第19話 罰ゲーム

 (この前のことって・・・。「私はコウちゃんのことずっと好きだったの。」)

 この前のさやかが言ったあの言葉は、ずっと西川も頭の中に残っていたのだが、それをどう理解して、さやかにどう返していいのかわからずに今日までいたのであった。

 それでも西川はそのことを思うたびに昔の記憶が少しずつ蘇っていたようで、さやかが思い出してほしかったあの事も思い出していたようだ。

(「わたし、おおきくななったらコウちゃんのおよめさんになる。」・・・・・)


 西川は深呼吸をし自分を落ち着かせるようにしてから、さやかに、そして自分に向かって言った。

「花本さん。何言ってるの? 冷静になってね。」

「今日の私は冷静です。」

 さやか取り乱すことなくはゆっくりと答えた。

「俺なんかいい歳だし、パッとしない男だし。いいところなんか何にもないですよ。」

 西川は自虐気味に言い苦笑いしてしまうと、さやかがすぐに反応した。

「そんなことないよ、店長は・・・、コウちゃんは私の中でいつも輝いているよ。優しくて、野球がうまくて、私の・・・、だから私も野球を始めたんだよ! だからそんな風に言わないで・・・。」

 さやかは感情が爆発しそうになるのを抑えて、冷静に言葉を選びなが言っていた。

「そう思ってくれるのはうれしいけど、それは昔の私なんですよ。今の私はさやかちゃんも知ってるでしょ。スーパーのさえないただの店長なんですよ。」

 さやかの言葉を聞いても西川は、自分で言って悲しくなるようなこと言葉にすると全身の力が抜けてしまい、ゆっくりベンチに腰を下ろしてしまっていた。

 そのもとにさやかはゆっくり足を運んだ。

「コウちゃん。そうだよね。だって何年も会えてなかったし、いきなり言われても困っちゃうよね。」

 さやかは自分自身にも言い聞かせるように冷静に落ち着いた声で言うと、西川は顔を上げ、近くにまで来ていたさやかの顔を見上げた。

「大丈夫、大丈夫だよ。この前はちゃんと自分の気持ち言えなかったから、それをしっかり伝えたくて今日は来ただけだから。」

 そう言うと、さやかは笑顔で西川の横に腰かけた。

 しばらく沈黙が続いていたが、それを嫌って西川が口を開いた。

「なんかごめんなさいね。こんな私で・・・。 あっ、こんなふうに言うとまた花本さん怒っちゃういますよね。」

 西川は少しひきつった笑顔をさやかに見せていた。

「店長、いや、コウちゃんって呼ぶね。だってもう仕事終わったからいいでしょ。それとコウちゃんも花本さんってよそよそしい呼び方はやめてよ。昔みたいに名前で呼んでよ。あと気持ち悪いから敬語も禁止。いいでしょ。」

 さやかは西川とは対照的にニコニコしながら言っていた。

「えっ、それはどうですかね。確かに昔はそうだったかもしれないけど、いきなりはどうかなー。それに花本さん覚えてないでしょ。私が花本さんの事なんて呼んでたかとか。」

 西川が何か抵抗するようにしてさやかに言っていた。

「覚えてる! いつも夢の中でコウちゃんは”さやかちゃん”って呼んでくれてるから、ちゃんと覚えてるよ。」

 それは本当に覚えていることになるのだろうかといささか疑問ではあるが・・・。

「夢の中・・・?」

「そう、夢の中!」

「それって覚えてるんじゃなくて・・・、あー、なんて言えばいいのかな?」

「もう、細かいこと言わないでよ、私が呼んでほしいんだからいいじゃない。ダメ?」

 さやかは困惑している西川に顔を近づけてきて聞いてきた。

(近い、近い、近すぎる。)

 その距離に西川が顔を赤くしていると、さやかはそれに気付いて笑いながら、何か嬉しそうに西川をからかうように言った。

「今,ドキッとしたでしょ。私の顔見てドキッとしたでしょ。私のこと女としてみたでしょ。」

「な、何言ってるんだこの女子高生が。そんなはずないだろ。」

 西川は大げさにわざと汚い言葉を使って言っていた。

(でもちょっと思ったかも、可愛かったな。)

「もうコウちゃん、いくら敬語禁止って言ったからって、いきなりそんないい方しなくても、もうちょっと中間的な話し方出来ないの?」

 さやかは怒った感じで言い立ち上がった。

「わかった、わかった名前で呼ぶし、ちょうどいい言葉で話すから許してください。ねっ、もういいでしょ。」

 西川もさやかに合わせて立ち上がると、ベンチから数歩進んでさやかから離れてて行こうとした。

「じゃあ練習してみましょう!」

 さやかは逃げようとしていた西川の腕を後ろから掴んでベンチに無理やり連れ戻し再び座らせると、自分もすぐ横に座って、困惑した表情を浮かべている西川にまたまた顔を近づけて言ってきた。

「そう練習、さあ呼んでみてください!」

「そんないきなり言われても・・・。普通の会話の中で自然にそう呼ぶから・・・、絶対呼ぶから、ねっ、それでいいでしょ。」

 西川は顔の前で手を合わせてお願いするポーズをとってきた。

「わかりました。いいですよ。その代わりまた”花本さん”って言ったり、変な敬語でしゃべってきたら、罰ゲームですからね。」

「えっ、罰ゲーム・・・、罰ゲームって何? そんなのダメだよ。」

 西川は声を大きくして言っていたのだが、さやかは全く聞こうとせず話を続けた。

「だってさっき絶対そう呼ぶって言ったじゃないですか。”絶対”ってそういうことですよ。コウちゃん日本語わかってますか?」

 西川はさやかのその言葉で抵抗することを諦め降参したようだ。

「わかったよ、わかった。でも罰ゲームって何かな? 一応・・・聞いておこうかな。」

 恐る恐るさやかに聞くと、さやかはニコッと笑って答えた。

「私の言うことなんでもひとつ聞いてもらいます。」

「えっ、それはいくら何でも・・・。」

「何言ってるんですか。しなければいいんですから。ちゃんと”さやかちゃん”って呼んでくださいね。」

 さやかがイタズラっぽい顔をして言うと、西川はもううなずくしかなくうなだれるようにして首を縦にふっていた。

「わかったよ。」

 

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