プレイリストⅡ
31. 女の子は誰でも
夏フェスは留守番になってしまったけれど、お陰で香月が出演するコンサートを見に行く事になった。
コンサートの後はデートをする約束をしていて、ワクワクする気持ちが自然に鼻唄になって溢れる。
服装も、朔と一緒に選んで買った、女の子らしいからだの線が出るレトロな感じのワンピースでおめかししてみた。
由紀乃さんに習ったメイクもいい感じに出来て、気分が高揚する。
椎名林檎の『女の子は誰でも』からプレイリストをスタートさせ、意気揚々とコンサート会場へ向かった。
フルオーケストラのクラシックをじっくり聴くのは初めてで緊張する。
香月に好きなヴァイオリニストを訊ねると、クイケン(?)と言っていて、知らない世界で活躍する彼が眩しく感じた。
演奏が始まり、ステージの上に香月の姿を発見する。目が離せない。
全体もかっこいいけど、ヴァイオリンの弦を押さえる指とか、弓を弾く右手とか、音を聴く表情とかが何だかセクシーでドキドキしている自分が恥ずかしくなった。
クラシックのダイナミックな演奏にも圧倒され、音のハーモニーに感動した。
強弱や止めは、バンドでも丁寧に表現するとかっこいいな。
演奏が終わると、客席の私に気付いた香月がニコッと笑ってくれて、キュンとする。
アイドルにときめく女の子って、こんな感じかな。
ロビーで、帰りの支度をして出てくる香月を待つ。
控え室の方から一緒に出演していた男の人と出てきた。
私の姿を見つけて手を振ってくれる。
私も振り返すと、隣にいる男の人が「なに、彼女?」と肘で香月を突っついている。
「はい、恋人です。このあとデートなので失礼します。」
特に照れることもせず、その男の人に挨拶をしてこっちに来る。
そのやり取りを見ていたらこっちが照れてしまった。
「おまたせ!今日の咲樹、ちょっと雰囲気違うね。可愛い。」
初めてのデート、思い出すなぁ。
「香月も、かっこいいよ。帽子似合ってる。」
大好きな手を差し出され、しっかり繋ぐ。
一年ぶりの二回目のデートにドキドキが抑えられず、顔を直視できない。
デートと言ってもカフェでパンケーキを食べて話をする、という大して普段と変わらない光景なのだが、『デート』としておめかしして過ごすだけでいつもとは気持ちが全然違った。
さっきの演奏の感想をたくさん話してしまって、香月は私の話を面白そうに聞いてくれている。
「オーケストラの演奏って、迫力が違うね!香月のヴァイオリンの音も、どれが香月の音なのかなんとなく分かる気がしたよ。」
「本当に?音を聞き分けられるなんて凄いよ。はっきり分かるようになるくらい、たくさん聴いて欲しいな。
あと、こうして、本当に二人っきりで過ごすの久し振りだね。いつも誰かがいるから。朔を気にせずイチャイチャできる。」
イチャイチャというワードにドキッとする。香月にとって、どれがイチャイチャに入るのかな。
私のパンケーキを見て、そっちも美味しそうだね、と言うので一口分をフォークに乗せて「はい。」と差し出すと、「え!」と顔を赤くした。
「あ、これ俗にいう「あーん」だね。よく朔にやってるから気がつかず・・・。」
手を引っ込めようとすると、フォークを持っている手を掴まれて、パクッとパンケーキがなくなった。
「朔にやってるの?なにそれ、妬ける。」
香月が照れて朔にヤキモチを妬くなんて可愛い。
「私も朔にはたくさんヤキモチ妬いてるよ。泊まりに行ったりしていいな、とか、いつも一緒にいるし、秘密を共有したりとか。」
穏やかに笑いながらも、女の子を泊まりに呼ぶのはなー、とか、一緒にいるのはクラスが一緒だからだし、とか、秘密は朔が破天荒だから、と悩んでしまった。
しばらくして、「あ。」と何かをひらめき、「今からうちに来ない?」と誘われた。
香月の家に来るのは二回目だけど、やっぱり緊張する。
「今日、お母さんは仕事でねーちゃんは友達に駆り出されてていないんだ。」
二人きりの状況に少し緊張する。
香月に「こっち。」と誘導され、客間を通り越して仏間に案内された。
「お父さんの仏壇なんだ。咲樹のこと、紹介しておこうと思って。朔はまだ紹介してない。忘れてた。」
お線香に火をつけて、手を合わせる。
『香月くんと仲良くさせてもらってます、佐倉咲樹です。よろしくお願いします。どうか見守っていてください。』
遺影の写真は、香月と同じ優しい眼差しをしていた。四十歳ぐらいだろうか。
「俺、はっきり言ってお父さんの記憶はあまりないんだけど、優しかったのだけはなんとなく覚えてる。」
ご挨拶させてくれてありがとう、と言って、お仏壇にもう一度お辞儀をして仏間を後にした。
次は香月の部屋に案内される。初めて入った部屋は、シンプルにまとめられていて『香月の部屋』って感じがした。
「香月の匂いがするね。」
何も考えずに感想を言ったら香月が照れた。
「俺の部屋に咲樹がいるなんて、尊い。」
何言ってるの?と笑いながら部屋を見渡すと、誕生日にあげたムーンライトがベッドサイドに飾ってあった。ニヤニヤしてしまう。
そのあと、香月のベッドに腰掛け、香月はヴァイオリンを弾いてくれた。早弾きも良いけどゆっくりの曲も、弦の振動が身体中に響く感じがしてよかった。
楽器をしまって香月が隣に座る。我慢できずに私から手を触ってしまう。
「あの、さ。キス、してもいい?」
自粛するように言ったのを気にしているらしく、許可を求められた。
頷くと、優しく唇が触れる。
徐々に熱を帯びてきて、止まらなくなっちゃう、と理性が警告する。
体を離そうとすると、ベッドに押し倒され、腕を押さえられ、そのままキスが続いてどんどん深くなる。
もうこのまま続きもしてもいいのでは、と、ダメダメ煩悩に負けるな、の相反する感情が渦巻く。
夢中でキスに応じていると、急に唇が離れて顔をじっと見つめられた。
ぎゅっと抱き締めてきて切ない声が漏れる。
「あ"ー、もぅ、ごめん。止めれなかった!
自分が部屋に呼んだからいけないんだけど、こんな状況、正直拷問に等しい。」
私も抱き締め返す。お互いの心臓の音が部屋中に響く程に高鳴っているのが分かった。
「私も。落ち着くまでこのままでいさせて。」
香月は腕枕をして髪を撫でてくれた。時間が止まればいいのに。
「その服、可愛いけど、俺とデートの時以外は着てほしくない。」
なんで?と言って顔を覗き混む。起き上がって、両肩を掴まれる。
「そんなに胸元が見えたら他の男がイヤらしい目で見るだろ!」
え、そんなに開いてないよ、と言いながら胸を触ると、顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。溜め息が聞こえる。
「そういえば、由紀乃さんって、見た目で胸の大きさ分かるんだよ。すごくない?」
もぅ、すごくない!と怒るように言って部屋を出ていってしまう。
取り残されて寂しくなり、香月のベッドに横になって匂いを嗅いだ。
添い寝とかしてみたい。こんなにも香月の存在を求めている。そして求められたいという欲求にも気付く。
長期戦なんだから!と、頬を叩き、立ち上がって窓の外を眺めた。
香月が部屋に戻ってきて、夜ご飯をどうするか相談すると、星さんも夜ご飯には帰ってくるとのことで、何か作ることにした。
キッチンに行って、食材を確認し、キノコとベーコンのクリームパスタで意見がまとまり調理にかかる。
私はパスタ担当、香月はサラダ担当で作り始める。「茹で加減どうかな?」と言って麺を香月の口に入れたところで、星さんが帰ってきた。
「ただいまー。いい匂い!あ、咲樹ちゃん!いらっしゃい。今日は一段と可愛らしい!」
一緒にご飯を作っている香月に、無言で威圧的な視線を送る。なんだよ、と香月が言う。
「あんたのそのデレてる顔がムカつく。」
星さんは一旦部屋に向かい、その姿を見送ると香月がじっと見てくる。
「しょうがないじゃん、可愛くて仕方が無いんだから。そりゃデレるだろ。いいお嫁さんになりそう。」
香月が家で素麺を作ってくれたときを思い出す。
「・・・、言わせたいの?」
ニコニコしながら、「うん。」と言う。でもちょっと恥ずかしくて、「ちょっと耳貸して。」と言って屈んでもらうと、耳元で小さい声で伝える。
「香月が結婚してくれないと、お嫁さんにはなれない。」
恥ずかしくて顔が赤くなる。ほんとにバカップルじゃん・・・。
キノコとベーコンをバターで炒めて、さらに小麦粉も一緒に炒める。塩コショウをして牛乳を入れ、茹で上がったパスタを混ぜてクリームパスタが完成した。
料理に集中したら平常心を取り戻せた。
星さんと三人で食卓を囲む。美味しいと言って食べてくれた。
「香月が結婚したら、咲樹ちゃんの料理、いつも食べれるのかな。」
「え、何その発想。ねーちゃんは結婚して出ていかないの?」
っていうか、何この会話。話が飛躍している。
「私、ゆくゆくはお母さんの仕事を継ごうと思ってるし。結婚するなら婿とるかなー。お父さんみたいに。」
星さんの発言に香月は驚く。
「まだ先の話だし、今から議論することじゃないよね。」
私が冷静な意見を言うと、そうだよね、と言って笑いが起きた。
二十時を過ぎ、そろそろ家に帰ることにした。星さんが車で送ってくれることになり、香月は玄関まで見送ってくれた。
「咲樹ちゃん、香月のことよろしくね。あいつ、基本的にはいいやつだから、可愛い弟なの。変態なとこあるけど。」
笑いながら、「はい。こちらこそよろしくお願いします。」とお辞儀をする。
「咲樹ちゃんと一緒にいると、すっごい幸せそうなの。お母さんと一緒にいたときのお父さんにそっくり。
この前、咲樹ちゃんのお父さんが、お父さんの代わりにって言ってくれてるの見て、ジーンとしちゃった。
あの子には父親の記憶なんてそんなに無いだろうから。」
星さんは香月のことを大事に思ってるんだな、と改めて感じる。
星さんに恋人はいないのか聞いてみると、今はいないとのことだった。婿に来ても良いって言ってくれるぐらい惚れてくれる人をゲットするわ、とおどけながら決意表明をする。
そんな星さんを、将来お姉さんになるのかな、と考えながら見つめた。
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