25. 空も飛べるはず

 咲樹が入院して早一週間。

 例の動画投稿企画のため、甲斐先生の元バンド仲間が経営している楽器店『篠田楽器』に、軽音楽部全員でやって来た。

 ザ・楽器屋さんという感じのお兄さんが奥から出てくる。


「いらっしゃい。まこっちゃん久しぶり!まさかニュースで見た事件の当事者だったなんて・・・。俺なんかで良ければ協力するから言ってね。」


 朔が言っていた通り、人の良さそうな雰囲気だ。

 課題曲練習したよー、と言いながら奥のスタジオに通される。メンバーの自己紹介を経て、篠田さんの自己紹介に移る。


「篠田です。甲斐とは大学時代に一緒にバンドやってました。担当パートはギター&ボーカルでした。今はここのオーナーです。

 イベント向けの機材貸し出しとかもやってるので、東高にはお世話になってます。これからもご贔屓に!」


 文化祭で使ってた機材はここで借りたことを知った。


 演奏に移るとさすがに上手で、すぐに音合わせが終わった。瀬崎くんと山本さんは見学になってしまったが、積極的に質問をしたりしてとても前向きな姿勢だった。

 朔が「そろそろ二人の呼び方も変えないとな。蓮とみくでいい?」と言うと、二人は笑顔で「はい!」と返事をする。

 蓮が「じゃあ、先輩たちのことも正式に『くん』と『ちゃん』で呼んでいいですか?」と言って俺の方を見る。なんで俺を見るのか聞いてしまった。


「だって、か、香月くん、咲樹先輩のことを咲樹ちゃんって呼ぶとめっちゃ睨んでくるから!」


 え、睨んでた?と言うと、ほんとにビビってました、と怯えている。


「ごめんごめん、もう睨まないよ。たぶん。」


 蓮は少しほっとした表情をして、「俺、咲樹ちゃんみたいにかっこよくなりたいんです。」と言って目を輝かせた。


 動画を撮り終え、先生が編集に入る。事件のことで心配をかけていることや、メンバーが無事であること、篠田楽器のPRも概要欄に入れてアップした。

 咲樹にもメッセージを送った。


 

 部活は現地解散となり、朔と帰宅する。道中、まだ少し足が痛んで引きずりぎみに歩いていると、朔が荷物を持ってくれた。


 家に着いてご飯を作る。朔はなにやら姉と話をしているようだった。

 ご飯ができたので二階に向かって「ご飯出来たよー。」と叫ぶ。今日のメニューは中華だ。餃子(焼くだけのやつ)と麻婆豆腐。

 なかなか下りてこないので、様子を見に行くと、姉の部屋から声が聞こえた。


「星さん、俺、こんなことするの初めてで・・・。」


 姉の部屋のドアを開けると、上半身裸の朔がベッドの上でポーズをとらされていた。


「・・・おい。何やってんだよ。」


 姉に向けて低い声をだす。


「朔くんのジェンダーレスな風貌と肉体の造形美に、創作意欲が湧いてしまった。」


 描きかけのスケッチブックを見ると、確かに朔の魅力が伝わる絵になっていた。

 とりあえず、ご飯が冷めるので食卓に連れていき、あまり変なことするな、と説教する。


「全然変なことじゃないじゃない。アートよ!」


 朔も面白かったと言い、姉と仲良くなっていた。朔がここにいる間、描きまくるらしい。


 咲樹とのメッセージラリーの時間。投稿した動画の感想や学校と部活の様子、病院での様子を情報共有する。

 来月には退院できる予定になったと連絡があり、嬉しかった。


 

 縁側から月を見て、咲樹を初めて抱き締めたときのことを思い出していると、朔が隣に座ってきた。


「母親のこと、父さんから咲樹に話したって。」


 お父さんから連絡があったらしい。


「一回、皆で会ってみようと思う。許すとか許さないとか、そういう次元じゃないし。」


 うん。と言って朔を見ると、清々しい顔をしていた。


「なんか最近色々ありすぎて、自分を見失ってたな。ユズにも話し聞いて貰ったりして、やっと、自分と向き合えた気がする。

 俺の特技はみんなの仲を取り持つことだから、ここで本領発揮しないと。

 後ろめたいこともしてきたし、他人には理解されない恋愛したりしてるけど、変に隠したりせずに胸張ってみんなの佐倉朔として活動をしようと思います!」


 要するに、自分自信を認めてあげようとしているのかな。


「俺、香月と一緒に芸大目指すよ。簡単にはいかないかもしれないけど、声楽を学んで、エンターテイメントの道に進もうと思う。

 パフォーマンスを見てくれてる人の笑顔が好きなんだ。だから、部活と勉強を頑張る。」


 やりたいこととか分からないって言っていたけれど、将来の夢が見つかったんだな。


「一緒に行けるといいね。大学でもバカやりたい。朔はカリスマ性あるから向いてると思うよ、エンターテイメント。」


 朔は少し間をためて抱きついてきた。「やめろ。暑苦しいわ。」と言って体を捩る。


「いいじゃん、俺、香月のこと好きだし。お前も俺のこと好きだろ?」


「それ、端から見たらBLだから。」


「俺、今はガチでBLだし。でも、お前にはドキドキしない。」


 そう笑っているけれど、朔は基本的にはゲイじゃないと思う。ただ、好きになった人がたまたま同性だっただけだ。そういう恋愛も大変だろうな。


「あとさ。咲樹に言っておこうと思う。期間限定だけど、ユズと付き合ってること。」


「そうだな。他の人から聞くとショックだと思うから。早く言ってあげて。」


 朔はずっと抱きついていて、後ろを振り向くと、ねーちゃんが嬉しそうに写真を撮っていた。「おい、それ消せよ。」と言ったが案の定無理だった。


 

 土曜日。いそいそと咲樹の病室へ向かう。家事をやっていたら少し遅くなってしまった。

 病室に入ると、由紀乃さんと藤原さんがいた。由紀乃さんに、今は男子禁制だからどっか行けと言われて、朔と一緒に屋上に向かった。

 すると、ぼんやり空を眺めるお父さんがいた。


「父さん。」


 朔が呼び掛けると、少し疲れた表情でこちらを振り向く。一緒にベンチに腰かける。


「笹蔵くん。朔が世話になっているみたいで、ありがとう。」


 いえ、と言ってお辞儀をする。あの雨の日から、朔はお父さんに会っていないみたいだった。朔が口を開く。


「父さん。この前は逃げてごめん。考えたんだけど、一度みんなで会ってみない?」


 お父さんは驚いた顔をして、「いいのか?」と言う。


「母親がいなくなったこととか、いなかった間の時間は取り戻せないけど、事情ぐらいは知りたいし。父さんはどう思ってるの?あの人のこと。」


 お父さんは朔の顔を見つめる。


「申し訳ない気持ちしかない。

 百香には、俺たち以外に家族がいないんだ。母子家庭で育って、大学時代にお母さんも亡くなった。学費も奨学金で賄ってたから、働き出してもしばらくは大変そうだった。

 結婚して一緒に返そうって言っても、これは私のけじめだからって、奨学金が終わってから結婚してくれた。

 真面目で、まっすぐで、一生懸命で。

 いつもにこにこしていて、優しくて、本当に大好きだった。

 お祖母ちゃんと一緒に住むのも、彼女が提案してくれたんだ。

 結婚してからも幸せだった。

 朔たちが産まれて、順風満帆だと思っていた。男の俺は仕事を頑張ることが家族のためだと思い込んで、彼女の変化にも気がつかずに、何やってたんだか。」


 お父さんは溜め息をつく。


「この前再会したとき、渡された名刺が『佐倉百香』のままで、ほっとしている自分がいた。

 十四年も離れていたのに、まだ気持ちは残ってる。

 ・・・お前とこんな話するとは思わなかったよ。大人になったんだな。」


 ちょっと笑って、日程調整しとく、と言って中に入っていった。


 

 二人で空を見上げると、飛行機雲が見えた。


「俺らバンドマンじゃん。」


 うん、と返事をする。


「今だったらどんな曲かける?」


 少し考える。


「スピッツの『空も飛べるはず』かな。」


 朔は「いいねー。」と言って歌いだす。


「♪君と出会った奇跡が この胸に溢れてる きっと今は 自由に 空も飛べるはず・・・」


 スピッツの曲は歌詞が情緒的だとか、何気にビート感溢れてて乗れる、と談義をする。


「大人になるに連れて、知りたくなかったことも知っていかなきゃいけなくなるし、したくない経験もしなきゃいけなくなる。

 自由に空を飛べる日はいつ来るのかな。」


「自由に飛んでるから、大変なことに遭遇するんだろ。成長すれば、守られる立場じゃなくなっていくんだ。

 その分遠くにも行けるし、高く飛ぶことだって出来る。何か他にも悩みがあるの?」


 朔はフェンスに手をかけて空を見上げる。


「セクシャルマイノリティって、こんなにも生きづらい社会なんだなって身をもって感じていて。ユズとは手を繋いで歩くことすら、偏見が怖くて出来ないし。いろんな人がいて、同じ人間なんて誰一人としていないのに、『同じ』を求めてしまう。それぞれ違うから進化があるのにな。」


 朔は生きづらさを感じているのか。まぁ、そうだろうな。ただでさえイケメンで目を惹くのに、男と手を繋いで歩いていたらコソコソと騒ぎ立てられるだろう。


「これからは守っていきたいんだ。一人じゃ大変なときは支えあってさ。これからも友達でいろよ。」


「当たり前だろ。目指すは、義弟だし。」


「なんだよ。咲樹と結婚まで考えてるの?真っ直ぐだな、お前。」


 まだ漠然とはしているけど。咲樹はもちろんだけど、朔とも、いつまでも一緒にいたいって素直に思った。

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