第13話 私のこと覚えてますか?

「ただいま。」

「・・・」

(あれ?)

「ただいま!」

 返事が無いので今度は少し大きな声を出しながらリビングへ入っていくと、ちょうどさやかのスマートフォンが鳴った。

 画面を見ると、京子からの着信だった。すぐに電話に出てみると、さやかが名乗る間も無く、京子の慌てて上ずった声が聞こえた。

「あっ、さやか? ごめんね。ちょっと仕事でトラブル起きちゃって、それを解決してからじゃないと帰れないんで、帰り遅くなっちゃいそうなんだ。」

「あっそう。大丈夫だよ。」

 さやかは素っ気なく答えた。

「ごめんね。夕飯はデリバリーとるか、コンビニで買うかして何か食べてね。お金はいつものところに入ってるから。じゃあね。」

 父の優紀が亡くなってから京子は一家の大黒柱としてフルに働き、女手ひとつでさやかを育ててきたので、こういったことは頻繁ひんぱんでは無いにしても、今までに無かったわけではなかった。さやかは特に動ずることなく電話を切った後自分の部屋へ向かい、部屋に入ると部屋着に着替えてベッドに寝ころんだ。

「謝られてもなー。」

 天井に向かってひとりつぶやくと、しばらくさやかはボーッと天井を見ていたが、少しずつ意識が遠のいていき、さやかに睡魔が襲ってきていた。

「あぁ、今日も疲れたなー・・・。ダメダメ、寝ちゃ。」

 さやかは勢いよくにベッドから飛び起きた。

(こういう気分の日は、ガッツリしたものでも食べて元気になろう。もうそれしか無い。)

 さやかはキッチンへ行き食器棚の2番目の引き出しを開けていた。

 時計を見ると午後7時になっていた。

「おなかすいたなー。何かとろうかな。それともコンビニに何か買いに行こうかな?」

 キッチンの椅子に座ってしばらく考えていたが、いつの間にか夕飯のことから、西川のことに考え事が変わってしまっていた。

「あぁ、もう! 今日はこのままじゃ眠れない。」

 ついさっき睡魔に襲われていたことも忘れてさやかは自分の部屋に戻って行き、何故か外出する準備を始めていた。

(何かもやもやした気持ちが収まらない。今日をこのまま終わらせちゃいけない。)

「よしっ! 行きますか!」

 気合を入れるように声を出し自分を奮い立たせるようにして、急いで日も暮れた街へ出掛けていった。

(多分この時間はあそこにいるはず。今度こそ・・・。今度こそ・・・。)

 さやかはさっき園子と通った帰り道を、逆にたどるように足を早めていた。



「あー、今日も疲れたなぁ。」

 西川は背筋を伸ばすようなストレッチをした後、腕時計を見て時間を確認していた。

「よし、あと30分か・・・。」

 西川が閉店30分前にいた場所は、お店の商品や荷物の搬入出を行う商品搬入所で、ここは開店前の早朝から午後3時頃までで業務が終了してしまい、それ以降の時間はほとんど誰も来ないような場所なのだ。特に西川がいた閉店30分前にこの場所に来る従業員は、まずひとりもいないようであった。

 商品搬入所には納品業者向けに、自動販売機と木製のベンチが設置されていて、これは暑い夏の日や、寒い冬の日の搬入出業務の、ほんのひと時のいやしになればとお店の方で設置したものであった。それとは関係のない西川であったが、今日一日の過酷な?業務の息抜きとして、そよベンチに座りながら缶コーヒーを飲んでいた。と言っても西川以外の従業員も商品納入所に来た時には、この自動販売機でのどを潤すために使っていた様だ。

 西川はこの時間帯のこの場所が好きだった。なぜなら誰にも会わないで、誰とも話をしないでゆっくり過ごせる、今の西川にとっては、お店における勤務中のちょっとした憩いの場所なのであった。

 西川は手に持っていた缶コーヒーを飲み終え、ベンチから立ち上がってまた伸びをしながら自らに気合いを入れる様に声を出した。

「あとひと頑張りだ! よし行こう!」

 西川は店舗内へ戻ろうと足を一歩進めようとしたとき、何かの気配を感じて振り返った。すると少し離れた場所にぼんやりとだが人影のようなものが見えてきたのだ。

 もうすでに商品搬入所の業務は終わっていて、誰かが業務の為にこの場所にやって来ることはなかったと考えられ、そしてこの近辺には最低限の明かりしかともっておらず、その人影のようなものを西川はよくは見えてはいなかったが、それでも確かに人影だと確信していた。 

(こんな時間に誰なんだ? もしかして不審者なのか? でも何故こんなところから?)

「どなたですか? 何か御用ですか?」

 西川は心臓の音が聞こえてきそうなくらいドキドキしていたが、店長としての責任感から勇気を出し声を掛け、その人影に向かって恐る恐るジリジリと足を進めて行った。するとその人影も少し西川に近づいてきて、ちょうどお店の外灯が照らす場所まで来ると、西川はその人影の明かりに照らされた顔を見て、うわずった変な声を出してしまった。

「は、花本さん? 花本さんなの?」

 その人影がさやかと確認すると怪訝な表情をうかべたまま、そばまで駆け寄って行った。

「花本さん。どうしたの? 忘れ物でもしたのかな? でもなんでこんな場所から?」

 さやかは西川の問い掛けは、聞こえていたが返事をしなかった。

「どうかしたの?」

 再び西川は声を掛けるもさやかからの返事は無く、心配になってさやかのすぐ目の前まで歩み寄って行き、顔を覗き込むようにして見ると、驚いて短い声をあげてしまった。

「えっ!」

 それはさやかが目いっぱいに涙を溜めて立っていたからであった。

「本当にどうしたの?」

 驚いたまま再び西川が聞くと、震えるような小さい声うでやっとさやか声を発した。

「店長 私のこと覚えていませんか?」

「えっ? 覚えて・・・?」

(花本さん、何を言っているのだろう? 今の俺に高校生の女の子の知り合いなんていないぞ。どこかで会った・・・?)

 西本は頭をフル回転させて考えたが、思いつかないで首を傾げていると、さやかは悲しそうな顔をしながらも語気を強めて言った。

「私の名前は花本です。この名前で何か思い出しませんか? 何か思い当たることありませんか?」

「えっ、花本さんだよね。はなもと・・・ はなもと・・・」

 西本はさやかの声に圧倒されながらも、一生懸命考えていたが、はっきりした答えを出せないでいると、さやかはしびれを切らし少し声を大きくして言った。

花本優紀はなもとゆうきのことは覚えていますか?」

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