第11話 店長と野球って
さやかと園子は今日学校が創立記念日ということで休みだった為、早くからあずまやでアルバイトに入っていて、西川たちと同じ時間に食堂にいた。先ほどの会話の木村の声がかなり大きかった為に、3人から少し離れた場所で休憩していた園子にも断片的にだがその内容が聞こえてきていたようだ。
「あそこ何騒いでるんだろう? なんか神宮ルミとか幕張美里愛とか聞こえてきたけど、木村さんってアイドル好きなのかな?」
園子が何か楽しそうにさやかに聞いていたが、さやかは全く興味無さそうに逆に聞いていた。
「誰それ?」
さやかには何故か木村の大きな声も聞こえていなかったようで、逆に園子はよく聞こえていたなぐらいに感心していると、園子は続けて言ってきた。
「さやか何言ってるんだよ、向日葵16のメンバーじゃん。結構テレビとか動画に出てるよ。」
さやかはさらに興味無さそうな顔をして、無言で手元の紙コップを口に運んでいた。
「そうか、さやかはそう言うの興味ないか。でもさ店長も楽しそうな顔してたから、きっとアイドル好きなんだよ。」
園子が急に西川の名前を口に出したものだから、さやかは園子の方を少し鋭い視線で見てしまった。
「何それ? 店長がアイドル好きってまさか、もうおじさんだよ、そんなこと無いでしょ。木村さんならわかるけど・・・。」
さやかは口ではそう言いながらも、変なことを考えてしまっていた。
(ちょっとコウちゃん、アイドル好きって何? いい歳して・・・、でもまあ、年齢は関係ないか・・それに別にアイドル好きでも・・・。)
「あとあの話も意外だったね。さやかもそう思わない?」
「何が?」
さやかは急に園子の話が変わっていて理解できずに聞き返した。
「店長が高校球児だったってことだよ。今の姿見ると、全然そんな風には見えないけど、甲子園まであとい一歩ってことは結構すごかったんじゃない。ねえどうなの? どう思う?」
単純に園子は西川と野球が結びつかなかったようで疑問に思い、さやかに聞いてきていた。さやかは昨日家で得た確信がより強い確信となっていた。
(やっぱり店長は”コウちゃん”なんだ。間違いなかった。パパのチームメイトだった、昨日お母さんに見せてもらったアルバムの中で輝いていた”コウちゃん”なんだ。そして私の・・・の”コウちゃんだ”・・・。)
「さやか聞いてる! ねえ、さやか!」
「あっ、何?」
「何って、店長のこと話してたのに。もぅ全然聞いてないんだから。」
園子は誰が見てもわかる様に膨れっ面になって言っていた。
「だから、ごめんって。で何だっけ?」
本当に全く園子の話を聞いていなかったさやかは素直に謝って再び聞き返した。
「だから店長は、結構野球が上手かったんだねってことだよ。さやかなら店長がどの位のレベルなのかわかるかなって思って聞いたの!」
園子はそう言った後口に手を当て黙ってしまった。
「あっ! ・・・。」
「どうしたの? 園子。」
その様子を見てさやかは不思議そうな顔をして尋ねると、園子はいつものハキハキした元気なしゃべり方とは違う何か歯切れの悪い感じになって言葉をにごして聞いて言っていた。
「ごめん・・・。 いやなこと聞いちゃったよね・・・。」
さやかが不思議そうな顔のままでいた。
「えっ、なんで謝るの?」
「だって、さやか野球の話嫌でしょ?」
園子がここでも珍しく、申し訳無さそうに小さい声で言っていた。
「別に大丈夫だよ。全然気にしてないよ。」
さやかは笑顔で答えていたが、普段さやかは野球のことには極力触れないように日常生活をおくっていた。当然家でも野球中継をテレビで見ることも無く、ネットニュースも野球に関する記事は見ないようにしていた。あの夏の日を境に・・・。
でも今は西川のことが気になりすぎているからなのか、その他のことはあまり気にならないというのが正しかったようだ。園子はさやかのその言葉を聞いて気が楽になった様で、すぐに不服そうな顔をして言っていた。
「そうなの、私はてっきり野球の話はNGなのかと思ってた。なーんだ気を使って損した。」
さやかは微笑みながらその園子の顔を見ていた。
「園子、私に気を使ってくれてたんだ。ありがとう。」
「何笑ってるの。もう気分悪いなー!」
園子はさやかの笑顔を見てさやかから視線をそらすように横を向いてしまった。
「ごめん、ごめん。園子が私のこと、そんなに気にしてくれていたなんて知らなかったから・・・。」
さやかは謝っていたが、その表情はとても嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
「もう何回言わせるの。さやかと私は何年の付き合いだと思ってるの。」
そう言うと園子はその場で急に立ち上がった。
「ちょっと。何立ち上がってるの。なんか目立つよ、恥ずかしいよ。」
さやかはそう言いながらも、園子の言葉で自然とより一層笑顔になり、園子対して素直に感謝の言葉を口にしていた。
「本当にありがとう。」
「そんな改めてお礼言われるほどのことでもないよ。私が勝手に心配してただけだから。はい、もうこの話はおしまい。・・・でなんだっけ?」
園子は再び座ると、首をひねりながら少し考えたあと、あらためてさやかに聞いていた。
「そう、店長、店長の話だったじゃん。で、どうなの店長は?」
「そうだね。よくはわからないけど、まあまあだったんじゃないの。」
「なーんだ まあまあか。」
さやかはわざとそっけなく答えると、園子は期待していた言葉とは違ったようで、何か拍子抜けしたようにテーブルに倒れ込んでいた。でも、さやかは心の中では当然違う答えだつた。
(店長・・・コウちゃんは本当にすごかったんだよ。本当にすごいピッチャーだったんだよ。)
自分の記憶にはなかったが、京子から先日西川の現役時代の話を聞かされてい為、自分にも言い聞かせる様にそう心の中でつぶやいた後、一生懸命に何かを思い出そうと西川の方に視線を向け見つめていた。
さやかの小さかった頃の記憶が少しずつだが蘇り始めていた。
当然夢で見ていたあのことも・・・。
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