第27話 あの時

 さやかを家まで送り届けて西川はあずまやの事務所に戻っていた。

「店長、店長。」

 木村がその姿を見かけて、大きな声で西川の事を呼んでいた。

「木村さんご苦労様です。警察の方は大丈夫でしたか?」

「警察には今コンビニの店長さんと前田さんが行っています。」

「そうですか。それじゃ私も警察に行かないといけませんね。」

 そう言っていち度自分の席に座りかけたが再び事務所から出ようとしていると、男がふたり西川たちのいた事務所に入って来た。

「いやー、お手柄でしたね! あの防犯ボールが当たって、犯人は逃走するのを諦めてすぐ交番に出頭してきましたから。事件はスピード解決でしたよ。本当にご協力ありがとうございました。」

 どうやら警察の人間のようで、そのうちのひとりが豪快に言っていた。

 木村が珍しく気を聞かせてお茶を運んできた。

「いや、私達はそのご報告に来ただけですから、これで失礼します。」

 足早に事務所を後にしようとする男達に西川が声を掛けた。

「すみません。」

「何か?」

 ふたりは足をとめ西川の方を振り返った。

「あのう、私はこの店の店長をしております西川浩二と申します。今回は色々とありがとうございました。ところで今、私共の従業員がふたり、まだ・・・」

 西川がそう言ったところで、

「いやー、お礼を言うのはこちらの方ですから、それと事情を聴かせていただいていたおふたりには、もう帰宅してもらいましたからご安心ください。ちゃんとパトカーでご自宅までお送りしましたから。では!」

 早口で男はそう言うと事務所から出て行ってしまった。

 西川は全身の力が抜け椅子にストンと座ってしまうと、木村は自分で運んできたお茶を飲んでいた。

「さすが警察の方ですね。店長の話最後まで聞かなくても、多分表情とか仕草で何を言いたいのかわかっちゃうんですね。」

 感心した様子でもうひとつのお茶を西川の前に置いた。

「ありがとう。」

 西川は冷めたお茶を一気に飲み干した。

「木村さん、私本社の方に電話しないといけないんで、その間に前田さんの家の住所調べて教えておいてもらえないかな、私これから行って謝ってくるから。お願いします。」

「えっ!これからですか?」

「当たり前ですよ、大事な娘さんを危険な目に合わせてしまったんですから!」

 西川は強い口調で言った。

「わかりました、すぐ調べます。」

 木村は書類庫の引き出しの鍵を出すため保管庫のキーロックを解除していた。


 西川は事務所で木村から園子の自宅の住所の書かれたメモを受け取ると、車に乗り込みエンジンをかけようとしたとき、ふとさっき事務所で木村の言った言葉が頭をよぎっていた。

(「最後まで聞かなくても、多分表情とか仕草で何を言いたいのかわかっちゃうんですね」 最後まで・・・、最後まで・・・、そうか! さやかちゃんが黙ってしまったのは。俺の言葉を聞いて、そして俺の表情を見て、何かに気づいて・・・、だから黙っちゃったんだ。きっと俺に何か言いたかったはずだ。でも俺に気を使って・・・、俺はなんて鈍感なんだ。)

 西川は自分を責めていると、木村が走ってきて車のドアをたたいてきた。それに気づいて西川がすぐに車の窓を開けた。

「はー、はー、店長はこのままお帰り下さい。あとは私と榊さんでやっときますから。」

 息を切らしながら急に頼もしく感じるような言葉を木村は西川に言ってきた。

「それじゃお願いしようかな。じゃあ後頼みましたよ。」

 西川は車を出すと、木村は西川を見送った後疑問が湧いてきていた。

「あれ? そう言えばコンビニの店長は家に帰っちゃたんだ。うちの店長とは大違いだな。」



 園子の家でも、さやかを送り届けた時に京子に話したことと同じ内容をひと通り説明しお詫びをして、今ようやくと西川は自宅に帰ってきていた。西川に非があったとは思えないが、園子の親御さんはかなりご立腹で、西川はコッテリ絞られてき帰宅していた。

(絶対京子さんも怒ってたよな、でもそんな素振りはみせなかったな。

 それにしてもさやかちゃんが野球をしていて、今はひじのけがで野球から遠ざかってるなんて・・・、誰かに似てるな・・・。)

 西川はビール片手に考えていた。

 今日あったこと、さやかのこと、自分のこと、そしてあの夏の日のこと・・・。 

   ・

   ・ 

   ・

「浩二、打たせていけ。俺たちがしっかり守るから。」

「はい、優紀さん。お願いします。」

(よし、何とかこのピンチをしのいで・・・)

 西川はは大粒の汗を流しながらセットポジションに入り、足を上げ全力でストレートを投げ込んだ。

「ゴン」

 鈍い音を発し、打球はサードの優紀のもとに飛んだ。

 優紀は華麗にゴロをさばいて一塁へ送球した。

「アウト。」

 優紀はマウンド横を通ってベンチへ戻ろうとしたとき、

「うーっ」

 ううめき声が聞こえ、その声の方に顔を向けると、ひじをおさえて膝をついている姿の西川が目に入った。

「どうした。浩二。浩二!」

「優紀さん、ひじが・・・」

   ・ 

   ・

   ・

「はっ!」

 大汗をかいて西川は目覚めた。

(俺、眠ってしまっていたんだ。それにしても熱いなあ。もう10月だってのに・・・。)

 西川は風を入れて涼もうと部屋の窓の前まで来たとき、机の上の写真盾を手に取った。

 そこには浩二と優紀、そして小さい頃のさやかが笑顔で写っていた。

「さやかちゃんには俺と同じ風にはなってほしくないな。」

 西川は写真に写っている子供の頃のさやかに向かってつぶやいていた。

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