーカルが入り、朔も声を乗せる。途中で朔がロックらしく叫んだり、飛べ!と客に言ったりして、最初の曲からかなり盛り上がった。


「ふぅー!音楽って楽しい!ね!楓くん最高!どんどん行こ!」


 次の曲の『Tokyo Randez-Vous』で蓮は拡声器を使う。朔と蓮のダブルボーカルは、絶妙なハーモニーだ。

 みんなはしっかりとKing Gnuの世界を表現している。ただのコピーではなく、Glitter Youthらしさもちゃんと出ている。朔のハスキーで繊細な声は、皆を惹き付ける。

 前半で踊っていたときの朔とはガラッと違う、大人のようで少年のような、中性的でミステリアスな魅力が溢れていた。


『PrayerX』は、「胸に刺さったナイフを抜けずにいるの」という歌詞が、咲樹が刺されたときの情景を思い起こさせたが、メンバーも敢えて演奏したいと意見が一致した。

 客の中には泣いている人もいた。


『The hole』は朔のピアノ弾き語りで始まる。とっても切ないバラードだ。

 MVでは、同性愛を題材にしていて話題になったが、テーマは受け取り方によって異なる。特に朔はどう感じたのだろう。

 何が正解というのは無いけれど、多感な時期にいろんなことを感じて考えて欲しいと思って選曲した。


『vinyl』はみくのミキサーもいい感じで入った。朔が少しヤサグレた感じで歌う。巻き舌がかっこよく決まった。


『傘』では、蓮がエレキギター、咲樹がアコギで分担し、弾きながら歌う蓮もかっこよかった。


「もう七曲も演奏しちゃいましたね。甲斐先生、どうですか?自己満足セット。」

「最高ー!」


 朔が「みんなはどう?」と客に聞くと、「最高ー!」と返ってくる。


「さて、次は俺と咲樹と香月の三人で演奏します。父さん、あ、あれがうちの父です。父さん、あの曲だからね、ちゃんと聴いててね!」


 朔と咲樹、香月も一緒に客の後ろの方にいるお父さんに手を振る。思い出の曲なんだろうか。

 朔のお父さんは皆に注目されて頭を下げて恐縮していた。さすが二人のお父さんはイケオジだ。


『Don't Stop the Clocks』は朔の声が甘く響く。朔は少し微笑んで、ステージの近くにいる生徒に手を振っていた。


「後半のステージ、折り返し地点に来てしまいました。次の曲は、みんなが何か思うところがあると思います。歌詞にも注目してください。」


『白日』。後悔と希望が、世界観のある歌詞とメロデイーで表現されていて、かなりのハイトーンを朔はしっかりと歌い上げている。

 蓮の低いパートも心地よく絡み、それぞれの楽器の音もバランスがよい。

 また、朔たちのお父さんたちが泣いていた。


『小さな惑星』は、軽快なギターサウンドと、朔のボーカルに咲樹のコーラスがバッチリはまっている。サビはすごく爽やかなメロディーで、盛り上がった。


『ロウラブ』はKing Gnuの初期の楽曲で、どこかレトロな雰囲気を醸し出すメロディー。朔の切ない表情が心を惹き込む。


「次の曲『ユーモア』は、King Gnu祭の楽曲のなかで、俺が一番好きな曲です。」


 朔は好きなだけあって、歌うのに余裕がある。少しステップを踏みながら、客の顔を一人ずつ確認しながら歌っていた。


 次の『It's a small world』はヴァイオリンの音も入るため、香月とベースを交代し、仲間に加わった。朔は体を揺らしながら歌う。


『飛行艇』は、咲樹のエレキギターと楓の力強いドラムが圧巻だ。蓮が歌うパートも多く、朔と見つめ合いながら歌った。

 ブリッジのところで声が重なるところは、音の強弱もしっかり表現されていて素晴らしかった。


「もう、残り二曲となりました。楽しんでいきましょう!」


『sorrows』では蓮が軽快なエレキギターを披露する。咲樹が一生懸命教えていた。ちゃんと弾けたときの二人のハイタッチを思い出す。

「いよいよ最後の曲です。俺たちと言えばこの曲!」


『Teenager Forever』。朔と咲樹がアイコンタクトをとり、演奏が始まる。朔は飛び跳ねて歌う。みんないい笑顔だ。

 楓と咲樹は、文化祭最後の曲になるのか、と思うと少し寂しい。


 午後の部の演奏がすべて終わり、メンバーみんなでセンターに立つ。


「ありがとうございました!Glitter Youthでした!」

 メンバーみんなで手を繋いで、高くあげる。

 ステージから下りてくると、みんなでハグしあっている。


「先生!King Gnu祭、楽しかった。ありがとうございました!」

 俺もみんなにハグをされて、泣いてしまった。


 アンコールが鳴り止まない。時間はあと、十分あったため、朔たちがステージに戻る。

「ありがとう!アンコールなんて初めてで緊張するなー。どの曲の演奏をお望み?。」


 客に聞くと、前半に朔がパフォーマンスした曲を言う人が多い。


「ごめん。今、King Gnuモードだから。あ、ここで演奏してない曲、あったね。それでいこっか。」


 朔がメンバーに確認して、『どろん』を披露した。

 曲が終わると歓声が上がり、また教頭が写真を撮る。みんなのいい思い出になった。


「すっごく楽しかった!軽音部、入って良かったです!あと、悔しいけど蓮もかっこよかった。」

 みくの言葉に蓮が照れる。その様子を朔がいじっていた。


「じゃ、焼き肉は六時に校門集合だからな!片付けよろしく!」

 はーい、と片付けに入る。


 蓮もすっかり人気になったし、みんなのチームワークも良い。

 楓と咲樹が一緒に活動できなくなっても、この雰囲気は存続させたいと強く思った。

 

 見回りをしていると、正門の横から朔の方をじっと見つめている男子がいるのに気付き声をかけた。


「君、うちの生徒じゃないよね。外部の方の参加時間は終わってるから、ご退場願います。あ、もしかして、朔の知り合い?用事があるの?」


 背が高くて爽やかな雰囲気だけど、少し影がある感じがする。


「いえ、すみません。知り合いで、少しだけでも話が出来ればな、と思っただけです。また本人に連絡するので大丈夫です。失礼します。」


 もしかして、この子が朔の恋人・・・?

 いや、違うかもしれないし下手なことは言わないでおこう。でも絶対この子が『ユズ』くんだと思う。


 たしか、誕生日に別れるって言ってたよな。さっき感じた影が引っ掛かる。

 離れがたいがために、無茶しなきゃいいけど。

 出来るだけ気を付けて見守っていかないとな。

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