第23話 噂

「店長ここいいですか。」

 木村が西川の返事も聞かずに向かいの席に腰掛けた。

「どうぞ、お疲れ様です。 」

 西川は飲んでいた缶コーヒーをテーブルに置いて答えていた。

「今日も暇ですね。お客様少なくて。今日も早く帰れそうですね。」

 何か呑気な感じで木村は言っていたのだが、さすがにその木村の発言は社員としてどうなのかと思い西川は尋ねた。

「木村さん。今日の売り上げ確認しましたか?」

「えっ、売り上げですか? 確かお昼の時点で・・・。」

 木村は天井を見るようにして考えていたのだが、それ以上言葉が続かず困った感じでいたのを西川は見て、すこしきつめに注意するような感じで言った。

「木村さんもう4時ですよ。お昼ってどうなんですかね。」

「すぐ確認してきます。」

 木村は急いで席を立とうとしていたのだが、西川は店長として大人の対応をしていた。

「いいですよ。今更急いでも仕方ありませんから。休憩終わったらしっかり確認して、これからのピークに対して手を打って下さい。」 

(全く何考えて仕事してるのやら。もう少し仕事に対して興味持ってもらわないといけないな。)

「すみません。戻ったら必ず確認しますから。」

 木村は持って来ていたペットボトルのジュースをゆっくりと一口飲んでいた。

(はー、疲れる・・・。)


 その後ふたりは大した会話も無く休憩時間を過ごしていた。

「店長、ちょっと聞きたいんですけどいいですか。」

(おっ、珍しく木村さんが聞きたいなんて、さっきの言葉すこしは響いたのかな?)

「ええ、どうぞ何でも聞いて下さい。」

 西川は少し嬉しくなって笑顔で木村に向かって身を乗り出す様にやや前のめりになっていた。

「店長は、前田さんと付き合ってるんですか?」

「えっ?」

 西川は思いもよらぬことを聞かれて絶句してしまった。

「その顔はそうなんですか? やっぱり。」

(どういうこと? なんでそうなる?)

 木村は勘違いしてそう思い込みひとりでうなずいていた。

「でも気を付けてくださいよ。結構噂になってますから。」

 西川に何か上からといった感じで言うと、ようやく西川は声を出して、冷静に木村に尋ねていた。

「ちょっと待って下さい。違いますから。それに噂になってるってどういうことですか?」

「えっ、違うんですか? でもみんな言ってますよ。よくふたりして売り場で仲良く話してるじゃないですか。」

(おいおい、こいつは何言ってるんだ? 確かに前田さんとはよく話してけど、でも前田さんが話しかけてくるから・・・。それにみんなって、いったい誰がそんなことを?)

「違いますよ。あれは普通に仕事の会話してるだけですから。」

 西川は冷静に事実だけを話すと、疑問に思ったことを聞いていた。

「それに誰が噂してるんですか? そんなこと誰が?」

「えーと、それは・・・。」

 何故か今日木村は焦った表情になり再び天井を見上げて西川から視線をそらした。

(こいつ・・・。)

「まー、誰でもいいじゃないですか。それよりそんな噂になっちゃうような相手じゃなくて、この前話したこと覚えてますか?」

 誤魔化す様に急に木村は話題を変えて再び西川の方を見てきた。

(誤魔化したな。絶対お前が言ってるんだろ。)

 西川はそう思っていたがここでも大人の対応で、その言葉は飲み込んでいたが、木村の言ったことが何のことだかわからなかったようで聞いていた。

「なんでしたっけ?」

「この前休憩中に話したじゃないですか。向日葵16のことですよ。」

「向日葵16?」

 西川は本当に思い出せないようで首をひねっていた。

「店長この前知ってるって言ってたじゃないですか! 神宮ルミですよ。神宮ルミ。」

「神宮ルミ?」

「もう、知ってるって嘘だったんですか?」

「あっ!」

 西川はようやくこの前の食堂での会話を思い出した。

「はいはい、知ってますよ。アイドルグループの向日葵16ですよね。でもそれが何か?」

 さっき迄園子の話になっていたのだが、何故急に向日葵16の話になったのか理解できないで、西川は不思議そうな顔をして木村のことを見ていた。

「だから、アイドルの応援ならそんな変な噂にならないですし、堂々と好きって言えますよ。」

 木村は変な理屈で園子のことと向日葵16を関連付けて話していた。

「いやいや、さっきも言いましたけど前田さんとはなんでもないですし、ひと言でいえば普通に店長とアルバイトさんってこと以外何も・・・、それにアイドルの応援なんて・・・。」

 西川は考えれば考えるほどよくわからなくなってしまい、何か恥ずかしくなってきて先程の木村と同じ様に天井を見上げて、やや赤くなったていた顔を木村に見られないようにしていた。

「そうなんですか? でも店長若い子好きなんですよね?」

(だからなんでそうなるんだ? 俺がいつ言った。いつそんな素振り見せた?)

 西川はうなだれてため息をついて、コーヒーをひと口飲んでいた。

「じゃあ単純に俺といっしょに向日葵16応援しませんか。メンバーもルミちゃん以外に15人もいますから、今度ゆっくり画像見せますんで。それでは売上確認して、売り場に戻ります。」

 うなだれている西川に向かって木村は言うと、食堂から足早に出て行ってしまった。

(俺ってそんな風に見えるのかな・・・?)

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