第18話 怪しいなー
さやかは数時間のレジ勤務を終え、先ほど西川に言われた通りに事務所に戻って来ていた。
「失礼します。」
そして机に座って事務仕事をしていた西川に声を掛けた。
「あっ、どうぞ。」
西川は自分の机の横にパイプいすを置いてそこに座るようにさやかに向かって手を差し出していた。
さやかは言われたままにその椅子に座ると、さっき会ったときボサボサだった髪の毛を気にするしぐさをしていたのを見て、西川は笑いながら言ってきた。
「さっきは髪の毛爆発してたましたね。」
「えっ、やっぱり気づいてたんですか、恥ずかしい。そんなとこ見ないでいいんですよ。」
さやかは少し怒ったように言っていたが、その後すぐに何かを思いついたようで悪戯っぽい目をして反撃に出た。
「あっ、そういう容姿のこと言うとセクハラなんですからね。」
「えっ、そうなんですか? 私結構そんなこといろんな人に言っちゃってますけどね、パートさんから訴えられちゃいますかね? あっ、そう言えば私もパートさん達からもよくそんなこと言われますけど、それってセクハラになるんですかね? ははは。」
西川はとぼけた顔をして何だか楽しそうに言っていた。
「ちょっとコウ・・・、店長そんな話じゃないですよね。何か御用ですか?」
攻撃をかわされてさやかが真面目な顔に戻って聞くと、西川は昨日さやかの家で会ったときと同じ優しい顔をして言っていた。
「いや、別に用はないんですけど、さっきまた木村さんがヒートアップしそうだったから、私がああ言えば木村さんも黙るかなって思っただけなんだですけどね。」
その西川の言葉と表情でさやかはドキッとしてしまっていたのだが、それを隠すようにわざと不機嫌そうに言っていた。
「なーんだ、用はないんですね。」
(ドキドキしてる・・・。心臓の鼓動が早い・・・。でもコウちゃん他に用あるでしょ。まだ思い出せないの・・・、それとも覚えて無いのかな・・・?)
「なーんだはないじゃないですか。それにそんな顔してると、また木村さんに怒られますよ。全く・・・。」
西川は真面目な顔をして言うと、その顔を見てさやかは吹き出してしまっていた。
「何笑ってるんですか!」
「だって、ははは。」
そんなふたりの会話をさやから少し遅れて休憩に入っていた園子が、事務所の外で聞いていた。
(あれ? あのふたりあんなに仲良かったっけ?)
「失礼します。」
園子は不思議に思いながら事務所に入って行くと、ふたりはビックリして飛び上がってしまい、まるで園子をお出迎えするような形で、左右に分かれて直立不動で立っていた。
「さやか、ねえ、さやか。ちょっと聞いてる。」
いつものように園子がさやかに声を掛けていた。さやかと園子は事務所から食堂に移動して来ていた。朝起きてから何もたべずに勤務していたさやかはパンをかじって遅い朝食兼昼食をとっていたが、園子はジュースだけを飲んで休憩をしていた。
「聞いてるよ。ちょっと今日は寝不足でさ。」
けだるい感じでさやかは答えた。
「どうしたの。夜遅くまで動画でも見てた? 何か面白いのあった? 私にも教えてよ。」
軽い感じで園子は聞いてきた。でもそれはまったく見当はずれではあったが、ここで本当のことを言えるはずもなく、さやかは適当な返事で誤魔化した。
「まーそんな感じ。」
「えっ、何々? 教えてよ!」
園子はしつこく聞いてきていたが、さやかは反応しないでテーブルに伏した。
(今日のアルバイトは夜の7時まで、閉店時間の1時間前まで、バイト終わってからあの場所に行けば・・・・・。)
「お先に失礼します。」
「お疲れ様でした。」
さやかと園子は揃って事務所に入ってきて挨拶すると、更衣室へ向かっていった。
更衣室に入ってふたりは着替えをし始めると、さやかが話しかけた。
「園子、私今日ちょっと行くところあるから、先に帰っていいよ。」
「へー? 珍しいね、さやかが自分から先に自分の予定とか話すなんて。さては何かあるなー? 怪しいぞ。」
園子は悪戯っぽい目をして聞いていると、何故か夕方の事務所でのさやかと西川のことを思い出していた。
「そんなことないよ。私だって用事ぐらいあるし、それにちゃんと言わないと園子に悪いと思って。ただそれだけだよ!」
さやかは慌てて声を上ずらせて答えたので、園子はさらに意地悪そうに聞いてきた。
「きみ、なんか焦ってるねー。怪しいなー。とーっても怪しいぞ!」
「本当に何もないよ! しつこいな!」
「はい、はい、冗談ですよ。じゃあ先に帰るから。」
さやかのその必死な態度で園子は察したようで、着替え終わるとあっさり更衣室を出て行ってしまった。
「ふぅー。」
さやかはひとつ息を吐いた。
(やばい やばい 顔に出てたかな・・・? 園子はなんか勘ぐってる? 何で? でもそんなはずは・・・。)
閉店30分前、西川はいつものように缶コーヒーを片手に商品搬入所のベンチに座っていた。
「あー、今日も終わりだな・・・。」
ひとりごとを言ってベンチから腰を上げた時声を掛けられた。
「店長!」
「はいっ。」
誰もいるはずがないと思っていたこの場所で急に声を掛けられ、西川は思わず上ずった声で返事をしていた。そして驚きながら振り返ると、その声がした場所にはアルバイトを終えて帰宅したはずのさやかが立っていた。
「お疲れ様です。」
「お、お疲れ様でした。」
ふたりはお決まりの挨拶を交わしたあと西川が不思議そうな顔をして聞いた。
「あれ? どうしていつも俺がここにいるのわかるんですか? この前といい、今日といい。」
「えっ、気付いてないんですか? 店長がこの時間、ひとりでここで缶コーヒ飲んで、サボってるのみんな知ってますよ。」
さやかは笑顔で嫌味たっぷりに言うと、西川の方に足を進めていった。
「そうなんですか。全然知らなかった・・・。あっ! でもサボってるんじゃなくて、今日1日の反省をしてるんですよ。今日はこうだったから明日はこうしようとか、サボってるなんてみんなひどいなー。」
(本当か・・・。)
西川は心の中で自問していた。
「冗談ですよ。冗談。」
さやかは笑顔のまま西川に近づいて行き、目の前まで来ると表情を変え真剣な顔をして言った。
「でも、この前言ったことは冗談じゃないですから。」
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