第40話 あっ、危ない!
リビングにはさやかの支度が終わるのを落ち着かない様子で待っている西川の姿があった。
「コウちゃんごめんね、私も会社行く準備があるから、とりあえずこれでも飲んで待ってってね。」
忙しそうにしながらも京子はコーヒーを運んできてくれていた。
「京子さんお構いなく、朝のお忙しい時間に押し掛けてしまって、申し訳ございませんでした。どうぞお構いなく支度をしてください。」
「コウちゃん気にしないで、支度と言っても今日は少し遅い出勤だからいつもよりはずいぶん余裕あるのよ、それにさやかも学校休みだし、あの子の朝なんてもう嵐のようよ。それが無いだけでもずいぶん気も楽だしね。」
京子は笑って西川の方を見ていた。
「いただきます。」
西川はコーヒーカップを右手でソーサーを左手で持ち上げると、かなり大きな音をたてていた。
「カタカタカタカタ。」
リビングから出て行こうとしていた京子は、その音に気付き西川の方を振り返り、笑いながら西川に近いて行き声を掛けた。
「なんか今日のコウちゃん見てると、パパがうちの両親に結婚の挨拶しに来たときのこと思い出しちゃったわ。パパも私の両親を前にして相当緊張してたみたいで、そうやってコーヒー飲もうとしたとき、カップをカタカタ鳴らすくらい手が震えてたのよ。今のコウちゃんそっくりね。」
懐かしそうな顔をして京子が言っていた。
「そんなことありませんよ。そんな結婚の挨拶なんて、変なこと言わないで下さいよ。まいったなー。ははは。」
西川は強がってみせていたが、自分の手に目をやると確かに手がプルプル震え、さっき京子が言っていたようにコーヒーカップがソーサーに当たってカタカタ音をたてていた。
西川は慌ててコーヒーをテーブルの上に置いた。
「いやー、京子さん私はそんなつもりで今日来たわけではないですから。」
(そんなつもりって、どんなつもりだよ。)
「はい、はい、お誘いですよね”今日は”ね。”今日は”。」
京子は”今日は”をかなり強調して言うとリビングから出て行ってしまった。
(あー、焦ったな。何で手が震えてるんだ。しっかりしろ俺!)
西川は自分自身に喝を入れていると、さやかが準備を終えリビングに姿を現した。
「コウちゃんおはよう。」
(あれ? 京子さんにあんなこと言われたからなんかドキドキしてきた。それにいつもに増して、今日のさやかちゃんなんかすごく可愛いな。)
またまた変なことを考えてしまい勝手に自爆して再びコーヒーカップに手を伸ばすが手の震えはおさまってはいなかった。
さやかはそんな西川の姿をキョトンとした顔をして見ていた。
「朝から急に押しかけてしまい、申し訳ございませんでした。安全運転で行ってまいります。」
西川が京子に言うと、京子も会釈しながら言葉を返していた。
「はい、お願いしますね。私ももうすぐ仕事に出ちゃうから、ごゆっくりね。」
京子は助手席のさやかの元に駆け寄り小声でつぶやいた。
「頑張ってね。」
何か意味深な言葉を掛け、再び小走りに運転席側の西川の方へ戻っていった。
(頑張ってね。何を?・・・。)
さやかは京子の言った言葉を不思議に思いながら、笑顔で会話をしているふたりの姿を見ていた。
「あっ!」
急に小さく声を発して、京子の言った”頑張ってね。”の意味を理解した。
(ママは私の気持ち知ってるんだ・・・。わたしのコウちゃんに対する気持を。)
するとさやかは自然と笑顔になって京子の方を感謝の気持ちを込めて視線を送っていた。
「それでは行ってきます。」
「ママ行ってきます。」
「はい、ふたりとも気を付けてね。」
西川は会釈しながら車を出した。
車内では慣れないお出掛けのためか、ふたりとも緊張していたようで、どちらも口を開かず無言の時間が過ぎて行った。それでもしばらく走ると西川がこの状況を嫌いようやく助手席のさやかに声を掛けた。
「ごめんね、急に来ちゃって。迷惑だったかな?」
「全然、でも前もって言ってくれればよかったのに、急いでたから服とか適当に選んできちゃったよ。失敗したこれじゃなくて、もっと可愛いの選べばよかったよ。」
さやかは自分の服を見ながら少し残念そうな表情をして答えていた。
「そう? じゅうぶん可愛いと思うけど。」
運転している西川は前方を見たまま言っていると、すぐにさやかが反応した。
「嘘、コウちゃん全然見てないでしょ。」
さやかはすねたようにして西川から視線をそらして助手席の窓から外の景色に目をやっていた。
「だって運転してるんだから仕方ないでしょ。」
西川はまたも前を向いたまま答えていると、さやかはニヤッと笑い西川の方を向いた。
「ねえ、コウちゃん。」
急に西川に向かってさやかが呼びかけると、西川もちらっと横目でさやかの方を見た。するとさやかは急に西川の顔をもって自分の方を強引に向かせたままにしてしまった。
「あっ、危ない!」
西川は大きな声を出すと車は反対車線に飛び出し、あわやというところでさやかも驚いて西川の顔から手を離した。西川は必死にハンドルを戻すが、今度は歩道に向かって突っ込んで行き、自分に原因があるにもかかわらず、さやかも大きな悲鳴を上げてしまっていた。
「キャー!」
西川は必死に立て直そうとしていたが蛇行運転はなかなかおさまららず、しばらく格闘していると、運よく空き地がありそこに突っ込んで行き車は止まった。
「さやかちゃん!」
西川がさすがに大きな声を上げると、さやかはさすがに申し訳なさそうにしていた。
「ごめんなさい。」
「まあ無事だからいいか、よし気を取り直していこうか。」
一息ついて西川はわざと元気な声で言うと、それにかぶせるようにさやかが言っていた。
「コウちゃん、ちゃんと私の服ちゃんと見てよ。」
「えっ。今?」
そう言いながらも西川はさやかの服に目を移していたが、すでにリビングにさやかが出てきたときにしっかりその服装を見て、可愛いと思っていたので素直に言っていた。
「可愛いよ。でもさ、そんなに服装って大事なのかな?」
「当たり前じゃない、さっきも言ったけど、今日だってもっと時間かけて服選びたかったんだから、女の子の気持ちコウちゃんはわかってないねー。」
さやかは少し西川のことを見下したような言い方で言うと、西川はすねた言い方をして返した。
「はい、はい、私は女子高校生の気持ちなんてわかりませんからね。」
(そう言えば山上さんもそんなこと言ってたっけな。)
この前カラオケ店で明日香が言っていた言葉を思い出していた。西川はさやかが言っていたようにその辺のことに関しては相当うとい様であったが、年齢的には仕方ないのかもしれない。
「じゃあ行こうか。まずはどこ行く?」
気を取り直して西川が聞くと、さやかはしばらく考えてから答えていた。
「そうだな、じゃあカラオケは?」
(またカラオケか。カラオケはもうお腹いっぱいかな。)
再びこの前の悪夢?が脳裏によぎってしまっていた。実際は西川もそれなりに楽しんでいたようだったが・・・、そんな事さやかに言えるはずも無く誤魔化すように、西川は車内から空を見上げて言った。
「カラオケじゃもったいないよ、今日は天気もいいから、今日は屋外でどうかな?」
「いいよ。じゃあそうしよう。よし、行こう。」
さやかは笑顔で大きな声を出し、指を前方に向けていた。
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