第16話 忘れ物
しばらくして西川は洗面所から出るも、恐る恐るリビングに入って行った。
「すみません。お邪魔します。」
するとそこにはさやかだけが立っていて、京子の姿はなかった。西川がキョトンとした顔をむせていると、奥から京子が飲み物を運んでふたりの前に出て来た。
「でも、本当に何年ぶりかしらね? さあ座って、座って、コウちゃんもさやかも何突っ立てるの?」
京子がふたりに向かって言うと言われるがままにふたりはソファに腰を下ろした。
「優紀さんの葬儀以来かと思います。何年ぶりになるんですかね?」
「そう・・・。じゃあもう10年以上になるわね。それにしてもコウちゃん変わってないわね。」
京子はあらためてじっくりと西川のことを見て笑顔を見せて言っていたが、内心はさやかに何があったか心配しているのであろうと西川は思い、京子の横で黙ってうつむいているさやかを横目で見ていた。
(何か言わなくちゃ。でもその前に・・・。)
「あっ。京子さん本当にご無沙汰してしまって申し訳ございませんが、優紀さんにお線香あげさせていただいてもよろしいですか?」
「ああそうね、じゃあこちらにどうぞ。」
京子は西川を仏壇の置かれている和室へと案内しロウソクに火をつけると、西川は仏壇の前に正座し手を合わせた後線香をあげた。
「チーン。」
西川は優紀の遺影を見ながら手を合わせ、久しぶりにふたりにしかわからないであろう会話をしばらくしてから、正座したまま京子の方を振り返った。
「実は京子さん。私は今スーパーあずまやの武蔵台店に勤務していまして、そこで先日からさやかさんにアルバイトをしていただいてるんですよ。」
西川は当り障りのない事実だけをを伝えていた。
「なんだ、そうだったの。もう・・・。」
京子は安心した表情を浮かべると西川の肩をポンポンと叩いて、和室を後にしリビングに戻って行った。
「さやか、コウちゃんから聞いたわよ。」
(えっ、コウちゃん何話たんだろう? まさか・・・。)
「コウちゃんのお店で働いてるなら、そうと言ってくれればいいのに。何で言わないのよ。変な子ねー!」
(コウちゃんありがとう。何も話してないんだ・・・。)
「そうそう、なんか言うタイミングがわからなかったし、それにわたしも店長がコウちゃんだってわからなかったから。」
さやかは京子の言葉を聞いてホッとしながらも顔を引きつらせて答えていた。
「あっ、そういうことか! だから!」
京子は急にこの前のことを思い出して声を大きくした。
「だからこの前、急にコウちゃんのこと聞いてきたのね。なるほど・・・。それにしても今日はどうしたの?」
さやかはその質問に対しては答えられるはずも無く黙ってしまっていると、西川も和室でふたりの会話を聞いて慌ててリビングに戻ると、下を向いてしまっているさやかの姿が目に入った。
「今日は、さやかさんお店に何か忘れ物したみたいで、ちょうど私も帰るところだったんで送ってきたというわけなんです。」
咄嗟に西川は何か不自然に慌てた感じで嘘を言うと、京子は何となくであったが、そのふたりの態度を見て少し違和感は覚えてはいたが納得してみせて笑顔で答えていた。
「そうなの。じゃあお礼しないとね。ねえ、さやか。ふたりとも食事は?」
「あっ 私は勤務終わったばかりなので・・・、でもお構いなく。」
「さやかは何か食べたの?」
さやかは無言で首を横に振っていた。
「それじゃあ、大したもの作れないけど、コウちゃんも食べていって。」
京子はキッチンの方へ向かおうと腰を上げようとした。
「いや、本当にお構いなく。私はこれで失礼します。」
西川も京子を制するように立ち上がろうとしたが、少し語尾を強めて京子が言った。
「もう少しお話しましょう。昔話でも。ね!」
そして立ち上がろうとした西川の肩に少し力を入れて手を置いた。西川が京子の顔を見るとさっきまでの笑顔ではない京子の顔がそこにはあった。
「さやか、コウちゃん帰らない様にちゃんと見張ってなさいよ。」
さやかに向かって京子は言うとキッチンの方へ足を運んで行ってしまった。
さやかは京子がいなくなると、再び洗面所前で見せた悪戯っぽい顔になって言ってきた。
「ご飯食べて行きなさいよ。」
西川は苦笑いを浮かべて無言でゆっくりとうなずいていた。
3人で食事を済ませ片付けも終わると、西川と京子のふたりはお茶を飲みながら昔話に花を咲かせていたが、さやかはひとり部屋に戻っていた。
「コウちゃん。なんで・・・。あーイライラする。なんか大事なことが伝わってないような気がする。」
さやかはこのもやもやした気持ちをどうすることも出来ずにいた。
「だめだ、だめだ! このままじゃ。」
さやかは大きな独り言を言うと、ふたりのいるリビングへ戻っていく決心をしていようだが、何をどう話せばいいのか迷って、なかなかその場から動けないでいた。
「ママもいるし、どうしよう。せっかくのチャンスなのに。あー!」
再び大きな独り言うと、妙案は浮かばないままノープランでさやかは部屋を出てリビングへ向か行ったのだった。
「そうそう、さやかはコウちゃんに本当になついていたのよね。この前さやかと古いアルバム見たんだけど、コウちゃんの横にあの子いつも引っ付いた感じで写っていたわよ。」
「そうでしたっけ?」
西川はさっき店で、あんなことをさやかに言われていたので、何かとぼけた感じで答えていた。
「忘れちゃったの? そんな風に言ったらさやか怒るわよ。さやかが戻ってきたら言っちゃおうかな。ははは。」
京子が笑いながら、少しからかうように言うと、西川は話をそらす様に別の話題に移そうとしていた。
「あー、でもそう言えば、さやかさんは大きくなったら野球選手になるって言ってましたね。」
「そうね、そんなこと言ってたわよね。」
京子は表情を変え、暗い顔になってうなずいていた。
その会話をリビングの外でさやかは聞いていた。
(そのことじゃないよ。コウちゃん。)
さやかは悔しく思いながら、無理矢理笑顔をつくってリビングにに入って行った。
「何話してるのふたりで。」
「昔話よ。あなたの小さい時の話とか、パパのこととか。」
「そうなんだ。私全然覚えてないからなー。」
さやかは無関心を装ってとぼけるようにしていた。
(コウちゃんあの約束覚えてないのかな? もしかして子供の約束だと思ってる? 私は思い出したよ。今でも・・・。)
心の中でつぶやき、少し悲しい表情を浮かべて西川の顔を見ていたのだが、その顔を京子に見られていたとをさやかは気づいていなかった。
「本当にご馳走様でした。」
西川が礼を言って丁寧にお辞儀をしていた。
「コウちゃん。いつでも遊びに来てね。また来てくれたらパパもきっと喜んでくれると思うから。」
京子がやさしい笑顔で見送ってくれていた。
「ありがとうございます。さやかさん、またお店で。」
「はい。」
さやかもぎこちない笑顔で返事をした。
西川は再度深々とお辞儀をすると車に乗りこみ、軽く会釈して車を出した。
(京子さん気付いてると思ったのに何も聞かなかったな。さやかちゃんのことも、そして俺のことも・・・)
(「辞令 スーパーあずまや 出向を命ずる」・・・・・)
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