第33話 その子

「はー、のどかわいちゃった。」

 明日香はカラオケ店の個室の大きなソファーに勢いよく座ってきて、テーブルの上に置かれていたジュースを飲みながら、大きな声で叫んでいた。

「カラオケ最高!」

 その姿を見ていた結月は少し呆れた感じで聞いていた。

「はい、はい、明日香次も歌っていいよ、で、次何歌う?」

「えっ、大丈夫だよ。もう入れてあるから。」

「えっ?」

 結月がテーブルの上にあるカラオケのリモコンを手に取り画面を見て驚いていた。

「ちょっと、明日香何曲入れてるのよ。もう自分の歌ばっかりじゃん。」

 結月が少し怒ったように言うと、明日香はストローをくわえたまま、とぼけた顔をして次の曲が始まるのを待っていた。曲のイントロが流れ始めると、テーブルの上に置いてあったマイクを掴んでソファーからはねるように飛び起きて勢いよく前に出て行った。



「あー楽しかった! やっぱりこういう時はカラオケに限るね。ねえ結月また行こうね。」

 明日香が満足した表情をして言っていた。

「はい、はい、明日香は本当にカラオケ好きだよねー。でもこのギャップある姿を後輩たちが知ったらどう思うだろうね。」

 結月が明日香の顔をのぞき込むようにしていたが、明日香は何故か夜空を見あげていた。

「だから、そういうところをしっかりフォローするのが副キャプテンの結月の仕事なんだから。その辺はしっかり、よろしくね。」

(それは何か違うような気がするけど、明日香は明日香で何か抱え込んでるんだろうな。それは多分・・・。でも私からは言えないなー。)

 結月にも思うところがあるようなのだがそれは口に出さずに夜空を見上げている明日香のことを見ていた。その後ふたりでたわいもないことを話しながら歩くと、それぞれの家に向かう分かれ道にさしかかった。

「結月今日はありがとね。結月のおかげでなんかまた元気出てきた。」

 明日香は笑顔をみせていた。

「良かったよ、明日香が元気になって。私も嬉しいよ。でも私のおかげじゃなくて、カラオケのおかげでしょ。」

 結月も笑顔になって答えていた。

「ははは、そうかもね。」

 明日香はいたずらっぽい表情をして舌を出していた。

「こいつ!」

 結月がおどけて見せると、明日香が急に真面目な顔をして言ってきた。

「私、誰にも言ってないんだけど、この前さやかのバイト先まで会いに行ってきたんだ。」

「えっ、本当に? で、さやかなんて言ってたの?」

 結月は驚いた顔をして何かを期待して聞いた。

「ダメだった。さやか全然話してくれなかったし、なんか私が行ってよけいこじらせちゃったみたいで・・・。」

 明日香は首を横に振って悲しい表情になってし答えると、結月も同じような表情を見せてうなずいてた。

「そうだったんだ・・・。」

「でもさ、そのお店の店長さんと話しすることができて、最近のさやかのことは色々聞けたんだけど、何で部活に戻ってこないのかはわからないんだよね。店長さんも言ってたんだけど怪我はもう治ってるみたいなんだよ。」

「そうなの。それなら、もう投げられるの?」

 結月は再び期待を込めて聞いていた。

「それはわからない。わからないけど、完治はしてるのは間違いないみたいなんだよ。」

 明日香は難しい顔をして言っていたが、結月は前向きに考えていたようだ。

「それならなおさら戻ってきてもらって、ピッチャーやってもらおうよ。」

「うーん、でもなかなか難しいみたいなんだよね。」

 明日香がそう言うので結月も再び落胆の表情を浮かべていた。

「そうなんだ・・・。」

「ねえ結月、”前田園子”って子知ってる。」

 急に名前を言われ結月はすぐには誰のことだかわからず考えていたが、しばらくすると何となくではあったが思い出したしたようだ。

「前田園子・・・? もしかして、さやかの幼馴染とか言ってた子?」

「そう、その子。」

 なんかダジャレのように明日香が言ってしまったのを聞いて結月は笑ってしまった。

「ぷっ、なにそれ明日香、その子なの園子なのどっち?」

「もう真面目に話してるのに・・・。」

 いたって真面目に話していた明日香は結月の反応を見てすねるような顔をしていた。

「ごめん、ごめん、でも、その前田園子って子がどうしたの?」

「別に大したことじゃないんだけど、その子は・・・」

 明日香は言いかけると結月が笑いをこらえてるような顔をしているのに気づいた。

「もう、だから、真面目に話してるんだから、知らないもう!」

 明日香は後ろを向いて完全にすねてしまったようだ。

「申し訳ない。ただ部活以外でそんな真面目な顔で話してる明日香を見てると、なんだかねえ。それにその子と園子もねー。」

 さすがにまずいと思い結月は、一応謝ったような言葉を掛けるが、明日香は後ろを向いたまま言っていた。

「そんなこと無い。絶対に無い。私はいつも真面目に話してるんだよ。もうその子でも園子でもどっちだっていいよ。」

 すると結月は明日香の肩に後ろから両手をのせ、顔を覗き込むようにして笑顔を見せつけてきた。

「ごめんねー。許して、今度はちゃんと聞くから、明日香ちゃん。」

「だから”その子”は、アルバイトもさやかといっしょにやってるんだって、珍しいでしょ、さやかにしては。でも幼馴染だからかなぁとも思うんだけどね。」

 振り返り気を取り直して明日香が言うと、結月も同じ思いを持っていたようだ。

「そうだね。さやかが誰かといっしょにアルバイトなんて、イメージ無いからね。」

「そうでしょ。だから、無駄かもしれないけど”その子”に会って話を聞いてみようかと思って。」

 そう言うと明日香はまた夜空を見上げて何かを考えていた。

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