逃げる後輩のシバき方(3)

 そこまで思い出して、同時に授業終了のチャイムが鳴る。


「であるからして赤福は……おっと、終わりか。よし、今日の授業はここまでだ。号令」


 その日本史教諭の言葉の後に、号令係の間延びした挨拶が続き授業は終了する。


 どうやら雑談の話題は、あの鮒ずしのくだりから和菓子にまで飛んでいたらしい。赤福の話は大変興味があるが、どちらかと言えば鮒ずしから赤福まで話が飛んだ経緯の方が気になった。


「信玄餅って東京から取り寄せられたっけか? さっきの話聞いてて急に食べたくなった」


 伸びをしながら近づいてくるのは我が友悠生。昨日俺が魔女に取りつかれていた間、連絡することをすっぽかして爆睡こいていた屈指の平和至上主義者に俺は問うた。


「……なんで信玄餅?」

「今日本史の授業の雑談で出てきたから。ほら、武田信玄のところ」


 ……どうやらさっきの雑談は鮒ずしと赤福の間に更に信玄餅が挟まっていたらしい。

 成程、浅井長政の城下町が近江で鮒ずし。武田信玄が文字通り信玄餅。その繋がりだったのか。


「さあ、信玄餅をわざわざ東京から取り寄せようとする人がいるとは……思うけど」


 信玄餅は関東圏から信州にかけてのサービスエリアでもよく見かける、日本で有名な銘菓の内の一つだ。その土地に住んでいない他県の住民にも一定以上のニーズはきっとあるだろう。


 気になった俺はスマホの検索エンジンを起動する。教えて、グーグル先生。


「…………六個入りで1,095円。どうなんだ? これ」


 よくよく考えると、そう言えばサービスエリアの信玄餅の相場を覚えていない。どれくらいの値段だっただろうか。


「さあ、これって高いのか? まあ、スーパーのきなこもちより高いのは確実だろうけど……」


 つまるところ、二人ともこの値段が高いのか安いのか判断できなかったのである。自信を持って俺が言えることは、スーパーのきなこもちが信玄餅の比較対象としては確実に間違っているということだけだ。

 甲府を代表する銘菓はそんじょそこらの安物菓子と比べるような代物ではない。


 そして気付けば、なんだかんだ言って悠生は自身のスマホで購入画面まで進んでいた。

 結局買うんだったら最初から値段を俺に聞く必要は無かったんじゃなかろうか。


「それにしても蘇雨、今日は一体どうしたんだ? 朝からなんか、終日心ここに在らず、と言った様子だけど。昨日なんかあったのか?」


 悠生がスマホから視線を俺の顔へとずらす。

 自然と空中で目が合うが、反射的にそれから俺も視線をずらす。

 

 その行動自体が明らかに挙動不審だということも俺は分かっているのだが、こればっかりはどうしても自分の意識でどうにかなるものではない。

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