第20話 やっぱりママは・・・

 その後ふたりはベンチに座ってたわいもない会話をしていたが、ふと何気なく西川が聞いた。

「でもさっき花・・・、違う、違う、さやかちゃん野球始めたって言ってたけど、今も続けてるの?」

 さやかの表情があきらかに変わっていった。

(あっ、俺余計なこと言ったな・・・。)

 さやかはこれ以上そのことに関しては聞かれたくなかったようで、少し不自然な笑顔を作ってわざとおどけた感じで話した。

「私のことはどうでもいいんですよ。それに今危なかったですよ。少し”花”って言ちゃってたから、もう一回言ったらアウトですからね。」

 その表情を見て西川はそれ以上そのことは聞かずに、さやかの話に合わせるようにしていた。

「あぶない、あぶない、確かに言いかけたけど、今のは完全にセーフだからね。セーフ!」

 西川は両手を広げて野球の審判のようなポーズをいていたが、すぐに何かに気付いて両手を膝の上に置くと、さやかは急にパッとベンチから立ち上がった。

「コウちゃん、私の気持ちはもう伝えたから。今日はこれで帰るね。じゃあ店長、またお店で。今度のバイトはもう来週になっちゃうと思うけど。」

 さやかはすぐに西川の元から離れて行こうと走り出した。

「ちょっと待って、は、違う、さやかちゃん。家まで送るよ。」

 西川もすぐに立ち上がってさやかを追いかけようとすると、さやかはそれを制するように笑顔で言った。

「今のもグレーゾーンだけど特別に許してあげる。それにひとりで帰れるから大丈夫、今日は本当に大丈夫だから、心配しないで。」

 さやかは大きく手を振って明るい店の入り口の方へ走り去っていってしまうと、西川はその姿をただ茫然として見送っていたが、そのあともしばらくその場から離れられずにいた。

(何か心配だな。花本さんは何かを抱えこんでるような気がする・・・。あれ? そう言えば、なんだよ自分だって店長って言ってるじゃんか、俺も罰ゲーム考えとくかな。でも俺が考える罰ゲームっていったいなんなんだ・・・?)

 ベンチに再び腰かけて何か変なことを考えていると、店の方向から大きな声が聞こえてきた。

「店長、店長! 何やってるんですか!」

 西川は驚いて再びベンチから飛び跳ねるように立ち上がり、その大きな声がした方に顔を向けると、続けざまに西川に向かって声を掛けて来た。

「店長、もうお店、閉店しちゃいますよ。何やってるんですか? 早く戻ってくださいよ。」

 よく見るとそこには慌てた感じで大きな声を出している木村の姿があった。西川は木村の姿を見てすぐに状況を把握したようだ。

「ごめん、ごめん。今すぐ行きます。」

 西川は小走りに木村がいる店の方へ向かいながらも考えていた。

(何か力になれないのか・・・、俺がさやかちゃんにしてあげることはないのか・・・、さやかちゃんの気持ちにはこたえられない代わりに、俺にできることは・・・。)

 


「ただいま!」

「お帰り。」 

 さやかは何かすっきりした顔をして自宅に戻ってきていた。

 「あら、さやか、今日はいい笑顔ね。何かいいことでもあったの?」

 リビングのソファーでくつろいでいた京子が聞いてきた。

(いいこと? はたしていいことだったのか? どうなんだろう? でも今日の私は満足してる。うん。)

 さやかは心の中でつぶやきながらも、京子にはそっけなく答えていた。

「別に。」

 でもその表情からわかるように今のさやかは達成感と満足感に包まれていたのであった。

「ちょっと、その顔は絶対何かあったわよね。話しなさいよ!」

 京子は疑いの目をして問い詰めるように聞いてきた。

「何も無いって言ってるでしょ。もう、しつこいなー。」

 さやかは口では面倒くさそうに言っていたが笑顔のままで答えると、京子もあきらめたようで話を変えて聞いていた。

「もうわかったわよ。じゃあご飯にする? それともお風呂入っちゃう?」

「うん。お腹ペコペコなんで、ご飯にする。」

「じゃあ今すぐ用意するから、手洗ってきなさい。」

 京子はすぐにキッチンの方へ向かって行くと、さやかは洗面所に入って手を洗いながら自分の顔が映っている鏡を見ていた。

(手を洗えだよね、そう、いつもママはそう言うんだよね。でもこの前は・・・。

    ・

    ・

    ・

「ふたりとも何じゃれあってるの、とりあえず手と顔を洗ってらっしゃい。」

    ・

    ・

    ・

 って確かに言ってたよな。コウちゃんもそれに気づいてたんだ。ってことはママもやっぱり・・・)

 さやかはボーっとして流れている水に手を突っ込んだままでいると、蛇口からずっと流れていた水道の音が気になり、様子を見に来た京子が洗面所に入ってきた。

「さやか、どうしたの?」

 水が流れたままになっていた水道の蛇口を戻して、さやかの顔を覗き込むようにしてくると、さやかは驚いた後誤魔化すように言っていた。

「あっ! ママ! 何でもない、何でもない。ママ今日のおかずは何?」

 京子の背中を押しながらふたりでリビングへ進んでいった。

(やばい、やばい、やっぱりママは何か勘づいている。でもそれってなんか恥ずかしいな・・・。)

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