34. 情熱大陸

 迎えた文化祭。今年のトークは朔と蓮のコンビになった。


「こんにちは。軽音楽部でバンド活動をしているGlitter Youthです。よろしくお願いします!」


 朔の挨拶から始まる。すっかり手慣れた感じだ。


「今年は、去年よりパワーアップしまして、午前と午後で十五曲ずつ演奏させていただきます。新しいことにも挑戦していますので、是非、楽しんでいただければ嬉しいです。

 では、自己紹介から。僕からですね。ボーカルとピアノ担当の朔です。今日は新しいジャンルにも挑戦しますので、ご声援の程、よろしくお願いします!」


 朔がみんなの顔を見てピースをすると女の子の「キャー」が沸き起こる。


「次は蓮!」

「はい!新メンバーの蓮です。ギターを弾きたくて入部したら、ボーカルもやることになり、頑張って練習しました。よろしくお願いします。」


 蓮はあまり知名度がないのか、拍手がまばらだった。蓮が咲樹を見つめたので、咲樹が挨拶する。


「ギターの咲樹です。この前は怪我をしてしまい、皆さんにはほんとに温かいご心配の声をたくさんいただきました。ありがとうございます。お陰様ですっかり元気です!よろしくお願いします!」


 咲樹は女の子のファンが多いみたいだった。咲樹は照れた表情で香月を見つめ、香月は嬉しそうに挨拶する。


「ベースとヴァイオリンの香月です。よろしくお願いします。」


 内容は淡白だ。香月のファン層は満遍なくといった感じかな。香月はみくに視線を送る。


「新メンバーのみくです。ドラムと、シンセサイザーを担当しています。よろしくお願いします。」


 スーサイドスクワッドのハーレイクインっぽいツインテールで、小悪魔感漂うロックな出で立ちに、みくちゃーん!と男の子の声が響く。そこへ、楓のドラムが轟いた。


「ドラムの楓です。今年で最後の文化祭なので思いっきりいくぜ!付いてこい、野郎ども!」


 うぉー、と男子の低い声が響く。去年と同じだ。


「そして、今年も無理難題を突きつけて俺たちを成長させてくれる、超スーパープロデューサーの甲斐先生です!」


 マイクがこちらに来る。ここは教師らしく喋っておこう。


「今年は、前半は新しいことにチャレンジすることを積極的に考えたセットリストで、後半は私の自己満足のためのセットリストになっています。去年よりもさらに皆さんを惹き付けるエンターテイメントを披露出来ると確信しています!

 ぜひ、午前も午後も観ていただけると嬉しいです。よろしくお願いします!」


 去年は保護者からの拍手が多かったが、今年は生徒からの拍手も多く感じた。軽音楽部が出来てから、生徒との距離も近くなり、最近は教師という仕事を楽しんいる気がする。


「実は、僕らが着ているこのオリジナルTシャツですが、ロゴは香月のお姉さんがデザインしてくれました!あかりさんありがとう!」


 朔は観覧に来ていた香月のお姉さんに手を振る。お姉さんは笑顔で振り返してくれていた。


「あと、このTシャツを作ってくれたのは手芸部のみなさんで、形とか着こなしとかを指導してくれたのは卒業生の由紀乃さんです!みんなありがとう!どぉ、いいでしょ?」


 客席に話しかけてコミュニケーションをとっている。朔はトークもうまい。

 ちなみに着こなしは、朔がTシャツの丈が少し長めで細身のダメージジーンズと合わせて細いシルエットを強調していて、蓮は普通のシルエットのTシャツにロールアップしたジーパンを合わせている。

 咲樹は普通のシルエットのTシャツとロングスカート、香月は普通のシルエットのTシャツをジーパンにINしてサスペンダーをして帽子を被っている。

 楓はTシャツではなくタンクトップに仕上げてもらい、ハーフパンツと合わせ、みくはビッグシルエットのTシャツに短パンがすれすれ見える感じになっている。Tシャツの色は全員黒で統一されているが、ロゴの入れ方を変えているようだ。


「蓮は、何で喋らないの?」

「いえ、これからです。」


 蓮はまだ緊張しているらしく、まだ喋らない。


「では、曲に移ります。この曲はなんで歌うんだった?」

 蓮にトークを振る。


「え!言って良いんですか?朔くんのゲイ疑惑を払拭するためです!朔くんは、女の子が好きです!」


「違う違う。女の子『も』好きだからね。皆大好き!ゲイじゃないし、チャラ男でもないから。あ、あとおネエも違うから。」


 笑いが起こる中、イントロに入りノーダウトを演奏する。歌にはいると、やはり聴いてる人たちを惹き込む力があった。客は去年より五割増しといったところか。演奏が終わり、トークに移る。


「これで、噂は消えましたね。」

「そんなに簡単じゃないでしよ。まぁ、噂は噂だからね。そういうのに惑わされず、ちゃんと俺のこと見てほしいな。」


 朔が客席に向かって言うと、「朔くーん!ちゃんと見てるよ!」と声が飛ぶ。

 朔がその声の方に向かってニコッと笑い、「ありがと!」と返事をすると、『きゃー』ではなく『ぎゃー』という黄色い声がこだました。朔はアイドル性高いな。


 曲は新宝島(サカナクション)、空も飛べるはず(スピッツ)へと続いた。スピッツはやはり保護者から喜ばれた。


 ここでボーカルは休憩タイムだ。ヴァイオリンを準備して香月がトークに挑む。


「あ、ヴァイオリニストの香月です。」

 トーンが低い。普段と変わらずマイペースな香月に、メンバーが笑う。


「実は今年、とあるヴァイオリンのコンクールで優勝したんですが、先生がそれをとっても喜んでくれました。それで皆さんの前でも弾くように指令が出たので、バンドで演奏出来て、皆さんが知っている盛り上がる曲を選曲しました。聴いてください。」


 蓮のアコギからイントロにはいる。続いて朔のピアノ、楓のドラム。ヴァイオリンのパートが始まると、みんな食い入るように聴いている。曲目は情熱大陸だ。力強くて色っぽい音色だった。香月の成長が音に現れていて、感動した。途中で咲樹のエレキの間奏がはいる。視線が絡む二人は映画のようだった。


「ヤバイっすね。香月くん、ほんとにかっこいいです!」

 蓮が興奮している。


「だから、惚れちゃうよね。」

「そういうこと言うからゲイとか言われるんですよ!」

 蓮のトークもだんだんと解れてきた。


「もうさ、思いたい人は思っときゃいいじゃん。でも、香月には二人の世界の人がいるから。リアルミュージ・・・」

 咲樹が顔を赤らめて朔を叩く。


「朔。それ以上言ったらもうオムライス作ってあげないからな。」

 香月の発言に女子が色めき立つ。香月が作るオムライス。料理男子だったのか。


「さて、次は校長先生のリクエスト曲で、甲斐先生が歌います!少年時代。」


 蓮がいいところでトークを挟んだ。咲樹のアコギのみで歌う。校長とPTAの人に受けてて良かった。


「癒されましたね。先生は昔、バンドを組んでたそうで、元バンド仲間の篠田さんには、咲樹が入院中にお世話になりました!あ、見に来てくれてる!ありがとうございました!さて。蓮、準備はどうですか?」


 篠田は大きく手を振っていた。次は朔と蓮で、振り付きでパフォーマンスを行う。ヘッドセットをしっかり装着している。


「はい。いけます。」

「では、次の曲はヒーロー好きに楽しんでもらおうと、仮面ライダーから選曲しました。『Over"Quartzer"』」


 イントロが始まる。振りが付くのはサビの辺りだけだ。二人とも振りを間違うことなく歌えていた。曲が終わると歓声が上がった。


「ありがとうございました。皆さん、どうでしたか?蓮、かっこよかったでしょ?」

 女の子が「かっこよかったよー!」とか「蓮くーん!」と声を飛ばしてくれて、蓮は照れていた。


「次は、お待たせしました。咲樹のボーカルですね。」

 朔は咲樹にトークを任せてピアノの前で準備する。咲樹は観客の後ろの方に向かって話す。誰かを見ているようだ。


「今から演奏する曲は、朔と私が赤ちゃんだったときに子守唄として歌ってもらっていた曲です。実は、最近その事を知って、曲を聴いたらなんだか懐かしい気がしたので歌います。」


 朔の優しいピアノ伴奏が始まる。

 カーペンターズも兄妹だったな、と思いながら、観客の方に目を向けると、後ろの方に泣きながら演奏を見つめる夫婦がいた。あれはたしか、朔と咲樹の父親だ。父子家庭だと思っていたが、隣の女性はどことなく咲樹に似ていて、大体想像はついた。

 咲樹も子供が生まれたら、この歌を歌うのだろうか、とか考えながら聴きいってしまった。校長や教頭も嬉しそうだ。


「次は、バンドなのでロックな曲をやろう、ということで選曲しました。」

 Smells like teen spirit は名曲だ。ロック好きなお父さん世代は乗っている。


「次の曲は、みくがリクエストしてセットしました。不思議な歌だよね。インドなのかUKなのか。面白くてかっこいい曲なので聴いてください!Kula Shakerの『Hey Jude』。」


 この曲は歌い方も独特だ。みんな、しっかり練習したことがわかる。

「次は、教頭先生のリクエスト曲ですね。『たしかなこと。』」


 校長も教頭も、懐メロだけどいい曲を選ぶ。しっとりと歌う朔の歌声を聴いていたら、御村(由紀乃)が駆けつけてきた。


「よかった、間に合って。朔をスタイリングしに来ました。」

 朔の本気度合いがすごい。こっちも緊張してくる。


「次は香月のリクエストでセットにいれました。おしゃれな曲です。『STAY TUNE』」

 蓮がエレキギターをすべて任されている曲で、嬉しそうだ。すごく盛り上がる曲調でもないため、観客の移動が始まる。


 曲が終わると、咲樹が次の曲紹介をする。女の子達が前に出てくる。

「次の曲は女の子が楽しくなる歌です。『魔法のように』」


 朔がステージから下りてくると、御村がスタイリングに入った。なんだかプロっぽい。


「俺がもしメジャーデビューとかしたらスタイリストについて欲しいぐらい。」

「何言ってるの?指名しなさいよ。」


 今は冗談混じりだが、近い将来、現実を帯びた話になりそうな気がした。


「かわいい曲でしたし、歌っている咲樹ちゃんが可愛いです!」

 咲樹はありがとう、と言っているが、香月が少しムッとしている。蓮はそれに気がつき、次の曲へ進める。


「はい。では次の曲は、爽やかでポップな曲です。僕の一人ボーカルです、すみません。『恋』。」


 蓮も歌はうまい。朔と比べるとやはり劣ってしまうが、初期の朔とそう変わらないと思った。


 ステージ下ではスタンバイができた朔とダンス部コラボメンバーが待機している。

「なんか緊張してきた。」

 ダンス部のメンバーが呟く。

「大丈夫だよ。しっかり準備してきたし、みんなをドキドキ、キュンキュンさせるぞって思って躍って!」

 なんか、今の朔にキュンと来た。


「ありがとうございました!蓮でしたー!はい、次でいよいよ午前の部残り二曲です。朔くんを呼んでみましょう、朔くーん!」


 はーい、と言いながらダンス部と一緒にステージへあがる。


「実は今回は俺、踊りまーす!一緒に踊ってくれるダンス部のメンバーです!」

 松下たちが手を振る。ダンス部の女子も見に来ている。


「最初は先生に踊ってみろと言われて始めたんですが、すっかり魅力に取り憑かれてしまいました。俺が感じたドキドキ、キュンキュン、そしてワクワクをみんなにも伝えられるように、全力で準備してきたし、全力で表現したいと思います!曲は『SO-RE-NA』です。みんな準備はいい?じゃ、いくよ!」


 朔が合図を送り、楓のスティックを叩く音から始まる。パフォーマンスが始まったとたん、息を呑んだ。

 ダンスは完璧だった。それに加え、観客に投げる視線や表情が、計算されているかのように観るものを惹き込む。しかも声と歌は安定のうまさで、お金をとってもいいレベルだと感じた。

 御村のスタイリングの効果もあり、中性的な魅力が十二分に発揮され、ドキドキキュンキュンが止まらない。

 女子も男子も盛り上がっていて、途中の『こっちへおいで』というフレーズで手招きしながらニコッと笑うと自然に『キャー』が沸いた。隣で見ていた御村も感心している。


「朔のプロ意識は、本当に尊敬する。すべてはみんなを楽しませるためってところがすごいです。誰も置いていかないんです、彼。」


 確かにいつもの人柄を見ていてもそれは納得がいく。最後のキメポーズで曲が終わった。ほっとした笑顔でダンス部のメンバーたちとハイタッチする。次に一緒に歌う咲樹が駆け寄った。


「朔!すっごくよかった。最高!」

 咲樹が思わずハグすると、朔が背中をポンポンと叩き、また女子の悲鳴のような「キャー!」が湧く。

 ダンスを躍りながら歌ったのに全然息があがっていない。朔はヘッドセットを外してマイクに持ちかえる。


「ありがとうございました!ダンス部のメンバーもありがと。あ、君、手振ってくれてありがと。」


 前列にいた生徒に声をかける。たしか、朔が付き合ってるという例の男も来ているはずだ。咲樹が「あっ!」と言って手を振った人がそうかな。ちょっと気になる。


「次は、咲樹とデュエットです。これは俺がリクエストしました。」

 朔は咲樹の方に向き直る。


「咲樹とは、母さんのお腹の中から一緒にいて、家でも学校でもずっと一緒で。高校は途中まで志望校が違ったけど、俺が一緒の高校行きたいって言ったら勉強教えてくれて。バンドだって俺が誘ったら始めてくれて、ほんとによく飽きずに付き合ってくれたなって思ってます。最高の妹で親友で家族です。

 あと、この前咲樹が死にかけたとき、ほんとに生きてる心地がしませんでした。これからも大事な存在であることは変わり無いし、仲良くしてね。

 そして俺も咲樹も、将来やりたいことが具体的になってきたから、高校卒業すると今までみたいにずっと一緒にいられないし、咲樹は受験対策のために、来年の文化祭にはバンドメンバーとして出演出来ないだろうから、私事で恐縮ですが、思い出にデュエットさせてください。午前の部、最後の曲です。『目抜き通り』」


 拍手が起こる。咲樹は頷きながら優しく朔を見つめる。歌い出しの合図を送りあっている。曲が始まると、双子の二人の声もバッチリ乗ってて、アップ・テンポな曲に観客もノリノリだった。曲がもう少しで終わるところで朔が咲樹の手を繋ぎ、二人で微笑み合う。曲が終わって繋いでいる手を上にあげた。


「どうもありがとうございました!Glitter Youthでした!午後も見に来てね!」

 去年と同じく教頭先生がステージを上がり、記念撮影を行う。


 メンバーが手を振って下りてくる。

「あー、午後もあるとか凄いわ。Tシャツ変えよう。あっつ。」


 今日は直射日光がないので、そんなに暑くないが、朔は汗だくだった。


「朔、今年も最高!俺のいじり以外は。」

「私たち、一生双子は双子だからね。」


 朔はみんなに声をかけられて汗を拭きながら喋っていると、女の子達に一緒に写真を撮ってと言われた。断るのかな、と思ったら快く応じていた。ポーズも女子受けする可愛いのをチョイスして、流石だなと思う。


「先生!今日も焼き肉ね。」

 朔のパフォーマンスに正当な料金を払うと思えば安いものだ。


「わかった。午後もよろしくな。」

 午後の部を一番楽しみにして、一旦職員室へと戻るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る