26. 花鳥風月
咲樹の病室に戻ると、とりあえず男子禁制は解禁されていた。咲樹は由紀乃さんと藤原さんとキャっキャ言いながらガールズトークを楽しんでいる。
何気なく眺めていると藤原さんと目が合う。気まずい。
あれ、なんかお化粧してる?
いつもよりも華やかな印象に、ドキッとしてしまった。
ユズと付き合ってるのに、藤原さんの事も好きな気持ちはまだ残っているっぽい。
由紀乃さんがスマホを片手に香月のところにやってくる。さっき、いろんなメイクを試したようで、咲樹の写真を見せてきた。
「こっちのメイクと、こっちのメイク、どっちがタイプ?」
えー、と言いながらすごく悩んでいる。
「どっちも好きです。両方かわいい。」
なんだよ、その柔らかな笑みは。照れて「選べません。」とかいうのかと思ったら、素直に答えていた。
事件以降、香月は咲樹への愛情を、恥ずかしがらずに自然に表現している気がする。
俺も気になったので覗き込むと、アイラインの引き方が少し違うのが分かった。確かに両方かわいいけど、「俺はこっちかな。」と意見を言ってみる。
由紀乃さんは「朔の好みは別に要らない。」と言って咲樹のところへ戻っていった。その後ろ姿を追うと、また藤原さんが視界に入ってくる。咲樹と話している時のあどけない笑顔は、やっぱり可愛い。
香月を見て、ヒゲダンのpretenderじゃないけど、好きだとか無責任に言えたらいいよな、と思った。
まあ、こいつの場合は無責任じゃないけど。
由紀乃さんと藤原さんが帰り、咲樹に母親を含めて四人で会う方向で進めていることを伝えた。俺と同じ意見で、やはり事情ぐらいは知りたいと賛成してくれた。
咲樹は早くギターを弾きたい、と言いながらパソコンで勉強している。
そこへ、担当医の若いイケメン先生が回診に来た。
「佐倉さん、傷口見ますね。すみません、付き添いの方は少し出ていただけますか?」
今日は追い出されるのが多いな。デイルームで回診が終わるのを待つ。
「さっきのイケメン先生、心配になったりしない?」
香月が蓮や矢野さんにヤキモチを妬いていたのを見ていたため、少し気になった。
「そりゃ少しは心配にはなるけど、選ぶのは咲樹だから。咲樹に選んでもらえるように努力するだけ。」
なんか、物凄くかっこいいんですけど。
信頼関係が更に深まって余裕が出てきたようでいて、それに胡座をかかない姿勢。
「俺、お前に惚れそうだわ。」
「なんか最近そういう発言多いな。ユズくんさんに嫉妬されちゃうじゃん。」
ははっ、と笑う香月は、やっぱり前よりかっこよくなっている。
さっきのイケメン先生が回診を終えたことを親切に伝えに来てくれた。
「君、佐倉先生の息子さんだよね。佐倉先生にはお世話になっていて、前に子どもが出てるってバンドの音楽動画を見せられたことがあったから印象に残ってて。」
父がお世話になってます、と頭を下げる。少しだけ世間話をする。
「君たち、かっこいいってナースが噂してるよ。特に君。彼女をいつも優しく見守っている眼差しが良いって、人気。」
え、俺ですか?と香月が照れる。
「咲樹以外にモテても、あまり興味ないというか。」
「おぉー、今どきこんなピュアな子、珍しいね。咲樹さんも君にしか興味ないみたいだし、誰も入る隙がないな。」
先生はイケメンなのにまだ独身らしい。父さんを見ていても分かるけど、お医者さんは忙しいから恋愛も大変なんだろうな。
咲樹の病室に戻ると父さんが来ていた。
「例の件、咲樹が退院する前になるけど来週の土曜でどうだろう。それで調整とれそうだから。」
俺も咲樹も「いいよ。」と言い、この病室で会うことになった。
香月の家に帰ると、星さんのお友だちが来ていた。
こんにちはー、と挨拶をした後、香月の楽器の練習に付き合っていると、誰かに見られている気がする。香月もその気配を察知しているようで、耳元で「ちょっと合わせて。」と言って俺の頬に手を当てた。
「朔・・・。」
何故か香月の顔が近づいてくる。これ、キスする流れ?初キスがフラッシュバックする。鳥肌がたちそうになったところで扉が開き、スマホを構えた星さんとお友だちが倒れ込んだ。
「こんなことだろうと思ったわ、腐女子どもが!」
香月は怒っている。この前のBL展開っぽい写真を友達が見て、悪ノリしたらしい。
二人はダイニングで座らされて、香月に説教される。俺たちをモチーフにしたBL漫画を描いたらしい。香月は前にも似たような被害に遭っているそうだ。少し興味があって読ませてもらう。
「これ、内容ってこんなにディープなんですね・・・。」
これは怒るわ。でも、なんか勿体ない。絵はとってもきれいなのだ。
「もう少し性描写がソフトなの描かないんですか?これだけ綺麗に描ければ、女の子を書いても素敵だろうし、胸キュンな展開を描けばもっと需要あるんじゃないですかね。」
星さんのお友達をじっと見つめると、俯いてしまった。
「私、男の子にはいじめられたことしかないからキュンとするなんて感覚わからないし。」
実際に同性とつき合っている俺的には、この漫画の内容はちょっと受け入れられない。
星さんはお友達に「まりちゃん・・・。」と言っていた。俺は椅子に座っている『まりちゃん』を後ろから抱き締めて囁く。
「男女の恋も良いものですよ。すごくキュンとするし。ね、まりちゃん・・・。」
まりちゃんは立ち上がり、星さんを連れて星さんの部屋に引っ込んだ。
「お前、やりすぎだって。」
「お互い様だろ?ほんとにキスされると思った。鳥肌たった。ユズ以外の男とは無理だわ。」
「やっぱり、ゲイではないんだな。」と悪びれる様子もなく謝る。その後も楽器の練習と発声練習は続いた。
次の週の土曜日。
ベッドから起き上がれるようになった咲樹と、ソファに座ってそわそわしながら時間を待つ。
「やっぱ、緊張するね。」
うん、と言って外を見ていると、扉が開く。父さんに続いて部屋に入ってきた女性は、品のある感じの人で、顔は少し咲樹に似ていた。
「朔、咲樹。覚えていないだろうが、お前たちの母親の百香だ。」
改めて紹介されると、この人がお母さんなんだ、と不思議な気持ちになった。何て挨拶すれば良いかわからない。
はじめまして?じゃ変だし、とか考えていると、百香さんは頭を下げた。
「ごめんなさい。本当に、ごめんなさい。どんな理由があっても、小さなあなたたちのことを置いて出ていったことは事実だし、そんなことをする母親は母親失格だと思っています。」
彼女は俯いて、唇を噛み締める。
声を聞くと、少し、懐かしいような感じがした。
父さんが、彼女が出ていった理由を話し、間違いないか?と百香さんに確認すると、彼女は頷いた。
「お義母さんに色々言われたことは、間違いでは無いと思ってます。お義母さんは、近所の小さな子供たちがお母さんに甘えている姿を見て、あなたたちのことを可哀想に思って言っていることも分かってました。
頭では分かっていたの。
でも、朔と咲樹は私が産んだ大切な子どもなのに、『産まなければ良かった』なんて一瞬でも思ってしまった自分が許せなかった。」
父さんが百香さんの肩に手を添える。
「百香にそんな思いをさせてしまったのは父さんにも責任がある。本当に済まない。」
父さんも頭を下げた。俺と咲樹は顔を見合わす。
「あのさ。謝られても、こればっかりは許す許さないの問題じゃない。俺たちに十四年間母親がいなかった事実は変えようがないし。」
父さんも百香さんも、辛そうな表情で真剣に話を聞いている。
「でも、その十四年間が不幸だったかっていうと、全然そんなことなかった。お祖母ちゃんもいたし、叔父さんも叔母さんもいたし、咲樹とはずっと一緒にいても仲良かったし。
それにみんな、百香さんのことを悪く言う人はいなかった。
みんな、愛はあるのに、上手にボタンをかけられなかっただけじゃないかな。」
「私もそう思う。それに、今はどう思ってるの?私たちのこと産まない方が良かったって思ってるの?お父さんやお祖母ちゃんのことはどう思ってるの?」
咲樹が百香さんに問いかける。
「産まない方が良かったって思ったのはそのときだけで、今は良かったと思ってます。
実は、なんかストーカーみたいだけれど、あなたたちが進学しそうな高校を調べて、公式動画にあなたたちが出ているのを見たりもしてました。こんなに大きくなったんだ、二人とも仲良くしてるんだ、って嬉しくて何回も見たわ。
亮介さんとお義母さんが立派に育ててくれて、本当に感謝してます。」
咲樹が怪我したニュースだけじゃなくて、普段から気にしてくれていたことに微かな喜びを覚える。
「父さんのこと、まだ好き?」
百香さんに問いかけると、彼女は父さんの方を見て「えぇ。」と言った。咲樹が香月を見ているときの顔と似ていた。
「後は父さんと百香さんの問題じゃん。俺たちは二人の子どもなんだから、親の意向に従うしかないし。すぐに『母さん』とは呼べないと思うけど、父さんが好きな人が父さんのことを好きなら、俺たちは応援する。」
咲樹も頷く。
父さんと百香さんは顔を見合わせて、笑顔で涙を流した。
「朔、咲樹、ありがとう。これからのこと、二人で考えるよ。」
父さんが照れ笑いをして、百香さんと病室を出ていく。
咲樹はほっと溜め息を付いた後、窓の外の夕日を見て歌う。
「♪なんだか不思議だよね、生きているって・・・」
レミオロメンの『花鳥風月』。
誕生日に甲斐先生から渡されたスコアに含まれていた。今の咲樹が歌うと臨場感すごいね、と言いながら歌詞に思いを馳せる。
『♪見えない赤い糸で結ばれている 君も僕も人と人のなかに 愛を感じて 育てていけるように・・・』
「咲樹と双子で良かった。」
「私も双子の相手が朔で良かった。」
産まれてからずっと連れ添ってきた妹の顔をじっと見つめる。
なに?という顔をする。
「いつかあいつのものになるのかと思うとムカついてきた。」
咲樹は「何言ってるの?」と言いながらも少し照れている。それを見て、意地悪したくなる。
「あ、違うわ。俺があいつのものになるかも。この前、キスされそうになったし。」
咲樹は「は?」と言って笑う。
「だいたい、私も朔も誰のものでもなくて、自分は自分でしょ?香月が誰を選ぶのかはわからないけど、私は選んでもらえるように頑張るだけだよ。」
香月と同じことを言っていて、面白かった。
「とりあえず、俺は二人とも愛してる。」
咲樹は朔らしい、と笑ってベッドに戻った。まだ長時間立っていると痛くなってくるらしい。
俺は、ベッドの横に座って息を整える。
「あのさ。俺も、咲樹に大事な話があるんだ。」
「何?赤点取ったとか?」
赤点はギリギリだけど取ってない。
「そこはなんとかクリアしてる。そうじゃなくて・・・。実は今、付き合ってる人がいるんだけど・・・。」
咲樹はじっと目を見つめてくる。無言で見つめられていると、咲樹はふふっと笑った。
「竹下先輩でしょ。」
ビックリして言葉が出ない。返事をしないでいると、「違う?」と言われたので、首を振った。
「やっぱりそうだったんだ。時期も大体分かるよ。今年の一月の後半くらいからじゃない?日曜日はいつも家でダラダラしてたのに、嬉しそうに出掛けていったりして、デートかなって思ってた。
竹下先輩は中学の時から朔の事を見る目付きが違ってたもん。この前お見舞いに来てくれた時、二人の空気感が違うなって思って。」
さすがずっと傍にいる双子だな。何でもお見通しだった。
「お付き合いしてる相手が同性だからって反対したりはしない。だけど、生涯を誓う訳じゃないんでしょ?」
「うん。来年の誕生日に恋人関係は解消する約束だよ。それまでに強くならなきゃって焦ってる。」
咲樹は俺の手を握って心配そうに目を覗き込んだ。
「刺された時、意識が遠退いて行く時、このまま死んでしまったらどうなるんだろうって考えた。母親に置いていかれて、お祖母ちゃんが亡くなって、私まで居なくなったら朔は耐えられないんじゃないかなって。お父さんだって分からない。二人を置いて先に死ぬなんてことしちゃダメだって思ったよ。
私は朔の事を大切に思ってる。だから、泣きそうな顔で家に帰って来る日が多くなってきていて、心配だった。朔を悲しい顔にさせてるのが竹下先輩だとしたら、早く別れて欲しい。」
咲樹の手を強く握る。ユズがいなくても俺は一人じゃない。
「でも、好きになっちゃったんだ。それが恋なんだと思う。」
さっき実の母親と再開したときには一滴も出なかった涙が出てくる。ユズも言っていたけど、本当に、どうしようもないのに。
「分かった。来年の誕生日に、ちゃんとお別れ出来るように強くなろう。私も一緒に頑張る!」
その言葉が凄く心に染みて、咲樹を抱き締めて泣いた。
「まったく、昔から泣き虫なんだから。ふふっ、そこも魅力だけどね。」
「咲樹はいつも強すぎなんだよ。たまには泣いていいよ。」
自然に笑いが出る。
面会時間が終わり、お祖母ちゃんに教わった、早く治りますようにのおまじないをかけて、病室を後にした。
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