第15話 お久しぶりです
さやかを送り届ける車中、西川からもさやかからも、どちらからも言葉を発することなく、重たい空気だけがその密閉された空間を支配していた。
西川は何度も優紀の家にはお邪魔したことがあったのだが、あれから何年も時がたっていたため記憶があいまいだったようだ。それでもその遠い昔の記憶をなんとかたどりながらさやかの家を目指し、迷いながらもしばらく走って1件の家にたどり着いていた。
(ふー、やっと着いた。こんなに迷うなら花本さんに聞けばよかった・・・。)
「この家だったよね?」
さやかは無言でうなずいた。
「なんだ、うちのお店から近くはないけど、そんなに離れてなかったんだね。全然気付かなかったよ。」
西川は車のカーナビを見て驚いていた。
「最初からカーナビに住所入力すれば、もっと早く着けたのに。それにわたしと園子が歩いてお店まで行ってるの知らなかったんですか? わたしも園子もちゃんとお店の書類にそう書いたはずですけど・・・。」
さやかは何か含みのあるような言い方で西川に言っていた。
「その書類をちゃんと見ていなかったのは私が悪いんで、そこは百歩譲るとしても、花本さん何で早く教えてくれなかったの、店から近いとかなんとか。それに店出るときにカーナビの事言ってくれればよかったのに!」
西川は少し声を大きくして言うと、さやかは悲しそうな声を出してうつむいてしまった。
「だって、知ってると思ったから。覚えていてくれると思ったから・・・。」
「ごめん、ごめん。ちょっと言いすぎた。もしかしてまた泣いちゃったのかな?」
西川は心配そうにしてさやかの顔を覗き込もうとした。
「嘘でーす。それぐらいじゃもう泣きませんよ。さっきいっぱい誰かさんに泣かされましたから。」
さやかは笑顔で皮肉たっぷりに言うと、今度は西川が少しすねたようにぶっきらぼうにそう言った。
「さあ、着いたよ。」
西川は車を降り助手席にまわりドアを開けると、さやかは無言でうなずき、車からゆっくりと降りた。
「今日は何があったのかわからないけど・・・。じゃあまた、お店で。」
西川は続ける言葉が見つからず、とりあえずそれだけ言い運転席側に戻ろうとしたとき、家の玄関のドアが勢いよく開いた。
「さやか? こんな時間まであなたどこ行ってたの? 心配したでしょ。」
京子がさやかを見つけ車のそばまで駆け寄ってきたのを見て、西川は慌てて再び助手席側に回り込み、京子に向かって深々と頭を下げていた。
「お、お久しぶりです。西川です。」
京子はしばらくの何のことだか状況が理解できずに西川の方をただボーッと見ていたが、数歩西川に向かって歩み寄って行きその顔をよく見て急に驚いた顔を見せた。
「コウちゃん? コウちゃんなの?」
「はい。西川浩二です。ご無沙汰しております。」
西川は直立不動になって再び挨拶し、京子に向かって深々と頭を下げた。
「でもどうして? なんでさやかと一緒なの?」
京子は不思議そうな顔をしてふたりの顔を交互に見ていた。
「実は・・・。」
(なんて答えればいいんだ。花本さんはどう思ってるんだろう。どう答えたら花本さんの正解になるんだろう。)
西川は眉間にしわを寄せて考え込んでしまっていると、西川のその様子を見た京子が声を出した。
「こんなところで立ち話もなんでしょ。さあコウちゃん上がって。さやかも何ボーっとしてるの、ほら!」
そしてさやかの腕をひっぱり、家の中に入っていってしまった。
西川は家に入る手前で振り返ったさやかと目が合うと、さっきは笑っていたが、その奥にある何か悲しそうな目を見て、このまま帰るわけにはいかないと思い、小走りに玄関にむかっていった。
西川が家に入るとさやはまだ玄関にいた。しばらく沈黙が続いていが、突然さやかが西川の腕を掴み強引に引っ張てきた。
「ちょっと靴。靴まだ脱いでないから。ちょっと待って。お邪魔します。」
西川は慌てて靴を脱いで早口で言うと、さやかに腕を引ぱられたまま家に上がって行った。
「ふたりとも何じゃれあってるの、とりあえず手と顔を洗ってらっしゃい。」
急に京子が言ってきた言葉に何か違和感を覚えて西川は考えていると、その西川の顔をさやかがのぞき込むように見てきて、お互い顔を見合わせる形になった。
「あっ!」
さやかの顔を見ていた西川が何かに気付いたようだ。
「花本さんは、よーく顔洗った方がいいよ。特に目のあたり。」
さやかは顔に手をやりながらそれがどういう意味なのか察し、素直にうなずいて洗面所に向かって行った。
さやかは洗面所の鏡に映った自分の顔を見ていた。
「やばいなー、花粉症の季節でもないのに、こんなに目をはらして赤くしてたら、絶対泣いてたって思うよなー・・・。」
目の周りを触りながら言っていたが、開き直ってもう見られたものはしょうがないと思い、冷たい水で顔を洗っていると、西川はさやかが戻るまで洗面所の外で待っていた。
(京子さん絶対に気付いたんだよな。普通は手を洗ってこいとは言うけど、顔を洗ってきこいとは言わないもんな。)
何か難しい顔をしてそんなことを思っていると、さやかがタオルを持って洗面所から出てきて、それを西川の前に差し出し、悪戯っぽい顔をして言ってきた。
「手と顔を洗ってきなさい。」
「俺は“手”だけいいんだけど。」
”手”の部分に少しアクセントをつけて西川は言うと、さやかは冷たい水で洗ったせいで顔全体が赤くなっていて、泣いた形跡はかなり薄れていたようだ。西川はそれを確認するとさやかからタオルを受けとり、洗面所の中に足を進めて行った。
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