27. Sixteen Going on Seventeen

 梅雨に入り、縁側から見える裏庭に紫色の紫陽花が咲き始めた。

 日曜日の今日、朝からそわそわしている様子が姉にも分かったらしい。


「あんた、もうちょっと落ち着きなさいよ。」


 廊下をうろうろする姿が目障りのようで怒られた。朔は下宿を終えて家に帰る。咲樹が退院するのだ。


「お母さん、星さん、長い間居候させてもらって、ありがとうございました。」


 朔が母と姉に挨拶をして、笑顔を向ける。


「朔くん、いつでも遊びに来てね。たくさんモデルをやってくれてありがとう。これ、お礼の気持ち。」


 朔は姉から差し出されたスケッチブックを嬉しそうに受け取る。

 中を見せて貰うと、『Glitter Youth』のロゴがいくつかデザインされ、Tシャツにした場合のデザインなどが描かれていた。


「なにこれ、スッゴいかっこいい!ありがとうございます!」


 姉は「これくらいしか思い付かなくて」と照れている。実はデザイン科に在籍している。


「まりちゃんのことも、ありがとう。あの子今、少女漫画描いてるよ。朔くんにキュンを教えてもらったんだと。」


「星さんもいつでもハグするんで言ってください。ハグまでしかしませんけど。」


 本気なのか冗談なのか分からない。姉は「弟にハグしてるの見るだけで満足。」と笑った。


 朔のお父さんが車でやって来て、母にお礼のお菓子を渡して挨拶をしているのを見ると、明日から静かになるな、と少し寂しい気もする。



 病院に到着すると、咲樹は既に退院の準備を終えていて、窓からの景色を眺めていた。久しぶりに見る私服に、日常に戻っていく感じがして嬉しくなる。


「良い部屋に入れてもらって、けっこう快適だったな。」


 咲樹は部屋を見渡して感慨深く呟く。朔はナースステーションで、お礼に手土産を渡す。

 最後に担当医だったイケメン先生がやって来て、「まだ完治している訳じゃないから、しばらくは無理しちゃダメだよ。走ったり飛んだり、重いものとかあまり持たないように。」と注意を促された。

 咲樹は「先生、勉強も教えてくれてありがとうございました。また、経過観察の時によろしくお願いします。」と握手をしていた。勉強教えてもらってたのか。学校を休んでいても成績は落とさないんだろうな。


 

 佐倉家に着き、荷物を下ろそうとしている咲樹を制し、代わりに運ぶ。

 朔はもらったお見舞いの品を持って家に入った。俺は咲樹の荷物を持っていたため、そのまま咲樹の部屋へ通される。

 初めて入った咲樹の部屋。意外にもパステルカラーが多くて、可愛らしい。

 勝手にクールな感じを予想していたためギャップで胸がときめいた。

 荷物を下ろしてキョロキョロしていると、「あまり見ないで。入院前から掃除してないんだから。」と怒られた。

 ベッドサイドに満月の形をしたライトが置いてあって、可愛いなと思っていると、咲樹に四角い包みを渡される。


「はい、お誕生日おめでとう。」


 昨日、十七歳になった。やばい、ニヤニヤが止まらない。

 開けて良いか聞いて、包みを広げると、ベッドサイドに置いてあるものと同じ満月のライトだった。


「お揃いとかいう柄じゃないんだけど、これ、すごく気に入っちゃって。香月も好きかなって思ったら、買っちゃってた。」


 恥ずかしそうに話す仕草が可愛いくて、たまらず抱き締める。久しぶりの感触。


「ありがとう、嬉しい。Moonlightを弾き語りしてくれた時のこと、思い出す。」


 キスをすると、好きな気持ちが溢れ出てくる。もう一度キスをしようとしたら止められてしまった。


「最近、香月の溺愛が過ぎるので、自粛してください。」


 自分でもちょっと思っていたことを突きつけられ、しゅんとしてしまう。禁止じゃなくて良かった。咲樹はしっかり自制が出来てすごい。早く大人になりたい。けど、大人ってなんだろう。


 リビングに戻ると、朔がお見舞いの品を解体していた。ゼリーとかがメインで、少しお裾分けを貰う。

 手に持っているプレゼントを見て、朔が鞄から何かを取り出す。


「俺もあるよ、プレゼント!」


 防犯ブザーだった。「なんで?」と聞くと、「不審者が出たら鳴らせ。」と言われ、確かにそうだなと思う。鞄につけることにした。


 咲樹は早速ギターを弾いていた。入院で一番辛かったことは、ギターを弾けなかったことらしい。しばらくはあまり激しい曲は弾けないのでバラード曲から練習しなきゃ、と課題曲のスコアを見て付箋を貼っている。

 お父さんは一旦病院に戻り、夜にまた戻ってくるらしい。


 キッチンを借りてお昼ごはんの素麺を茹でる。


「なんで朔じゃなくて香月がやってんの?まったく。」


 冷蔵庫を勝手に開けても良い間柄になったことにしみじみしていると、麺つゆが無いことに気がついた。冷蔵庫に入れない派かと思って咲樹に聞いたが、無かった。


「朔。超特急で麺つゆ買ってきて。」


 まじか、と言いながらも自転車の鍵を持って出ていった。その間にネギを切って生姜を摩る。


「さすが手際が良いね。良い旦那さんになりそう。」


 咲樹は何気無い一言だったようで特に様子は変わらなかったが、思わず手を止めてしまった。

 え?という表情でこっちを見る。


「出た。無意識の翻弄発言。咲樹が結婚してくれないと、旦那にはなれない。」


 咲樹は、あっ!という表情で顔を赤くし、ソファの方に行ってしまっう。

 やっぱり可愛い。


 素麺が茹で上がり、冷水で洗ってざるにあげて朔の帰りを待つ。

 時計を見るともう少し時間がかかりそうだったので、咲樹の隣に座った。


「実は、俺の誕生日が来たら咲樹に歌いたいなって思ってた曲があるんだけど。」


 え、なになに?聴きたい!と、良い反応。

 英語の授業で出てきた曲だった。気に入ってダウンロードまでしてしまった。

 ちょっと台詞のところは無理、と言いながらスマホで曲を流して歌う。


「♪You are sixteen going on seventeen Baby, It’s time to think Better beware Be canny and careful Baby, you’re on the brink・・・」


 サウンドオブミュージックの『Sixteen Going on Seventeen』という曲で、作中でカップルが歌うシーンが印象的だ。どんどん大人に、きれいになって行く彼女に変な虫が付かないように面倒見るよ、と告白する内容に、すごく共感してしまった。


 誕生日が来て俺が十七歳、咲樹が十六歳のこのタイミングは、歌詞とシンクロしている。もちろんこの曲は授業で出てきたため咲樹も知っていて、ニコニコしながら見守ってくれた。


 男性パートが告白する内容で、その後女性パートでその返事をする。

 男性パートの部分が終わったので曲を止めようとすると、咲樹が手を握って制止した。


「♪I am sixteen going on seventeen I know that I’m naive Fellows I meet may tell me I’m sweet And willingly I believe・・・」


 女性パートの方を咲樹が歌ってくれた。曲が終わると二人して恥ずかしくなる。


「リアルに、サウンドオブミュージック!」


 すごく可笑しくて二人で笑っていたら、咲樹が傷口を痛がって心配になった。いつの間にか朔が帰ってきてた。


「・・・俺、ちょっと前から見てたよ、バカップル。人が麺つゆ買ってきてる間に!こんなに自然なリアルミュージカル初めて見たわ。」


 朔は笑いを堪えながらも楽しそうだった。


 

 素麺を食べながら、軽音楽部の活動について話す。


「楓くんと咲樹は、今年が軽音部最後の文化祭だから、完全燃焼したいな。俺、咲樹と思い出作りたい。デュエットするとかさ。」


 咲樹もやりたいと言っている。しかし、King Gnu祭の予定だ。


「King Gnuは、それはそれでやって、プラスアルファでやれば良いんじゃない?前半と後半に分けるとか。」


「俺らが大変になるだけだけど、いいかも。蓮とみくもだんだん戦力になってきたし、甲斐先生に相談してみるよ。香月もさっきの歌えば?」


 いや、人様に聴かせられるやつじゃないと全力で断る。二人の案は、確かに良いと思った。他にも演奏したい曲はたくさんある。


「あとさ、蓮の声良いと思うんだよね。けっこう低音も出るみたいだし。あいつにボーカルやらせたい。King Gnuってダブルボーカルだから、特訓だな。」


 

 次の日、咲樹は学校に復帰した。登下校は朔が、日中は藤原さんが主にフォローをしている。保健の先生も気にかけてくれているようだ。

 部活にも復帰し、蓮とみくが呼び捨てで呼んでください!と懐いていた。


 咲樹が演奏しない最後の企画の動画を撮りに、篠田楽器へ向かう。咲樹は初めて行くと言って楽しみにしていたが、到着すると、エレキギター買ったとこだ、と驚いていた。


「会いたかったよ、咲樹ちゃん!」


 篠田さんは咲樹と握手をする。


「実はエレキギター買ったのこのお店です。よろしくお願いします!動画見ました。よければテクニックとか教えてください!」


 篠田さんは「もちろんだよ。」と人の良い笑顔だ。「あと、今日は俺の奥さんも来てるんだ。」と言って奥に呼びに行った。思わず朔を見てしまう。少し苦笑いしていた。


「みなさん、動画撮影は最後になるけど、初めまして。夫がお世話になっています。動画を撮り初めてから楽しそうにしていて、一度見に来たいと思っていたの。」


 奥さんは、朔が流されてしまうのも無理はないかなと思う程にフェロモンがすごくて、思わず胸の谷間に目が行ってしまった。

 お腹も目立ってきていた。朔にちゃんと発声練習してるか確認している。


「分かってはいたけど、香月も男の子なんだなって。ちょっとショック。」


 横腹をツンツンして、咲樹が呟く。


「これは不可抗力というか・・・。」


 つられて咲樹の胸元にも目が行ってしまう。絶対に大きい方だよな。何カップなんだろう。いかんいかん、煩悩よ、消えろっ!


 話を終えた朔に、「お前の気持ちも少しは分かった。」と言うと、握り拳を出してきたので合わせる。


「あの経験は本当に良くないことだとは思うんだけど、自分がちゃんと男だって証明されている出来事のようで、俺としては大事な記憶なんだ。」


「複雑だな。朔はどっちの性別に生まれたかった?」


「そりゃ、男に生まれて良かったよ。咲樹と女の双子だったら、香月の取り合いする羽目になって、それはそれでしんどそう。」


 その仮定にたどり着くところが面白い。でも、思わず想像する。朔みたいな小悪魔な咲樹。


「良かったー、朔が男で。」

「あははっ!想像してんじゃねーよ、バーカ。」


 朔の笑顔が可愛くて、ユズくんさんの気持ちも少しだけ分かるような気がした。

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