第10話 にぎやかな休憩所

「昨日の野球さあ・・・・」

 西川は”野球”という言葉に反応してしまっていた。

「見た、見た。バッティングセンターのやつでしょ。」

 ここはスーパーあずまやの食堂兼休憩室で、今は夕飯の買い物のために来店する客のピークに向けその前に休憩を取っているものと、これらら出勤する学生アルバイトが入り混じっていて、結構ざわざわとしてにぎわっていた。

「そうそう、あの芸人の動画面白かったよねー。俺野球やったことないからよくわからないんだけど、160キロのボールってそんなに速いんかな? どう思う?」

 そんな話を西川の前にいた木村が、横に座っていた学生アルバイトの三浦みうらと話していた。

「そりゃ早いんじゃないですか、誰も打てなかったし、なんてったって160キロですよ、160キロ。」

 三浦はすこし声を大きくしていると木村は聞いていた。

「三浦君は野球やったことあるの? 経験者?」

「真剣には全くやったことないですね。まったくの素人ですよ。子供のころ父親とキャッチボール位はしたことありますけどそれ以上は・・・、今はたまに動画で見た様なバッティングセンターに大学の友達と行くぐらいですかねえ。でも俺が行くバッティングセンターには160キロとか無かったですけどね。」

 三浦は紙コップに入ったジュースを飲みがら答えていた。

「なんだよ、それじゃわからないじゃん。俺らふたりとも野球やったことないんじゃお話にならないな。ははは。」

 缶ジュースを飲みながら木村は笑っていたのだが、西川はふたりの会話が最初”昨日の野球”と聞こえてきたため、てっきり自分も見ていた試合のことかと思ってしまったようだった。

(昨今の野球人気はこんなものか、ここで昨日のプロ野球の試合の話をしている人はほぼいないだろうし、それに今の若者はテレビなんて見ないで、きっと自分のお気に入りの動画ばかり見てるんだろうな・・・。)

 西川は缶コーヒーを口に運びながらそんなことを考えていた。

「あっ、そうだ! そうでしたよね。確か店長は学生時代野球やってたんですよね。 ピッチャーやってて甲子園までもう一歩だったとか、俺聞きましたよ。あれ? でも誰に聞いたんだっけな?」

 急に目の前に座っていた木村が西川に聞いてきた。 

(学生時代だけじゃないんですけど・・・。まあそんなこと今言っても仕方ないし、木村さんには関係ないか・・・・。)

「160キロのボールってどんな感じなんですかねえ? やっぱ速いんですかねえ? 俺全然想像できないんで、どうなんですか?」

 続けざまに木村は聞いてきたので、西川もどう説明してあげようか考えていた。

「ところで店長は何キロぐらいのボール投げてたんですか? MAXは何キロだったんですか?」

 今度は西川自身に対する質問がいきなり来たものだから、その答えは用意していなかったことで戸惑いと嫌悪感を覚えてしまった。

(木村くん、嫌なこと聞くなー。)

 それでも西川はとりあえず当たり障りなく無難に答えて作り笑いで自分の感情を誤魔化していた。

「そんな、俺なんか大したことないよ。何キロ出てたかとかはわからないけど。」

 そして、せっかく考えていた先程の答えを披露しようと、その続きを話そうとしたのだか、木村はもともと対して興味はなっかたとみえ、あっさりその話を終わらせる様に言ってきた。

「そうなんですかー。じゃあいいか。そうそう、三浦くん、そういえば昨日のアイドルがいっぱい出てた深夜番組見た? 名前は忘れたけど、夜中の1時位からやってたじゃん。」

 木村はすぐに自分の興味のある別の話題を三浦に振っていた。

「あぁ、見ましたよ。向日葵ひまわり16(シックスティーン)が出てたやつですよね。俺、幕張美里愛まくはりみりあ推しなんですよね、凄く憧れちゃいますよ。あんなお姉さんがいたらとか思っちゃいますよ。」

 すぐに三浦が木村の話に食いついていたが、何故か木村は少し不機嫌な顔をしていた。

「まあ、美里愛ちゃんも可愛いと思うけど、でもやっぱり神宮じんぐうルミでしょ?」

 急に声を大きくして三浦に聞くと、不思議そうな顔をして三浦は聞いていた。

「神宮ルミって誰ですか?」

「えー! 三浦君、向日葵16知ってて神宮ルミ知らないの、それじゃ向日葵16知ってるとは言えないね。」

 木村は鼻の穴を膨らませながら言うと、さらに自分のスマホをポケットから取り出して、それを三浦の前に突き出した。その待ち受けに画面には可愛らしい少女が写っていた。

「ほら、この子が神宮ルミだよ。よく見てよ。知ってるだろ!」

 木村はさらに声を大きくして詰め寄るようにして聞くと、三浦は話しを合わせるように顔を引きつらせながら無理矢理答えていた。

「あぁ・・・、そうですね。神宮ルミですよね・・・、と、当然知ってますよ。さっき名前聞き間違えちゃったみたいで・・・。」 

「そうだろ、ルミちゃんは本当に可愛いんだから。」

 木村は満足そうな顔をして何度もうなずき、いきなりそのスマホの画面を西川に見せてきた。

「店長もそう思いますよね。当然知ってますよね、ルミちゃんのこと。」

 木村は何故か西川が知ってて当然のように言ってきたものだから、さっき木村が言った名前を懸命に思い出してなんとか話を合わせるように、西川も三浦と同様にひきつった笑顔を作って答えていた。

「えー、知ってますよ。えーと・・・、ルミちゃんですよね。ルミちゃん。すごく可愛いですよね。」

 (知らないよ! なんだっけ? ルミちゃん? 何ルミだっけ?)

 そんな西川の心の声など届くはずもなく、木村はもうすでに三浦と別の話題で盛り上がていた。

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