第3話「中止」

「ルビィ、寝てなくちゃダメよ」

「けど、お茶会が……!」


 私は無理に起きようとするルビィの肩に手を置いてやんわりと押さえる。

 赤ら顔のルビィは精一杯の声で、私の目を見つめてくる。


「もう治りました!」

「嘘おっしゃい」

「ほ、本当です!」

「……メイザ」


 私が名前を呼ぶと、どこからともなくメイザが現れルビィの額に手を置いた。


「――体温計を使うまでもありませんね。高熱です」

「お姉様、ヒールをかけてください!」

「風邪には効果がないのよ」

「【疲労鈍化】すれば平気になるんですよね!?」

「ごめんなさい、あれは自分にしかかけられないの」


 【疲労鈍化】は私専用の技だ。

 いずれ誰でも使える魔法にするつもりではあるけど、今のところその目処は立っていない。


「お姉様、今週にはもう出て行かれるんですよね?」

「ええ」


 書類仕事はともかく、王都に行く日程はズラせない。

 ルビィの病気が大陸中央に生える薬草を煎じて飲まさなければ治らない――なんていう特殊なものならもちろんこっちを優先するけれど、今回はただの風邪だ。

 私がいてもいなくても、数日すれば治る。


「今回は仕方ないわ。また次の機会にしましょう」

「うう……ユーフェアちゃんに謝らないと……」

「私の方から謝っておくから。ルビィはしっかりと寝ること。いいわね?」

「……はい」

「良い子ね」


 頭をひと撫ですると、ルビィは目を閉じて寝息を立て始めた。


「メイザ。後はお願いね」

「お任せください」


 私ができることはもうない。

 ユーフェアに断りの連絡を入れなくちゃ。


「……」

「……」


「……」

「クリスタ様?」

「うぅ……ルビィ」


 心配だ。

 とてもとても心配だ。

 本当なら、王都に行く予定も全部後回しにしたい。

 完治するまで二十四時間、手を握りながら付きっきりで看病したい。


 けれどそれはルビィのためにならない。


(ダメダメ。この子はもう大人なんだから)


 過度な庇護は本人のためにならない。

 適度に見守るくらいの距離感が大事なのだ。


 ルビィはいま、独り立ちしようと色々なことを頑張っている。

 私が予定を放り出して看病することは、遠回しに自立を邪魔する行為に他ならない。

 それは私の姉道に反するのだ。


 ――と言いつつ、私の足は根を張っているように動こうとしてくれない。

 こんなときは、強制的に離れるしかない。


「……メイザ」

「はい」

「私を部屋まで運んでくれる?」

「かしこまりました。では失礼して――」


 私を背後から掴み、ずるずると引きずるメイザ。

 背格好の割に力があるとはいえ、さすがに持ち上げられるほどじゃない。

 私、けっこう重いし。


「うぅ……ルビィ……!」


 後ろ髪を引かれまくりながら、私はルビィの部屋を後にした。


 ▼


 メイザの力を借り、どうにか自室へ戻ることに成功した。


「ユーフェアに連絡しなくちゃ」


 すべきことを思い出し、懐からユーフェア用の念話紙を取り出す。


「危ないことがあったらすぐ報せるから。絶対出られるようにしてて」


 と、常に携帯しておくように念押しされている。

 他の聖女にそういう連絡はしていないようで、どうして私だけなのかと聞いてみたことがある。


「クリスタは危ない星の下に生まれてるから」


 らしい。

 ……まあ、マリアの折檻とか、危ないと言えば危ないのかもしれない。


『クリスタ? どうしたの』


 念話紙に魔力を通すと、ユーフェア――と、彼女以外の声も聞こえてきた。


『お久しぶりッス、先輩』

「ベティ? ユーフェアのところにいるのね」

『はい。ちょっと野暮用であちこち飛び回っているところを運悪く掴まったッス』


 エレオノーラ家に移動するために呼んでおいたんだろう。

 ……そういえば、ベティがいないときの移動方法を全然考えていなかった。


『ベティどいて。念話紙は効果時間が短いんだから』

『はいはい。すまないッスねぇ』


 念話紙の向こうで、ユーフェアがベティを押し退ける声がする。


『ちょっと支度に手間取ってて。けど時間にはちゃんと間に合わせるから』

「そのことなんだけどね。少し問題があって――」


 私は、お茶会の中止を告げた。


『――そう。妹が熱を出したんだ』

「ごめんなさいねユーフェア。後日、改めて招待を――」

『いい』

「え?」


 ユーフェアはいつも通り、抑揚のない返事をしてきた。

 年齢に似合わない冷静で、平坦で、ともすれば素っ気なく聞こえる声。


『クリスタはどうせ……ぐす……妹を優先するんでしょ?』

「ユーフェア? 泣いているの?」


 その声に、湿り気が混ざる。


『だったら、もう私を誘ったりしないでよッッ!』

「あっ」


 ぷつり。と音が切れ。

 それきり、念話紙からは何の音もしなくなった。


「ユーフェア……?」

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