第2話「果たしていない約束」

 ルビィとのお茶会。

 改めてそう宣言されるのは新鮮だけれど、やっていないのかと言われるとそうでもない。

 互いの近況報告も兼ねた談笑の傍らには、いつも茶菓子が用意されていた。

 あれもお茶会と呼んで何ら差し支えない。


 では何故、今回ルビィはわざわざ開くことを宣言したのかと言うと――。


「今回は……私が段取りをします!」

「おお……!」


 決意のこもったルビィの眼差し。

 その姿に後光が差したように錯覚し、その眩しさに私は思わず手で顔を覆った。


 最近のルビィは厨房の手伝いを積極的にしていた。

 下ごしらえだけじゃなく配膳など、徐々にその範囲を広げている。

 ルトンジェラでの調理補助経験がこの子の琴線に触れたようだ。

 一度は挫折した調理系の仕事に再挑戦しようとしていることも知っている。


 今回のお茶会は、きっと自分の実力を試すためのものなんだろう。


(ちょっとヒヤヒヤしたけれど、ルトンジェラでの経験はしっかりとルビィに根付いているのね)


 ……そう考えると、見守っていた甲斐があるというものだ。


「誘いたい方はいますか?」


 ルビィにそう尋ねられ、私は顎に手を当てる。


 仕事柄、出会う人は多い。

 けれどお茶会に招待したくなるほど親しい人物となるとかなり限定されてしまう。


 結局、私の頭にはいつものメンバーが浮かんでいた。


(ベティは前々回、エキドナは前回誘ったばかり。マリア……は、来るわけないわね。となると……)


 消去法で消えていく中、一人の少女が残った。


 ユーフェア。最年少の聖女。

 念話紙でよく話はするけれど、顔を合わせることは年に数度しかない。


(そういえば前に誘ったっきりでそのままになっていたわ)


 あの時はユーフェアも忙しかったのか、「考えておく」という返事をもらっただけ。

 宙ぶらりんになっている約束をいま、果たすときが来たのかもしれない。


 ルビィにその旨を伝えると、笑顔で歓迎してくれた。


「お姉様とメイザ、ユーフェアちゃん、それから私。四人でお茶会ですね!」

「楽しみね」


 ルビィが入れてくれたお茶は、通常のものと比べて味が三百%ほどアップする。

 表情の乏しいユーフェアだけど、飲めばきっと驚くに違いない。


「お誘いは私から入れておくわ」

「はい、お願いします」



 ▼


 ルビィが自室から出てから、私は机の引き出しを開けた。


「えーと……念話紙は……あったあった」


 折り重なった書類の束を避け、目的のモノを発見する。


 念話紙。

 材料費が高い、複数回使えない、効果時間が三分しかない、魔力の干渉で声が届かなくなる……などなど、欠点を数えるとキリのない代物だ。

 ベティという特異な存在のおかげで、魔力を捕捉できないと無駄になってしまうという新たな欠点も発見された。


 一般に普及するにはまだまだ課題の多いものだけど、こういう時はやっぱり便利だ。


『どうしたのクリスタ』


 念話紙に魔力を通すと、独特のノイズを交えたユーフェアの声がした。


「ユーフェア? 久しぶりね」

『何か困りごと?』


 私がユーフェアに連絡を取るとき、彼女の能力を頼る場面が多い。

 唯一無二の力を持つが故の弊害だ。

 頼りすぎないように――と思っても、ついつい甘えてしまうのは私の悪い癖だ。


「今日は違うわ」

『……?』

「前にお茶会に誘ったこと、覚えてる?」

『うん。忘れてないよ』

「そのお誘いを改めてするために連絡したの。予定が空いていればだけれど」

『どこでやるの?』

「私の実家よ」

『てことは……妹もいるの』


 急にユーフェアの声が低くなった気がする。

 ノイズの影響だろうか。

 念話紙が捉える魔力次第では、今みたいに音の聞こえ方が急に変わったりすることは珍しいことじゃない。

 なので、私は特に気にしなかった。


「ええ、もちろん」

『……そう』

「久しぶりにユーフェアに会いたいし、どうかしら」

『……分かった。いく』


 しばらくの沈黙を挟んで、ユーフェアは了承してくれた。


「ありがとう。詳しい話は追ってするわね」

『うん』


 ちょうど三分が経過し、念話紙の効果が終了した。


「楽しみね」



 ▼


 あっという間に翌週となり、お茶会の日となった。

 空は快晴。

 適度と言うに相応しい外気温。

 絶好のお茶会日和だ。


 そんな日に。


 ――ルビィが、熱を出した。

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