33. SO-RE-NA

 先生に踊れと無茶振りされたその日、俺は衝撃の出会いをした。

 とりあえず行ってこいと言われ、訪れたダンス部。男子部員六人とコラボする方向で決まっている。

 三十人程の部員がいるダンス部は女子部員が圧倒的に多く、肩身が狭いらしい。

 ダンス部が使っている中庭の片隅で男子メンバーで集まり、このチームは同じクラスの松下がリーダーをやってくれて心強い。

 ダンスのことは本当に初心者なので、色々と教えてもらいたい。

 松下はダンス経験が長いらしく、色々と指示されて基本的なステップがどの程度出来るか見られ、体幹はしっかりしてるからわりと難しいのも出来るんじゃない?ということになり、国やジャンルを問わず、いろんなアーティストのダンス動画を見せられるが、なんか決め手に欠けていた。


「もう他っていったら、海外とか?三浦大知?AAA?あ、AAAの人たちってソロ活動もしてたよね。Shuta Sueyoshiとかどうかな。難しいかな。」


 早速動画を検索し、まずは一番上に出てきたMV『SO-RE-NA』を見る。

 すると、グイグイ引き込まれた。

 かっこいいと可愛いが混ざってるけど全体的にかっこいい。歌声がいい。

 俺もこういう魅せ方をしてみたい。


「俺、これやりたい。」


 え!?と松下。


「このアーティストはほんとに基礎ができてる人だから難なく踊ってるけど、大丈夫?」


 そう言うと思っていたよ。

 でも、俺は俺のやりたいと思ったことを全力でやりたい。

 やるって決めたんだ。


「うん。超超超超超超大変なのは分かってるんだけど、どうしてもこれをやりたい。やるからには完璧を目指すから、協力してくれないでしょうか。」


 深く頭を下げると「わかった。俺たちも全力でやるよ!」と言ってくれた。


 暇があれば動画を見てステップと手の振りを覚える日が続いた。

 ユズからは相変わらず夜に電話が掛かってくるけど、応答せずに『今、ダンスの練習が忙しいから。受験勉強しといて。』と、あえて素っ気ないメッセージを返した。


 

 我ながら、情熱とは素晴らしい。

 一週間でだいたい通しで踊れるくらいには覚えた。あとは止めとか、ターンとか、手や足や頭の細かい向きとか表情とか視線をしっかり魅せれるものにしていく。

 昼休みも密かに松下に付き合ってもらい、猛特訓を続けた。

 松下は最初こそ期待していない感じだったけど、形になってくると「今のとこ、目線は下!」とか、細かく指導してくれた。


「お前の根性には驚かされたよ。一緒に踊る俺らも負けないようにしないと。」


 他には何歌うの?と言われ、決まっているセットリストを出すと、仮面ライダーの主題歌だから選んだ『Over"Quartzer"』もShuta Sueyoshiが歌っていてフリがあると言われたので、一緒に歌う蓮と、練習をすることにした。


 やればやるほどに完璧を目指したくなる。みんなに楽しんでもらいたい、ドキドキ、キュンキュンさせたいという欲求が止まらない。

 まずは甲斐先生に相談する。


「それはお前、良いことだぞ。思いっきりやれ!校則とかあるけど、お前ならうまいことやれるだろ。」


 先生はいつも応援してくれるし、信頼してくれている。


「せっかくだから、かっこよくやりたいんです。オリジナルTシャツとか作ってもいいですか?出来ればメンバー毎にシルエットを変えたりしたいんですけど。

 フェスでそういうのやってるバンドがいて、格好いいなって思っていて・・・。」


 星さんがデザインしてくれた原画を見せる。先生は「お!」と言って真剣に考えてくれた。


「予算があるからな。それに抑えられればやってもいいけど。見積りとかとってみろ。俺の名前使ってもいいから。」 


 弾みながら音楽室に戻る。あとはあの人に相談だ。



 次の日。楓くんと由紀乃さんとカフェで待ち合わせをした。


「朔から相談なんて、珍しいじゃん。」


 由紀乃さんは髪の毛も染めて、お洒落になっている。


「実は由紀乃さんに、オリジナルTシャツのデザインについてと、俺のセルフ・プロデュースについて相談があって。」


 すごく興味があるらしく、ぐいぐい来た。

 Tシャツのデザインは結構早く決まった。

 とても的確なアドバイスで、どういうシルエットならそれぞれの個性が活かせるか、というのをよく考えている。

 Tシャツだけじゃなくて、下に何を合わせるのかまで決まった。


「で、セルフ・プロデュースってなに?」


 文化祭で踊ることになったことから、shutaとの衝撃の出会いと憧れについて熱く語る。

 由紀乃さんは「あ、このアーティスト知ってる。かっこいいよね。」と言って俺の顔をじっと見る。


「寄せる必要はないと思うけど。朔はそのままでもジェンダーレスな感じだし、カリスマ的オーラがあるよね。肌の色は白いし細身だし、かといって筋肉が無い訳じゃないし。髪型とメイクで雰囲気出るんじゃないかな。」


 ほんと?と言って喜ぶと忠告される。


「プロは普段から気を使ってるの。スキンケア、日焼け対策、しっかりやらないとダメよ。特に唇は大事だから、普段からリップで保湿して、唇用のパックもたまにやって。」


 え・・・。楓くんを見る。


「お前、もう女子じゃん。」

「何言ってるの?茶化さないで。プロのアーティストさんたちってちゃんとメンテして、魅せる努力をしてるんだから!楓もやる?」


 いや、俺は無理。と言いながら俺を見る。


「次はおねえ疑惑かな。」

 楓くんの言葉に闘志がみなぎる。


「そんなこと言えないくらい、美しくかっこよくなってやんよ!」

 由紀乃さんは拍手をする。


「きゃー!楽しくなってきた!今度髪の毛切りにいくから伸ばしといて。」


 由紀乃さん最高。お姉ちゃんに欲しいな。


 

 由紀乃さんに教えてもらったスキンケアグッズなどを買い、家に帰る。まだ勤務が始まっていない百香さんがご飯を作っていた。


「おかえりなさい。」

「・・・ただいま。」


 それだけの挨拶なのに、回を重ねる度に心が近づいている気がする。

 咲樹に、Tシャツのことを伝えようと部屋をノックして入る。状況を説明すると、難しい顔をした。


「多分これ、予算に収まらないよ。」

「え!Tシャツって安く売ってるじゃん?」

「オリジナルで形も色々だから高いよ。ほら、オリジナルTシャツの販売サイト。」


 表示されたスマホの画面を見ると、同じ形のTシャツは一枚二千円くらいで作れることが分かった。

 でも、丈の長さを変えたり、袖の長さを変えたりするとオーダーになってしまう。

 思案していると咲樹が何か閃いて電話をかける。


「あ、椿?今いい?ちょっと困ってることがあって・・・。」


 えー、藤原さんに頼むの?と思ったが、彼女の裁縫の腕は確かだ。

 電話が終わるのを待ちながら、咲樹の部屋を見渡すと、鏡の前にスキンケアグッズを見つけた。今まで意識してなかったけど、ちゃんと女の子やってるんだな。


「手芸部で手伝ってくれるって!良かったね。打ち合わせは私も一緒にいくから。」


 やっぱり一人だと気まずいので、ほっとした。

 そして、今日買ってきたスキンケアグッズを見せて、使い方を教わる。


「朔とこういう話する日が来るとは・・・。最近すごく溌剌としてるし、私は応援するよ。あと、竹下先輩とのことはなんとかなりそうなの?」


 咲樹は昔から、良いと思ったことは応援してくれる。


「うん。恋愛に溺れたくない。自分らしく生きたいなって思ったから。」


「かっこいい!スキンケアは私も朔に負けないようにケアしよう!姉妹風写真撮ろうね。あと、あのダンスかっこいいよ。バチッと決まったら、お客さんも喜んでくれると思う!」


 咲樹と双子で良かった。スキンケアを教わりながら、文化祭への想いを馳せるのだった。



 夏休みが明けてしまった。

 早速、衣装を作ってもらうため、手芸部の部室である家庭科室へ向かう。

 なんか緊張する。


 家庭科室の中に入ると、藤原さんと先輩と思われる男子部員がいた。


「あ、こちらは部長の吉川さん。部員は二人しかいなくて。」


 咲樹が驚いて、頼んで大丈夫なのか確認する。


「藤原さんから話を聞いて、是非やらせて欲しい。こんな面白そうなこと、高校でできると思ってなかったから。」


 部長が乗り気で良かった。部長は俺の顔をじっと見る。


「君、校内で大人気の朔くんだよね。女の子みたいな顔してるね。」


 距離が近いんだけど。部長さんには全身もじっと見られた。


「佐倉くん、なんか肌がきれいになった?」


 藤原さんもすごい見てくる。あ、ごめんと言って離れた。


「実は今度、朔はダンスにも挑戦するんだけど、その曲のアーティストに憧れて一念発起したらしくて。みんなをドキドキキュンキュンさせるんだって、見た目も仕上げるために頑張ってるんだよ。私と一緒に化粧水つけたりとか、ね!」


「すごいわね!そうやってエンターテイメントを突き詰めてる姿、かっこいいよ。私も、応援してるから。」


 この前、不穏な空気のまま帰ってしまったので、どんな風に会えばいいのかと思っていたけど、前のような空気は感じなかった。

 むしろ笑顔の藤原さんは前よりも柔らかい雰囲気で、益々惹かれてしまう。

 付き合っている人がいるのに、別に好きな人が出来るって、俺は浮気者だな・・・。


 

 音楽室を締め切り、生演奏で松下たちとダンスを通しで踊ってみる。

 甲斐先生がヘッドセットを準備してくれた。

 踊ったあと、確認用に撮っていた動画を見て、みんなでハイタッチをする。


「スッゴい楽しい。声かけてくれてほんとに良かったよ。」


 松下と握手する。他のダンスメンバーも充実した顔をしている。バンドメンバーも同じだった。みくのシンセサイザーもバッチリだった。


「朔くん、ほんとにかっこいいよ!チャラくても良いと思った。」

「は?俺チャラくないからね。人を見た目で判断するんじゃない。」

「ハグしてって言われたらするでしょ?」


 「されたいの?しょうがないなー。」と言ってみくにハグをすると「それがチャラいんだって!」と殴られた。

 メンバーは笑いながら見守ってくれていて、その空気が心地いい。


 文化祭で披露する曲はこれだけではない。

 特に前から準備しているとはいえ、King Gnuの楽曲は難しい。全てを全力で、と気を引き締めた。


 

 文化祭の前日、いつものようにかかってきたユズからの電話に出た。


「あ、今日は出てくれた。」

「電話くれてたのに、いつもメッセージで返してごめん。なに?」


「ううん。声聞きたかっただけ。」

 こういうところが、あざとい。


「あっそ。明日、文化祭来れる?」

「当然行くよ。尚も誘ったら、朔から電話で連絡があったって言ってて、尚には連絡する暇あるのかって嫉妬しちゃった。」


 前情報もなく、ユズから尚を誘ったら不自然かな、と思って配慮しただけだ。万が一、ユズが俺と付き合ってるなんて南校でバレたら、ユズは平穏な高校生活を送ることが出来なくなってしまう。


「嫉妬なんてする必要はないよ。明日、かなり気合いいれてるからさ。楽しみにしておいてね。皆に楽しんでもらえるようなステージを考えて、準備してきた。ユズが応援してくれてると思うともっと頑張れる気がするから。」


「分かった。ちゃんと応援してる。頑張ってね。」


 文化祭が終わったら、お別れに向けて準備していこう。

 そのためにも、絶対に文化祭は完全燃焼しよう。

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