第14話 会いに来ました
”花本優紀”この名前を西川は忘れているはずはない。高校時代、そして社会人になってからも色々な面で世話になったのが花本優紀であったからだ。優紀は西川にとって憧れであり、人としてもプレーヤーとしても尊敬する先輩であった。
「私、花本優紀の娘です。 娘のさやかです! 思い出しましたか?」
「えっ 優紀さんの・・・、優紀さんの娘さんの・・・、あっ! さやかちゃん? あの小さかったさやかちゃんなの?」
西川は驚きのあまり口をポカンと開けたままさやかの前に立っていた。
「そうです。さやかです。やっと思い出してもらえましたか。」
さやかはようやく西川に自分のことを認識してもらったことで、まだ涙目ではあったが少し落ち着きを取りもどしていたように見えていた。
「でもこんな時間に、こんな場所に、どうしたの?」
西川はあらためて心配そうに聞いた。
「店長に会いに来ました。」
さやかは涙で目をはらしたまま、真剣なまなざしで言っていたのだが、その言葉の意味を西川は理解できずに聞き返していた。
「俺に会いに? それってどういうことかな?」
「コウ・・・、コウちゃんに・・・、コウちゃんに会いに来ました。」
再び溢れてきた涙がこぼれ落ちそうになるのをこらえるように、少し上を向いてさやかは言っていた。
(? コウちゃん? 会いに来た? いきなりどうしたんだ? 確かに昔はコウちゃんって呼ばれていたけど・・・。)
西川はさやかの言った言葉のひとつひとつを整理しようと考えていたが整理しきれずに、何か的外れのようなことを言ってしまっていた。
「花本さん何言ってるの。いつもお店で会ってるでしょ。今日もさっきまで一緒に働いてたじゃないですか。それにレジでも話しましたよね。」
さやかはしばらく黙ったままうつむいて、大粒の涙を地面に落としていたが、意を決したように西川の方に顔を向けた。
「仕事中だと話せないと思って・・・。コウちゃん覚えてない? 私はコウちゃんのことずっと好きだったの。」
西川の目をしっかり見て、真剣な眼差しで言い放った。
(覚えてない? 好きだった。いきなり言われても何のことだか・・・さやかちゃんに会うのは何年ぶりになるんだろう? あの小さかったさやかちゃんが今ここにいる花本さんなんだといきなり言われても・・・。)
「勿論さやかちゃんのことは覚えてるよ、でも俺の記憶には小さかった頃のさやかちゃんしかないから・・・。」
「じゃあ、今の私を見てどう思いますか?」
さやかは言うと急に恥ずかしくなってしまったようで西川に背を向けてしまったので、西川はなんて答えていいか困惑していたが、急に何かを思い出したようにハッとした表情をした。
「あっ! ごめん! 俺、今まだ仕事中なんだ。だからいち度お店に戻らせてくれないかな。でももう少しで閉店だから、そうだ、ちょとあそこのベンチに座って待っててもらえないかな。」
西川はベンチを指差してお願いすると、慌てて店内へ戻ろうとしたが、その途中の自動販売機でジュースを買ってさやかの元に引き返して来た。
「はい、これでも飲んで待ってて。絶対にひとりで帰っちゃだめだからね。」
西川はさやかにペットボトルを手渡し、念を押すように付け加え再度走り出しさやかの元から去っていった。
「ありがとうございました。また起こし下さい。」
西川は店舗の出入り口に立って今日最後のお客を見送っていた。そしてその最後のお客が店の外に出て行くのを見届けて店舗は閉店すると、西川は慌てながら近くにいた木村に向かって声を掛けた。
「あとはお願いします。今日はちょっと急ぐ用があるんで。申し訳ないけどこれで帰らせてもらいます。くれぐれもあとお願いしますね。それでは、お疲れ様です!」
木村の返事も聞かずに西川はバックヤードに向かって駆け出して行ってしまった。
「はい、わか・・・。ちょっと店長!」
木村が言うも、すでに視界に西川の姿は無かった。
「どうしたんだ? あんなに慌てて、店長にしては珍しいな。まあいいいか・・・。みんな、店長もう帰っちゃたから、売り場チェックさっさと済ませて早く帰りましょう。僕も事務処理早くやっちゃいますから、これから飲みにでも行きましょう!」
売り場に残っていた数人に声を掛けると、木村は急いで売り場を後にして、事務所に戻っていった。
さやかは西川に言われた通りにベンチに座っていた。ジュースを飲んだせいもあってか、かなり落ち着きを取り戻していて夜空を眺めていた。今日は昼間もそうだったように夜になっても空には雲ひとつ無く、星がキレイに見えていてたようだ。
しばらくするとものすごい勢いで走ってくる西川の姿が目に入り、その勢いのすごさにさやかは思わず笑ってしまった。
「はあ、はあ、何? 今度はずいぶん笑顔だね。さっきはあんな顔してたのに。」
西川は息を切らしながらさやかのもとに到着し、不服そうに口では言っていたが、その言葉とは裏腹にさやかの笑顔を見て安心していた。
「店長見て、星がキレイですよ。」
さやかは星空を見上げて言うと、西川はさやかの横に座りいっしょに夜空を見上げた。
「そうだね、キレイだね。」
しばらくすると西川は星空に向かって指を差して言った。
「ほら、あれがオリオン座だよ。」
「どれ? どの星?」
「ほら、わからない?」
再び西川は指を差して言っていたが、さやかはわからずにいた。
「もう、ちゃんと教えてくださいよ。どれですか!」
一生懸命西川が指差す方向を見定めようと、西川に近づき西川の星を差している人差し指に顔をくっつけてくると、西川は動揺して指をずらしてしまった。
「もうずれちゃたじゃないですか、もう一回指差して下さい。私もオリオン座見てみたいから。」
「わかりましたよ。ほら!」
西川は再び星空を指差した。
「店長、あきらかにさっきと指差している場所が違うんですけど。」
さやかが少し疑いの目で西川をみていると、西川は真面目な顔で答えた。
「だって、星は動くでしょ。だから私の指も動いてるんですよ。」
「そんなに早く星が動くわけないじゃないですか? もしかしてわたしの
さやかはさらに疑いの目を強めて聞いた。
「ばれましたか、なんかオリオン座って響きがいいから言っただけですよ。ごめんなさい。ははは。」
「もう、信じられない。真剣に探しちゃいましたよ。」
さやかは頬を膨らましていたが、すぐにその後、笑顔になって星空を眺めていた姿をを見て西川は静かに言った。
「家まで送りましょう。」
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