第42話 再び ライバル?
何か無理に自分に言い聞かせるようにさやかは言うと、グローブを投げ捨てようと手を大きく振り上げたが、なぜかその手は振り下ろされなかった。
「野球なんて、野球なんて・・・。」
さやかの目は涙でいっぱいになっていた。
「さやかちゃん・・・。」
西川はそんなさやかを見てつぶやいた後、気を取り直してもういち度大きな声を掛けた。
「さやかちゃん行くよ。」
山なりのボールをさやかに向かって投げると、そのボールはコロコロと転がっていっきいき、さやかの足元で止まった。さやかはしばらくジーっとそのボールを見つめて動かないでいた。
「さやかちゃん。また野球やってよ。俺いち度も見たことないから、さやかちゃんのユニフォーム姿見てみたいんだよ。さやかちゃんは小さい頃、俺が野球やってるの一生懸命応援してくれたよね、だから今度は俺に応援させてよ。」
西川は必死に言っていたが、その言葉を聞いてもさやかはまだボールを見つめて動かないでいた。
(だめだ。俺なんかが言ってもさやかちゃんの心は動かせない・・・。)
諦めかけて西川がさやかの方に進もうとしたとき、いきなりさやかは足元のボールを拾うと西川の方を見て、ふりかぶり足を大きく上げ腕を力強く振ってそのボールを投げ返した。
「パーン!」
西川のグローブはいい音を鳴らして、その力強いボールを受け止めていた。
「ナ、ナイスボール!」
西川はさやかに大きな声を掛けた後、手に痛みを感じ大きな声をあげた。
「痛ってえ!」
グローブから手を出し、ぶらぶらと大げさに手をふりながら顔をしかめていたが、すぐに、この前のコンビニ強盗の時のことが頭をよぎり、慌ててさやかに駆け寄っていった。
「さやかちゃん、大丈夫? ひじは?」
「大丈夫・・・。」
さやかはひと言だけ言うと、そのあとは何も言葉を発しなかった。
「ごめん。ごめん。また無理させちゃったね。京子さん心配するからもう帰ろう。」
西川が早口で言い、何か情けない顔をしてたが、さやかはその場にとどまり動かないでいた。
「コウちゃん、今のボールどうだった?」
突然さやかは西川に聞いた。
「ナイスボールだよ。すごくいいボールだったよ。」
西川は声を上ずらせながら答えると、急いでさやかのすぐそばまで足を運んだ。
「わたしまた野球できるのかな? ピッチャーできるのかな? 」
目の前まで来ていた西川にさやかが聞くと、優しい眼差しで返した。
「それは、さやかちゃん次第だね。さやかちゃんが自分で決めるんだよ。」
するとさやかは落ち着いた表情をしてゆっくりと無言で首を縦に振っていた。
「遅くなってしまい申し訳ありませんでした。」
西川が京子に謝っていた。道路の渋滞もあり、西川が考えていた帰宅時間を大幅に過ぎてしまい、京子も仕事を終えて自宅に戻っていた。
「大丈夫よ。さやかだってもう子供じゃないんだから。ねえさやか。」
ふたりの顔を見て言っていた京子の言葉でふたりは同時に顔を真っ赤にさせ、それぞれ遠くの方に目線を向けてしまっていたが、それを見た京子はふたりの顔を覗き込むように見回しながら笑っていた。
「それではおやすみなさい。」
西川が慌てて挨拶すると、京子はきょとんとした顔で答えていた。
「コウちゃん何言ってるのよ、ご飯食べて行きなさいよ。ふたりともまだ食べてないんでしょ。」
西川は少しためらっていると、京子が早口で続けた。
「もう、私今日そのつもりで半休取ってきたんだから、私も急に言ったもんだから散々課長からは嫌味言われたけど、部長は理解あるから甘えちゃったのよ。だからもう用意しちゃったから、食べてってよ。ねえさやかもそう思うでしょ?」
京子はさやかに振ると、さやかは嬉しそうな表情を浮かべていた。
「うん、そうしなよコウちゃん。せっかくママも用意してくれたんだから。」
「・・・それではご馳走になります。」
西川は少し考えたようだが素直に頭を下げていた。
「じゃあ決まりね。さあふたりとも上がって手洗ってきなさいね。」
京子の決まり文句を言った後、家に入ろうとしていたが急に立ち止まりふたりの顔を見て言っていた。
「あっ、でもふたりのおのろけ話聞かされて、私がご馳走様って言っちゃうかもね。ははは。」
そして笑いながら今度こそ家の中に入って行った。
家の前に残されたふたりは顔を見合わせて、赤くなったお互いの顔を見ていた。
「どうだったの? 初デートは?」
少し茶化しながら京子が聞くと、すぐにさやかが反応した。
「違うって! デートじゃないよ。お出掛けしただけだよ。ねえコウちゃん。」
ふられた西川はまたまた顔を赤くして、真面目な顔で答えていた。
「そうですお出掛けです。朝も言いましたがお出かけです。」
「でも、お出掛けとデートって何が違うのかしら? さやか、どう思う?」
再び京子が箸を口に運びながらさやかに向かって聞いたが、その質問にさやかはうまく答えられずに口ごもってしまっていた。
「それは・・・。コウちゃん違うよね。」
そして西川にいきなり振っていたのだが、西川は口いっぱいにご飯をほおばり、口がきけないようにして誤魔化していた。
「まあ、どちらでもいいんだけど。」
京子がその話を終わらせようとしたので、西川もさやかも少し安堵していた。
「ところでキス位したの?」
再び京子はそんなことを真顔で聞いてきたものだから、西川は顔を真っ赤にして下を向いてしまったものだから、それを見てさやかが声を上げた。
「もうママ変なこと言わないで、コウちゃんだって顔真っ赤にして驚いてるでしょ。ねえコウちゃん・・・。 えっ!」
さやかは何か様子のおかしい西川の顔を見て、何かに気付いたようだ。
「これは違う。コウちゃん大丈夫。ママ水、水。」
西川はさっき口いっぱいにほおばっていたご飯をのどに詰まらせてしまい、顔を真っ赤にさせていたのだ。
「コウちゃん、お水よ、ほら飲んで!」
京子は持ってきた水の入ったコップを西川の口元に持っていくと、慌てながら西川は水を口に少しずつ入れ、少し落ち着くと残りの水を一気に飲み干した。
「ハー、ハー、ハー。あー死ぬかと思いましたよ。」
「もう、ママやめてよ。コウちゃん可愛そうでしょ!」
「ごめんなさい。」
京子は素直にふたりに頭を下げていた。
「コウちゃんさっきはごめんなさいね。もう大丈夫?」
京子が玄関先で帰宅する西川に向かて声を掛けていた。
「はい、もう大丈夫です。京子さん気にしないでください。」
「よかった。じゃあ、おやすみなさい。ほら、さやかもお礼言いなさい。」
京子にうながされ後ろにいたさやかは一歩前に出た。
「今日はありがとう。おやすみなさい。」
「こちらこそ。」
西川も笑顔で答えると、ゆっくりと車に乗り込み改めて京子に挨拶していた。
「ごちそうさまでした。では失礼します。」
西川は車頭を下げた後を出した。
さやかは西川の車が見えなくなってもボーッとして手を振り続けていた。
「コウちゃんって本当にいい人ね。さやか、誰かに取られないように気をつけなくちゃね。」
それを見ていた京子がさやかの背中を”ポン”と叩いて家の中へ向かって行ってしまった。
「えっ? 誰かに取られる?」
さやかはつぶやくと、何故か頭の中に園子の顔が浮かんできていた。
(「多分さやかのライバルになっちゃうと思うんだけど」・・・。)
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