17. スノースマイル
事故現場に遭遇したあと、AEDを返すために香月と一緒にやおはちへ向かう。お父さんと朔は汗だくだったので先に帰ってもらった。
やおはちで坂井店長にAEDを返し、事故のことを少し話した後、家までの道のりを並んで歩く。少しだけ先を歩く香月の手が空いていて、思わず握ってしまった。
「家まで、手繋いでて良い?」
香月は優しく微笑んで、繋いだ手をダウンジャケットのポケットに入れる。
「BUMP OF CHICKENの『スノースマイル』みたい。♪冬が寒くって本当に良かった 君の冷えた左手を 僕の右ポケットにお招きする為の この上ない程の 理由になるから・・・」
香月は少し笑ってそのフレーズを歌う。ほんと、今日が寒くて良かった。
「さっきのお父さん、凄かったね。」
香月は圧倒されたようだった。
「咲樹が憧れるのも納得というか。ああいう風になりたいって頑張ってる咲樹のことを、もっと応援したいって思った。」
私は嬉しくて、繋いでいる手に力を込める。
「そんなこと言われたら、もっと好きになっちゃうじゃん。」
香月も繋いでいる手に力を込めて、体を引き寄せる。除夜の鐘が聞こえる。今年の終わりに香月と手を繋ぐ事が出来て良かった、と思った。
家に着くとお父さんがテレビを見ていた。思い出の曲について話を聞き、お父さんの若い頃に思いを馳せる。絶対かっこ良かったに違いない。私と朔がどのようにして生まれたのか、とか少しだけ気になってしまった。
お父さんの後に香月、私の順でお風呂に入り、またリビングで団欒をする。
今年はさっきの事故以外、穏やかな大晦日だ。去年はお父さんに緊急招集がかかり、朔と二人だけで年を越した。今年は朔だけでなく、お父さんも香月も一緒に居れて嬉しい。
ゆく年くる年を見ながら、明日は初詣行こうかどうしようか話していると、お父さんがソファで寝ているのに気づいた。私の部屋から予備の毛布を持ってきてかける。病院でもこんな感じで仮眠しているのかと思うと、心配になった。
ゼロ時を過ぎ、皆で挨拶を交換する。
「朔、香月、今年もよろしくお願いします。たくさんバンドやろうね。」
朔も香月も「今年もよろしく。」と言って、甲斐先生にどんな曲をやらされるのかを予想し始めた。楓くんや由紀乃さんからも明けましておめでとうメッセージが来て、今年のバンド活動を想像してワクワクした。
CDTVを見ながら、この曲の歌詞はどうとか、コード進行がどうとか話していると二時近くになっていて、さすがに眠たくなる。
「咲樹、眠たい?部屋で寝たら?」
香月の優しい声を聞くとさらに眠気が襲ってくる。部屋に戻ってベッドに入るとすぐに眠った。
翌朝。目が覚めたのは八時過ぎだった。リビングに行くとみんなの姿はなかった。ダイニングに行くと、お父さんの書き置きがあった。オンコールが入ったらしい。
テレビをつけると、今日未明に、市内で火事があったと報道されていた。
顔を洗って支度を済ませ、キッチンに立つ。お正月の朝は雑煮だ。汁を作っていると朔が起きてきた。
「おはよ。俺、餅三個ね。」
ほぼ餅じゃん、とか言いながら準備する。香月は?と聞くと、起こしてきて、と言われる。
朔はあけおめメッセージの返信が忙しいらしい。ほとんど女の子なんだろうな。
朔の部屋に入るとすやすや眠っている香月の姿があった。寝顔を間近で見てみる。
無防備でかわいい。カーテンを開けて光を入れると、ムクッと起き上がった。
「あれ、咲樹?おはよう。」
寝ぼけ眼でボーッとしている。顔を覗き込んで、「おはよう。お雑煮のお餅何個食べたい?」と聞くと三個と言った。朔と同じ数なのが面白くて笑ってしまう。
なかなか立ち上がらないので後ろからぎゅっとハグをして「早く起きて。」と耳元で囁くと、「はい。」と言って立ち上がった。
お雑煮を食べて、初詣に行く。おみくじを引いてみんなと見せ合う。
「俺、吉だった。香月は?」
「小吉。咲樹は?」
自分のを広げると、人生で初めての凶だった。
「ほんとにあるんだ・・・。なんだろ、凶って。」
各項目をしっかり読む。朔も香月も回し読みしていた。
『勉強 努力しなさい。恋愛 邪魔が入る。事故 遇いやすい。用心しなさい。』
恋愛のところが一番嫌だった。境内の紐にくくりつけて、なんともありませんように、と願った。
お正月は慌ただしく過ぎ、新学期が始まった。放課後、いつものように音楽室に向かう。朔が扉の前にいた。
「どうしたの?入らないの?」
私と一緒に入ってこいと言われたらしい。仕方ないので一緒に扉を開けると、クラッカーがなる。
「ハッピーバースデー!」
誕生日なの忘れてた!と、朔と顔を見合わせて笑う。由紀乃さんがケーキを作って持ってきてくれたのだ。クオリティが高い。
「ありがとうございます!十六歳になりました。」
朔がはしゃぐ。手作りのバースデーケーキは初めてだ。甲斐先生が何やらラッピングされた包みを差し出してくる。
「これ、バースデープレゼント!みんなに。」
みんなが「え、みんなに?」と言って、朔に早く中身を見るように促す。包みを開けると、甲斐先生セレクト曲およびKing Gnuのバンドスコアが入っていた。そして、一番後ろに『企画書』のコピーがくっついていた。
『企画書:我が校の広報及び収益活動について』
先生に説明を求める。先生はかしこまって咳払いをし、説明を始める。
「先日、我が校の公式動画チャンネルの登録者数は一万人を越えました。それも、今まで百人ぐらいだったのが、この前の文化祭以降で急に増え、試聴回数が多いのは我が軽音楽部がアップした動画であることがわかりました。」
先生はプロジェクターにパソコンを繋ぎ、動画サイトを映す。
「そこで、『演奏してみた』動画をシリーズ化する話が出ました。たくさんの人が、こういう類いの動画をアップしていますので、クオリティは求められます。ですが、この前の『クリスマスソング』はかなりの試聴回数です。
我々の演奏にクオリティが認められているという証明です。」
本題までが長い。みんなが『で?』という顔をする。
「軽音楽部に課せられたノルマは、週に一本以上は動画をアップ。」
当然、みんなからブーイングが出る。しかし甲斐先生ははねのける。
「何事も結果は出さなければいけないのだよ。これは、人生のための修行だ!」
出た、熱血。こうなったら何を言っても駄々をこねるため、みんなは渋々承諾した。
バンドスコアを配られ、どの曲から進めるか会議を行う。そんな時間もけっこう楽しかった。
最終下校時間になり、皆で帰宅する。駅で楓くんたちと別れると、香月が「今日、泊まりに行っても良い?」と朔に聞いていた。朔がオッケーすると、香月が「今日の夜ご飯、俺に作らさせて。」と言ってきたので、もちろんオッケーした。
食材を買い、家につく。香月はしっかりエプロンを持ってきていて、制服のまま料理に取りかかった。出来るまで近寄るなと言われ、朔とさっきもらった曲の練習をしていると、思ったより早く「出来たよー。」と呼ばれた。
ダイニングを見ると、ドレス・ド・オムライスが並んでいた。しかもてっぺんにローソクが立てられている。朔が感動して写真を撮りまくる。
「すごい!得意料理って言ってたもんね。すっごい嬉しい。」
本当は抱きつきたいけど、朔がいる手前、我慢する。三人で食卓を囲み、本格的な味のオムライスを食べた。
食べ終わると、プレゼントもくれた。朔には防犯ブザー(?)、私にはハンドクリームのちょっと良いやつだ。
「先月はクリスマスプレゼントももらったのに、大変じゃなかった?」と聞くと、お姉さんから請け負ったバイトをしたらしい。朔のプレゼントがなんで防犯ブザーなのかは教えてくれなかった。
お風呂は一番先に朔が入ることになり、少しの間二人っきりになる。出していたギターを構えると、この前香月が少しだけ歌った『スノースマイル』を弾き語りした。
「あのときから気になって、練習しちゃった。」
香月が座っている距離を詰める。左手で頬を撫でられてドキドキする。
「咲樹。いくつになっても、俺の気持ちは変わらないから。」
真剣に見つめられて、顔が近づいてくる。キスの予感に、心臓の音がうるさい。
唇が触れたと同時に、バスルームの扉が開く音が聞こえて、名残惜しくも距離を戻した。こんなにストレートに気持ちを伝えてくれるようになるなんて、初期の香月からは想像がつかない。
「あーぁ、良いところだったのに。」
「え?朔が出てこなかったらどうしてたの?」
香月の熱のこもった視線が刺さる。
「想像しちゃうじゃん。ダメダメ、受験が終わるまでは我慢!」
香月は一生懸命大事にしてくれている。こんなに幸せで良いのかな、なんて思ってしまう誕生日の夜だった。
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