24. 魔法のように

『咲樹ちゃん。すっかり、大人っぽくなったのね。あら、どうしたの?どうして怪我してるの?』


 お祖母ちゃんは心配そうに話しかけてくる。


『お祖母ちゃん、大切な人を守ろうとしたら、怪我しちゃった。』


 あらあら、とお祖母ちゃんは傷口に手を当てる。

 小さいときから、怪我したときとか病気をしたときは、お祖母ちゃんが手を当ててくれた。すると、なんだか早く治るような気がして、お祖母ちゃんは魔女なんじゃないかと疑ったこともあった。


『咲樹ちゃん、守りたいっていう気持ちは愛情なのよ。咲樹ちゃんもたくさんの人に愛されてること、忘れないでね。

 お父さんも、お母さんも、お祖母ちゃんも、叔父さんも叔母さんも、みんな咲樹ちゃんを愛してる。朔ちゃんも一緒よ。』


 お祖母ちゃんの言葉に引っ掛かる。


『お母さんは、私たちのことを放って出ていったんでしょ?愛してないんじゃないの?』


 お祖母ちゃんは首を振る。


『愛してるから、守りたいから、離れるしかなかったの。咲樹ちゃんも、朔ちゃんも、愛されてるのよ。』


 お祖母ちゃんは私の頭を撫でる。


『これからもたくさんの愛を知って、幸せに生きて。まだ、これからよ。あと、朔ちゃんのこともよろしくね。あの子は寂しがり屋だから。』


 お祖母ちゃんに撫でられてると、なんだか眠たくなってきた。お祖母ちゃんのしわしわの手は温かい。



 少しずつ目蓋を持ち上げる。LEDライトが眩しい。


「咲樹?」


 聞きたかった優しい声に視線を向けると、心配そうに顔を覗き込む香月と視線が合った。

 香月は握っていた手を離してお父さんを呼びに行く。

 急に温もりを失った右手が寂しい。


 お父さんが駆け寄ってきて、頭を撫でてくれた。さっきのお祖母ちゃんを思い出す。

 香月は申し訳なさそうな顔をして、喋ってくれない。そのことに胸が苦しくなった。


 検査の後、普通病棟の個室に移った。朔が色々と世話をしてくれている。

 お礼を言うと「当たり前だろ。お礼なんて良いよ。俺が怪我したときはよろしく。」と言って笑った。


 飲み物を飲んでいると、頭もすっきりしてきた。そこへ、矢野さんを伴って香月が部屋に入ってきた。

 珍しい組み合わせだな。何か交流があったらしい。

 矢野さんはお見舞いにiPodと、あげたつもりの千円をくれた。

 矢野さんが帰ると、香月は謝って、いつもの優しい笑顔を向けてくれた。

 ただそれだけで、死ななくて良かったと思った。


 朔はお父さんに話してから帰ると言って、香月より先に病室を出た。香月もそろそろ帰らないと、と帰宅を促す。


「早く治ってね。抱き締めたい。」


 そう言って軽くキスをして病室を出ていった。私も早く抱き締めたい。


 そっと傷口に手を当てる。凶器は三徳包丁だった。あれが体内に入ったのかと思うと、不思議な気分だ。

 当てた手からお祖母ちゃんのパワーが注がれるような気がした。


 

 次の日。土曜日だということもあり、お見舞いに来てくれる人がたくさんいた。

 朝イチで楓くんと由紀乃さんが来てくれた。


「咲樹ちゃん!ほんとに心配したー!」


 私が笑顔で手を振ると、ほっとした笑顔になる。退院はいつ頃なのか、困っていることはないか聞いてくれる。そこに、椿もお見舞いに来てくれた。

 私は小声で由紀乃さんに話す。


「お風呂には入れなくて。髪の毛とかベタベタのままで辛い。あと、下着とかも叔母さんが買ってきてくれたんだけど、なんか合ってなくて。」


 由紀乃さんは楓くんに、しばらく女子だけにしてほしいと言って外に出した。


「実は入院中に困ることを調べて色々持ってきたの。下着のサイズは私の見立てで買ってきたんだけど。咲樹ちゃん、Dカップでしょ。」


 見た目でわかるの?と驚く。椿もビックリして、「え、私のも分かるんですか。」と言うと、じっと椿の胸を見る。


「C-70」


 椿は驚いて胸を隠す。それを見てみんなで笑った。


「あ、イタタタ。笑うと痛い。でも楽しい。」


 由紀乃さんは専門学校でスタイリストの養成講座を受けていて、今は美容師の資格取得に向けて勉強しているらしい。

 水が要らないドライシャンプーをしてくれて、顔と体のスキンケア用品もくれた。


「お化粧とかはしない方がいい?スッピンでも咲樹ちゃんは美人だから、いっか。」


 確かに入院中はしない方がいいかもしれない。


「由紀乃さん、今はあまり出来ないけど、メイクとか教えてほしい。」


 由紀乃さんは柔らかく笑いながら、「いいに決まってるじゃん!好きな人の前では特に可愛くしたいよね。女子力上げてこ!咲樹ちゃんはバンドガールだから、SHISHAMOの『魔法のように』って曲知ってる?お化粧が楽しくなるから聴いて。」と言って、スキンケア用品を棚に締まってくれた。

 椿が、私も一緒に教わってもいいですか?と言ってきて、入院中にメイク講座が開かれることになった。


「母親がいないから、ほんとにこういうの助かる。それに、由紀乃さんはセンスいいし!」


 買ってきてくれた下着を見ると、自分では買わないようなデザインのものが何着か入っていた。


「一応スポーツブラを何枚か準備してきたけど、普通のも買っちゃった!可愛いでしょ?

 ここのレースのデザインとか乙女心をくすぐる。

 咲樹ちゃんは、オレンジも似合うかなって。あと、定番の白のレースね。

 彼ウケナンバーワン。」


 思わず真っ赤になる。


「もしかして、まだそういう関係になってないの?あんなに好き同士なのに??」


 恥ずかしすぎて顔を隠す。椿もクスクス笑っている。


「そういうことは受験が終わってからって決めてるので。」


「やだー、咲樹ちゃん可愛い!私が食べちゃいたい!ギターを弾いてるときはめちゃくちゃかっこいいのに、ギャップ萌え!」


 ギターというフレーズに、軽音楽部のことが気になった。活動はどうするのかな。


 由紀乃さんは下着をしまって、楓くんに声をかけに行くと、香月も入ってきた。


「あれ、朔は?」

「今電話してる。」


 また怪我の具合を誰かに聞かれてるのかな?

 香月と楓くんに、軽音楽部の活動は続けてほしいということを伝える。

 瀬崎くんがぱっと弾けるようになってくれればいいけれど、そう簡単にはいかない。朔が戻ってから相談しよう。


 椿は迎えの人から連絡があり、帰っていった。その姿を香月が心配そうな顔で見送る。


「どうしたの?」

「ううん、なんでもない。朔、遅いなと思って。」


 香月は、昨日から朔が香月の家に泊まっていて、私が入院している間は下宿する予定だと話してくれた。香月と一緒に居られて朔が羨ましい。


 戻ってきた朔は表情が暗い。香月が近づき、小声で何か話している。


「それは確実に大丈夫だって言われた。でも、聞かれちゃったみたいでさ。藤原さんには完全に嫌われたかな。」


 去年のクリスマスは椿に告白してたけど、今は友達らしい。何かあるのかな。椿に聞いてみようかな。


 とりあえず、バンド活動をどうするかを話する。


「咲樹レベルで弾ける人いないかな。」


 みんなで悩んでいると、甲斐先生も様子を見に来てくれた。

「なんだ、勢揃いか。」と言いながら部屋に入ってくる。


「あ、篠田さんは?甲斐先生とバンド組んでたって言ってたし。」


 皆で「だれ?」という顔をする。朔が小声で香月に「ボイトレの先生の旦那さん」と言うと、「あぁ、でも良いの?」と言う。

「めっちゃいい人だし。甲斐先生に頼んでもらう。」と言って甲斐先生にお願いする。


「わかった。でも、あいつ店番があるから、あいつの店の奥のスタジオで、動画投稿企画だけお願いすることにする。」


 なんだか楽しそうで羨ましい。早く治して参加したい。


 

 楽しい時間はあっという間に流れ、朔と香月以外はみんな帰った。家から持ってきてほしいものをリストにして書き、朔に渡す。


「なんで香月の家に泊まってるの?」


 素朴な疑問をぶつける。


「迷子犬だから?」


 何言ってるの?という視線を飛ばすと、香月が話に入ってきた。


「家事とか大変だと思って。うちなら一人増えても変わらないから。それに今日は中学の先輩の家に泊まるんだって。」


 ふーん、と返事をながらも何か隠しているような気がした。


 朔が今日お世話になる竹下先輩もお見舞いに来てくれた。中学の時からイケメンだったけど、背が伸びてさらにイケメンになっていた。

 尚くんの家じゃなくて竹下先輩のところなんだ、と不思議に思う。竹下先輩が朔を見る視線、朔と竹下先輩の距離感が近いことにも気付く。

 朔は誰とでも人との距離が近いか。

 考えすぎかな?いや、でもあの空気・・・。


 

 朔たちも帰り、消灯時間の少し前。お父さんが様子を見に来た。

 順調であることを確認して、優しく笑う。


「朔は?何か言ってたか?」

「え?香月とか竹下先輩の家に泊まってるってことぐらいかな。」


 そうか、と言って窓の外へと視線を外す。


「何かあったの?」


 お父さんはベッドの横に座る。


「怪我したばかりでこんな話するのは気が退けるんだが、咲樹だけが知らないのはよくないと思うから話すよ。

 咲樹が怪我したというニュースを見て、百香、お母さんが駆けつけてきた。」


 続けてお父さんは、お母さんがどうしていなくなったのかを話してくれた。同じく医師を目指している身としては、特に重い内容だった。


「朔は、お父さんとお母さんが話をしているところに出くわして、雨の中を走って逃げて行ってしまった。

 今まで黙っていて申し訳無かった。

 私も、百香が出ていってしまったことに目を背けていたんだ。」


「お父さん・・・。私、刺された後にお祖母ちゃんと会ったの。あなたたちは愛されてるって言ってた。」


 そうか、と言ってお父さんが涙をこぼした。お父さんも、置いていかれた身として傷付いていたのかな。こんなにも泣いているお父さんの姿を見るのは初めてで、朔とお父さんの傍から急にいなくならずに済んで良かったな、と思った。

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