第41話 野球なんて
「コウちゃん、これ可愛い? どう?」
さやかは洋服を自分に合わせて、西川に見せながらポーズをとっていると、なんとなくの笑顔で西川は答えていた。ふたりはしばらくドライブを楽しんだ後、海沿いのショッピングモールに入っていた。
「うん、可愛いよ。」
「じゃあ、これは?」
「うん、可愛いよ。」
何度も同じ表情で西川は答えると、さやかはすねたように口をとがらせていた。
「もうコウちゃん、どれでも可愛いって言うんだから、ちゃんと見てくれてる?」
そう言うとさやかは、またすぐに違う服を選んで西川に見せていたが、西川はさすがに限界だったのようで困った表情を見せていた。
「だって俺どういうのが可愛いのかわからないよ。今どきの女子高校の可愛いのとか。」
「もう、別にコウちゃんが可愛いと思ったのでいいんだから、ちゃんと見てよ。」
口を尖らせたままさやかは最初に合わせた服を手に取り、再び合わせてポーズを取り始めていた。
「はい最初から、コウちゃんちゃんと見て感想言ってね。」
(絶対に無理、全然わからない。こんなことになるなら、あのふたりに今どきの女子高校生の好みとか聞いとけばよかった。)
西川の言うあのふたりとは間違いなく園子と明日香のことで、何故かあのふたりには色々なことを聞けるような感じがしていたようで、簡単に言えば免疫がついていたようだった。
その後ふたりは、恋人のように海の見えるお洒落なカフェでで食事をしたり、再びショッピングをしたり、ゲームセンターで子供のようにはしゃいだりして楽しい時間を過ごしていた。そして夕方になりふたりは車に戻ってきていた。
「さやかちゃん、そろそろ帰ろうか。」
さやかは今まではしゃいでいたのが噓のように黙ってしまっていたので、西川は心配になり声を掛けようとしたとき、急に大きな声を出してきた。
「まだ帰りたくない!」
西川はさやかの方を向いてゆっくりうなずいた。
「じゃあ、俺の行きたいところでいいかな?」
西川が車のエンジンをかけると、さやかは黙ったままうなずいていた。
「どこへ行くの?」
しばらくしてさやかは聞いてきたが、西川はその問いには答えず、前を向いたまま無言でいた。
反応しない西川をみて、少しすねたようにさやかは運転席に背を向けるようにして窓の外を眺めていると、水平線の上にきれいな夕陽が見えた。
「きれい・・・。」
小さくつぶやき、しばらくその夕陽を何も考えずにボーっと眺めていたが、いつの間にかうとうとしてさやかは眠ってしまっっていた。
「さやかちゃん、着いたよ。さやかちゃん。」
(うーん、あれ? わたし寝ちゃったんだ。ここはどこなんだろう?)
窓の外を見ると、そこには少し前に車の助手席で見ていた夕陽に染まったオレンジ色の空と、わずかに青さを残した大きな海が広がっていた。
もう秋も深まっていて人影はほとんどなく波の音だけが聞こえてていた。それがなんだかとても心地よい音に感じられ、ふたりはしばらく車の窓を開けその波音を聞いていた。
「バタン」
西川が車を降り少し大きめのバッグを後部座席から持ち出し、砂浜に向かって歩いて行くと、慌ててさやかも車を降りて西川の背中を追いかけた。
「待って、ちょっと。コウちゃん待って!」
少し歩いてふたりは砂浜にあった流木に腰かけ、ここでも静かな波音を聞いていたが、しばらくして西川が口を開いた。
「さやかちゃん。色々ごめんね。」
西川はさやかの方に顔を向け言っていたが、さやかはその言葉の意味が分からなかった。
(なんで謝るんだろう?)
「どうして謝るの? 何も悪いことしてないじゃん。それとも何かしたの?」
さやかは少し笑みを浮かべていると、西川は少し間を取って立ち上がった。
「いや。本当にごめんだよ。こんな俺のことを好きでいてくれたなんて・・・。」
「こんな俺じゃないって何回も言ってるでしょ。私は単純にコウちゃんのことが好きなだけだから。だからそんな風に言わなでよ。もう、何回言わせるの!」
さやかは怒った様なあきれた様な感じで言うと、西川は笑い出した。
「そうだったね。ははは。」
すると西川は表情を変え真剣な顔をして見せた。
「そうなんだよ。俺も今のままじゃダメなんだ、変わらなきゃって、さやかちゃんに再会して何度も会ってるうちにそう思うようになって・・・。」
西川は海に向かって2,3歩歩進んで行った。
「違うって、コウちゃんは今でも素敵だよ。だって・・・」
そのさやかの言葉を、西川が遮るように言った。
「さやかちゃん、俺変わろうと思うんだ。いや思うじゃなくて、変わらなきゃいけないんだ。だって今の俺じゃ、とてもさやかちゃんの気持ちには・・・。」
さやかは座ったまま黙って西川の言葉を聞いていた。
「まだ人生諦めるには早いかなってことだよ。だからさやかちゃんも諦めないでよ。」
最初自分のことを話していた西川が、急にさやかの話をし始めた。
「えっ、?」
さやかは不思議そうな顔をしていたが西川は続けた。
「本当はバイトじゃなくて他にやりたいことあるんじゃない。」
西川は座っているさやかの元に戻り、持ってきていたバッグから何かを取り出し、そのひとつをさやかに渡した。そして走ってさやかから離れて行ってしまった。
さやかの手には新品のグローブがあった。西川は少し走ったところで振り返り、それをはめるようさやかに向かってジェスチャーを送ってきていたが、さやかは戸惑っているようで動かないでいた。
「さやかちゃん! 俺もケガして野球できなくなったけど野球が好きなんだ。大好きなんだ。だって優紀さんが愛していた野球だから。さやかちゃんは野球のこと嫌いになっちゃったの?」
叫んでいる西川の言葉を聞いて、さやかは顔を上げゆっくりと立ち上がった。
「野球なんて大嫌い・・・、本当に大嫌い! 嫌い・・・。」
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