逃げる後輩のシバき方(2)

 場所はJR経川駅北口の改札前。


 その女は中央線ユーザーなので、ここが別れる場所なのだろう、と言われずにもそう悟った。


「よし、じゃあ今日はここまでだね」


 数歩俺の先を歩く女は振り返り、駅の改札を背にして言う。その笑顔は未だ崩れることは無い。


 そして女は数歩歩き、そこに立つ俺に近づいてくる。


 一体何を言われるのだろう。

 魔性の女によって洗脳済みだった一般男子高生の俺は、きっと何かしらの良い言葉を掛けられると思ってその言葉を待った。

 

 よく考えれば、その行為は浅はかで何より馬鹿馬鹿しい。俺とこの女は出会って一日も経っていないというのに。

 ……でも、正直誰だって期待してしまうだろう? そんなシチュエーションなら、告白とか。健全な男子高生なら。


 まあ、こんなことを言うくらいだから現実はそんなに甘くなかった。


 別れ際、午後9時を時計の針が示す数秒前。


「今日、そして一昨日見たことは今ここで忘れること。いい? そして今後一切私に関わるな。オーケー?」


 ……めっちゃ至近距離で、真顔で言われた。


 経川は人が多いから、その喧騒に飲まれておそらく周りの誰にも聞こえていないのだろうが、その時俺は凄まじい迫力での脅迫を受けていた。

 

 そして思い出した。俺は今日、この女に口封じに付き合わされていたのだ、と。


 有無を言わさぬその威圧感は俺から言葉を奪い、そして女は俺から離れたかと思えばすぐに笑顔を取り繕い、「じゃあね」と言ってJR線の改札へと走って行った。


 数秒呆然と立ち尽くす俺。怒りなどの負の感情は湧いてこない。というより、むしろ無の境地に近かった。


 そして、俺は腕時計を見る。


「9時、か……」


 丁度長針、秒針共に一番上を指していた。


「……帰ろ」


 俺はゆっくりと多摩モノレールの駅へと向かう。


 早帰りのシンデレラは、もう既に俺の視界内から消え去っていた

 ……誰がシンデレラだよ。

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