30. ノーダウト
咲樹と香月のいない夏フェス。
今年も俺は助手席で甲斐先生の話を聞いている。
先生に進路の話をされ、芸大の声楽科に進みたいと思っていることを伝えた。
「そうか。じゃあ、試験対策とかもやっていかないとな。」
受験対策にも先生は付き合ってくれるらしい。とても心強い。
咲樹と香月が来れなくて残念だなーという話をしていると、後部座席から喧嘩する声が響いた。
「ちょっと!私が買ったジュース飲まないでよ!」
みくが蓮に怒っていて、蓮は「こっちあげるから。」と特に悪びれることなく対応している。
まったく、ガキかよ。
「何喧嘩してんだよ。ほら、みく!菓子やるから。」
じゃがりこを渡しながらなだめる。
「朔くんは優しいしかっこいいし、あんたと大違い!」
なんだかんだ言って仲良いじゃん。
案外こういうやつらがカップルになるんだよなー、とか思いながら二人を眺める。
「そういえば、朔は彼女とどうなったの?クリスマス動画を頑張った・・・。」
甲斐先生はその後を知らない。
「まあ、たぶん体良く断られた感じです。お嬢様だし。」
「何ですか、お嬢様だしって。俺もボンボンですけど、中身は普通の男子高校生です!」
蓮が話に割って入って来た。なんか怒っている。
「そうだけどさ。あるじゃん、家のこととか
藤原さんがごく一般家庭の娘で、すぐに付き合ってってなってたら上手く行っていたのだろうか。
そもそも、好きになるのだろうか。
「思春期は色々あるよな。いいなー、青春。みくは彼氏いないの?」
先生らしからぬ質問だな。
「この前別れました。咲樹ちゃんと香月くんを見ていると、自分の恋愛なんておままごとに思えてきて・・・。」
楓くんも話に入ってくる。
「あの二人はほんとすごいよ。純愛ってあるんだなーって、見守りたいし二人を守ってあげたくなる。」
わかるー、といって先生がキュンとする。
「香月なんて、『好き』が駄々漏れてるもんね。きっかけは何だったのかな。朔は知ってるの?」
「まあ。香月はほんとのイケメンだからね。あいつに好きになられたら惚れるよ。俺も惚れそうになるもん。」
みんなの会話に間が空く。
なに?と思っていたら蓮が口を開いた。
「言いづらいですけど。朔くん、ゲイ疑惑出てますよ。」
「え、そうなの?へぇー。」
そうなんじゃないかな、と思っていたので軽く答えると、蓮は肩透かしを食らった感じだ。
「気にしないんですか?」
みくが心配そうにしている。
「だって、一部事実だし。女の子も好きでゲイじゃないけど、俺が今恋人として付き合ってる人は男だから。」
車内に沈黙が訪れる。最初に口を開いたのは蓮だった。
「すみません、ごく普通の会話のようだったので理解するのに時間がかかってしまいました。朔くんの恋人は男性・・・。」
「あーぁ、嫌だな、この空気。だから、今の俺の恋人はひとつ年上の中学の先輩で、男だよ。来年の俺の誕生日に別れる約束してるけどね。」
甲斐先生は特に動揺することもなく、普通に話してくれる。
「何で別れるの?好き同士なんだろ?」
「まぁ。でも、この先一緒に生きていく覚悟は、はっきり言って無いです。
一番は、相手の親を悲しませたくないなっていうのが理由かな。向こうも親に打ち明ける勇気は無いみたいだし。
先生は、恋愛の先に何があると思いますか?」
「そうだなぁ。色々と条件はあると思うけど、恋が育って、愛になって、結婚して夫婦になって、子供が生まれて家族が増えて、一緒に歳を取っていく、って感じかなぁ。」
俺も、それがごく普通の恋愛だと思う。
「確かに、俺も甲斐先生と似たようなイメージです。同性だと、叶わないことが多いですね。」
蓮は客観的に意見を言ってくれた。
「それに、こうやって噂されるくらいの偏見だってある。ゲイの何が悪いの?当人が納得してるなら良くない?
学校で出ている俺のゲイ疑惑は、多分香月に抱きついたりしすぎたのが原因だと思うけどさ。そんな噂で楽しんでる奴は楽しんどけば良いじゃん。
俺はゲイって噂されても別にどうも思わないよ。それよりも、来年の誕生日が怖くて仕方がない。」
「朔くんが男と付き合ってても、何だか違和感無いよね。ジェンダーレス男子だからかな。
私も朔くんと接するときは男性でも女性でも無いような不思議な感じがする。
別れが分かってるとか、辛いね。」
みくは俺のジェンダーレスな雰囲気を気に入っているらしい。
車は去年と同じく、渋滞にはまった。楓くんが、興味津々にユズとの馴れ初めを聞いてくる。
「馴れ初めかぁ。初キスがその人だったんだ。中二の時に急にしてきて、衝撃だった。ユズは、あ、彼のことね。バスケ部の優しい先輩で普通に好きだったから、あの時は混乱したな。その時は付き合えないって返事をした。
それからユズが中学を卒業して、暫く連絡もなく平穏な日々を過ごしていたんだけど、高校に入って、たまたまバスケの試合に駆り出されることになって出場した試合の対戦相手にユズがいたんだ。
その頃、俺はチャラかったから、体育館の裏で女の子にハグしてほっぺにチュウしてるところを見られちゃって。ユズには彼女がいるって聞いてたから、挨拶程度に、俺の文化祭のバンド演奏を彼女と一緒に見にきてって言った。
文化祭ではステージの上からユズの姿が確認できたけど、彼女はいなかった。
そのちょっと後に駅で待ち伏せされて、もう一回告白された。その時は、付き合うとも付き合わないともはっきりと返事をしなかった。
長いな、これ。話すのめんどくさくなってきたんだけど。」
「お前、途中でやめるなよ。チャラかったところも気にはなるけど、そこはとりあえず置いといて、どうして恋人になったのか教えてよ。」
ぐいぐい来るな。
楓くんが三列目シートから身を乗り出しているので、蓮たちが小さくなっている。
「はいはい。俺は藤原さんのことも気になってて好きだったし、かといってユズの気持ちも無視できなくて悩んでたんだけど、好きな女の子がいるってことをユズに言ったら、意外にも応援されたんだ。でも、フラれたら俺んとこ来いって。
で、フラれて、ユズのところに行っちゃったんだよね。ユズは、俺がユズのことで悩んだり困ったりしているのは申し訳なく思ってて、地方の大学に進学して強制的に会えない状況を作るって言ってきた。
でも、好きな気持ちをこのまま放っておけないから、来年の俺の誕生日まで付き合って欲しいってもう一回告白されて、良いよってことになって今に至る。以上。」
なんか疲れた。来年の俺の誕生日まで、あと五ヶ月くらいしかないな。先生は普通に恋愛話を振ってくる。
「朔はその『ユズ』のどこが好きなの?」
「そうだなぁ。俺じゃないと、ダメなんだって。代わりはいないらしい。
あと、俺の弱い部分をよく知ってて、寄りかからせてくれる。ばあちゃんが死んだときとか、咲樹が死にそうになったときとか、心が壊れそうになったときに、傍にいて背中を擦ってくれるんだ。
でも、俺の弱いところをよく知ってるから、そこに付け入って、俺が離れないようにしているのも事実で、あいつのお陰で助かった部分もあったけど、確実に人生は思わぬ方向に進んだ。
まぁ、そういうところが好きかな。」
「ヤバイな。深すぎるー!」
楓くんが叫んで笑いが起きる。
「あのさ・・・。気持ち悪いとか、思ってる?」
少し不安になって質問すると、甲斐先生は真剣に応える。
「俺は気持ち悪いだなんて思わないよ。
同性との恋って、本当にプラトニックな世界だし、色々と超越してるよな。良い経験になると思う。
逆に、お前が男とキスしてるところとか見てみたい。相手はイケメンなの?」
甲斐先生はやっぱりぶっ飛んでるな。でも、良かった。
「ご想像にお任せします。
文化祭でOfficial髭男dismの『ノーダウト』でも歌って弁明するかな。ゲイではない、ということ。
こういうセクシャリティって何か分類あるのかな。」
「多分、パンセクシャルなんじゃないか?
恋愛に性別を問わない、全性愛者。お前らしくて良いじゃん。
性別って、今はたくさんあるよね。
アメリカのFacebookでは58種類用意されてるらしいよ。多様性の世の中だな。
『ノーダウト』はセトリに入れとく。」
微笑む先生の横顔をじっと見つめる。すごくほっとした。本当に素晴らしい先生だ。先生みたいな大人になりたいな。
フェス会場は相変わらず混んでいる。
楓くんがまたテントを張り、来れなかった由紀乃さんに持たされたという日焼け止めや虫除けをみんなにも渡していた。
今年もフェスは最高だった。めっちゃ飛び跳ねた。グッズも買ってしまった。
咲樹と香月の分も買い、テントに戻るとまた蓮とみくが喧嘩していた。どうしたんだよ、と間に入る。
「こいつがチャラいお兄さんに連れていかれそうになってたから彼氏のふりしたら怒ってきて!」
「助けてくれたのはお礼を言うけど、怒るに決まってるでしょ!ほんとにキスとか、ありえない!」
ほんとに彼氏ならキスしろと、チャラいお兄さんに言われたらしい。
なんかもう、めんどくさくなってきた。
「だったらさ、もう付き合っちゃえばいいじゃん。」
適当なことを言うなと二人から怒られる。
逃げるようにして木陰で座っていたら、ギャルっぽい綺麗なお姉さん二人に声をかけられた。
「あの、よかったら一緒に遊ばない?」
え、ナンパ!?男の性なのか、ちょっと嬉しい。
「ごめんなさい。お姉さんたちみたいなお美しい方に声をかけてもらって申し訳ないんですけど、連れもいるんで。」
えー、と言って帰ろうとしてくれない。そこへ、蓮が呼びに来る。
「あら、お友だちも可愛いじゃない。」
蓮はあんまり免疫がなく、人見知り状態だった。
「ほんとに残念です。じゃあ、思い出に。」
お姉さんたちにハグをすると、機嫌良く帰っていった。
「凄い。お土産をもらって帰っていくような雰囲気でした。」
「綺麗なお姉さんだったし、勿体なかったかな。」
「チャラいです、朔くん・・・。」
蓮は真面目そうだもんな。
どっちのお姉さんがタイプか聞くと、意外にも答えが返ってきて、どんなタイプの人が好きなのか話ながらテントに戻る。
なんと、俺と蓮のタイプが似ていて面白い。
みくがさっきのを見ていたらしく「朔くんは誰にでもハグ出来るんですか?」と真剣に訊かれた。
「まあ。ちょっと前までキスもしてた。今は大人になってしないようになったけど。」
え!とショックが顔に浮かぶ。ごめん。
フェスに戻り、演奏方法や機材の使い方なども見ながら楽しんだ。盛り上がるところは回りの人と肩を組んだりする。ハグと変わらないよね、と思う。咲樹がこれをやったら香月はヤキモチ妬くんだろうな、と思うと、男女の仲も難しい。
帰りの車は、みくが助手席で俺と蓮が後部座席、その後ろに楓くんが座った。
「楽しかったー!満足満足。」
甲斐先生が一番楽しんでいる。先生が「お前ら何か勉強になったか?」と蓮とみくに言うと、蓮が、「朔くんのナンパの交わしかたが勉強になりました!」と、みくは「キスは好きでもない人とでも出来るってことを学びました。」と言うので、先生に「お前は何を教えてるんだ?」と怒られた。
「別に俺、チャラくないからね。ちょっと欧米入ってるだけで。」
楓くんは分かってくれた。
しばらくすると楓くんとみくはドラムの機材のことで盛り上がっている。
俺と蓮も、あのバンドのあの曲のあの部分の声の出し方がよかったとか、あの部分で巻き舌にするのはかっこいいとか盛り上る。
「よかった。軽音楽部っぽい話になって。」
先生はほっとして高速を飛ばす。文化祭のセットリストも考える。みんなに楽しんでもらえるステージに出来るように、全力で挑もう。
フェスの翌日。
久し振りにユズと一緒に遊びに出掛けた。
男二人でテーマパーク。アトラクションの待ち時間に色々と話すのが楽しい。
部活のメンバーに男と付き合っていることを話したら、意外と偏見を持たれなかったことを教えてあげた。
「そうなんだ。俺も回りに打ち明けてみようかな。」
「やめときなよ。もうちょっとなんだし、リスクを負う必要ないって。」
何故か不機嫌に見つめてくる。
「何怒ってんの?」
「付き合ってることが悪いことだから隠しておけって言われてるような気がした。」
「そんなことで怒んなよ。」
ユズは俺の手を握って離さない。
男同士で手を握り合うのは偏見に晒されるから、滅多に手を繋ぐことはない。でも、今日の俺は多分、男の子っぽい女の子に見えているから、そのまま手を繋いだ。
「今日の朔は本当に中性的な見た目だな。戸籍も女性になれば、ずっと一緒にいられるのかな。」
「嫌だよ。なんでユズのために性別変えなきゃいけないんだよ。」
「そうだよな。夢見てた、ごめん。」
繋ぐ手と見つめてくる眼差しは優しい。自分も、夢を見たくなる。ずっと一緒にいたいって、思ってしまう。
「受験勉強は捗ってる?第一希望は受かりそう?」
「頑張ってるよ。でも、心のどこかで第一希望だけ落ちれば良いのに、何て思ったりして。」
第二希望と第三希望は、北海道よりだいぶ近い。
落ちたらどうするんだよ。そんなことを俺に言うってことは、大学に進学してからも会いたいってことだ。それはもう、絶対にダメだ。
ユズのお母さんも少し警戒している空気が伝わってきている。俺たちのことを打ち明けても、受け入れて貰える見込みはない。
アトラクションの順番が来て、ジェットコースターは苦手なのに乗ってしまった。
コースが終わるまで、必死にユズにしがみついた。
「超可愛い。もう一回乗る?」
「やだ。もう一回乗るくらいなら帰る。」
「ごめん、嘘だよ。」
デートは楽しい。その一時は、別れが来ることなんて忘れてしまう。だからデートが終わって家に帰ると、また別れが近づいた現実との落差に泣きそうになる。
「明日から暫く会えないかも。文化祭の準備が忙しいんだ。もし良かったら、見に来てね。」
「必ず行くよ。今年も楽しみだな。尚も誘うね。」
中学の時は尚の方が断然仲良かったのに、不思議だな。
「あと俺、エンターテイメントの道に進むことにしたんだ。だから大学は芸大とか、音大に行こうと思ってる。
まだ夢の段階だけど、もし俺がプロのミュージシャンとかになってメディアに出るようになったらチェックして欲しいし、ライブをやるようになったら、来てね。」
ユズは俺の頭を優しく撫でる。
「もちろん、応援してる。もしそうなったら、俺は一番のファンになるから。そしたら、公にずっと活動を応援できるんだな。」
この時、一筋の光が見えた気がした。別れても、ユズが応援しているって思えば乗り越えられる気がする。
もうすぐ花火が上がる時間だ。よく見えるスポットを探す。
「ねぇ見て!あの子って、男の子なのかな、女の子なのかな。」
「彼氏と一緒にいるから女の子なんじゃない?」
回りの会話が聞こえる。今日は女の子キャラでいよう。こっちの不安はお構いなしに、ユズは密着してくる。
「朔って、いい匂いするよな。何かつけてるの?」
「は?こんなところで匂い嗅ぐなって。ピローミストかな。最近、寝付きが悪いんだ。」
「いつでも泊まりに来ていいよ。添い寝してあげる。」
添い寝してもらうと確かによく寝れるけど、激しいんだよな、キスが。
ユズのお母さんが様子を気にしている感じも、後ろめたい。
「大丈夫。何とかするよ。いつまでも頼っていられないし。」
「頼られたいのに。頼ってくれないの?」
「当たり前だろ?あと半年切ったんだ。強くなるんじゃなかったの?」
花火が上がり始め、回りのカップルはハグしている。ユズも後ろから抱き締めてきた。
「急には強くなれないもん。」
甘えてくるユズに、だんだん腹が立ってくる。
「俺だってそうだよ。だから一生懸命強くなろうとしているのに、何で自分ばっかり甘えてくるんだよ!
やっぱり、無理があるんだ。ユズのことは好きだけど、どうしようもない。
誕生日なんて待たなくてもいい。別れようよ。」
二人で楽しく見るはずだった花火は、無情にも夜空を彩り散っていく。
「別れられるの?朔は、俺と離れられるの?だったら、なんでそんなに泣いてるんだよ。矛盾してる。」
ぎゅっと抱き締められると、帰ろうとしていた足がすくむ。
なんでこんなにも心の隙間に入ってくるんだろう。
「俺は、朔のことが好きでたまらないから、強くなりたい反面甘えてしまう。朔は、俺のこと好きじゃないの?」
「そんなこと、聞かなくても分かるじゃん。」
抱き締め返してしまいそうになる腕をなんとか止める。
まただ。また流される。
このままでいいのか?
俺は、ユズとこんな風になりたい訳じゃない。このままずるずるしていたら、駆け落ちしかねない。
俺は、みんなに祝福される結婚をしたいし、して欲しいと願っている。
何とか落ち着きを取り戻して体を離す。
「ごめん。別れるのは誕生日のままでいいけど、文化祭が終わるまでは会えないから。今日は楽しかった。またね。」
なんとか声を振り絞り、体を離して出口に向かおうとすると、強い力で腕を掴まれて引き戻された。
顔を引き寄せられて強引にキスされる。
それをなんとか押し返して走って帰る。
涙が止まらない。また、咲樹に心配されちゃうかな。ちゃんと笑顔を作らないと。
自販機で買った飲み物で目を冷やしながら帰った。
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