第37話 約束は約束
「で、店長はさやかの何を聞きたいんですか?」
(そうだった。忘れていた、自分が前田さんを呼んで話を聞こうとしていたんだ。なんか話が違う方向に言ってしまったんですっかり忘れてた・・・。でもここで聞くとまたドツボにはまりそうな気がするから・・・。)
「今日はもういいです、ありがとうございました。あんまり売り場に行くのが遅くなっても、ほかのレジの人に迷惑かけちゃいますからね。ありがとうございました。じゃあ行きましょう。」
うまく話をそらすと逃げるようにソファから腰を上げ自ら足早に売り場の方へ進んで行いった。園子は少し拍子抜けした感じになっていたが、カラオケの約束が西川と出来たことに満足して、素直にそのあとに続き部屋を出て、レジで待っていた木村のもとに西川と一緒に進んでいったのであった。
(なんか最近女子高校生に振り回されぱなっしだな。安易に約束しちゃったけど良かったのかな。女子高校生とカラオケって犯罪か? いや違うよなカラオケぐらい行ったって大丈夫だよな。)
西川は必死に自分を正当化しようとしていた。
「木村さん遅くなってしまって申し訳ありませんでした。」
西川が声を掛けると、そこにはニヤニヤしながら、ふたりが出てくるのを待っていた木村の姿があった。
「店長、全然大丈夫ですよ。なんならおふたりでもう少し、いやもっとゆっくりお話しされててもよかったんですよ。」
木村は変な言い方しをしてきていたが、西川は特に気に留める様子もなく、園子が遅れたことによってレジ打ちを延長してくれていたパート従業員の女性にお礼を言っていた。
園子もその女性に軽く会釈すると、さやかの担当するレジのすぐ前のレジに入ってすぐに、いつも以上に大きな声を出し、何事もなかったように勤務を開始していた。
「お待たせしました。いらっしゃいませ!」
後ろのレジで、それを見ていたさやかの心は穏やかではなかった。
先ほどの木村の言葉がすごく心に引っかかっていて、何かむしゃくしゃした気持ちのまま、その日の勤務をやり過ごしていた。
(コウちゃんも・・・、園子も・・・、木村さんも・・・。)
あずまやはその日の営業を終了した。
明かりの消えた、誰もいなくなった売り場に西川はひとりで立ってた。
「このままじゃいけない。さやかちゃんの為にも、前田さんの為にも、俺自身の為にも・・・。」
西川は何かを吹っ切っるようにして、売り場から立ち去り事務所に戻ると、出勤表に目をやり何かを確認していた。
西川は先日の園子とのミッション?をクリアするために駅前に向かっていた。
今日は久しぶりの休みで本当は家でゆっくりしていたかったのだが、約束は約束と思い疲れた体に鞭打って家を出ていた。
この前は園子の勢いに押されてしまい、カラオケに行くという約束をしてしまったものの、家に帰ってから冷静に考えるとやっぱり女子高校生といっしょに遊ぶっていうのはいかがなものかと西川は考えていた。
「なんか気が重いな、こんなおじさんといっしょに行っても楽しくないと思うんだけどなー。」
ブツブツと独り言を言いながら約束の駅前の銅像の前に行くと、園子はまだ来ていなかった。園子の姿が見えなくて何故か少しホッとしている自分がいて、あわよくば何か都合が悪くなって、この約束自体が流れてしまえばいいのにと思いながら待っていた。
「店長!」
大きな声が少し離れた場所から西川の耳に聞こえてきた。
「店長、お待たせ!」
今日も元気な、いやいつも以上に元気な園子の声が駅前の広場に響いていた。
「ちょっと、声大きいよ、前田さん。」
西川は情けない顔をして周りを見ながら園子に歩み寄ると、指をを口に当て声のトーンを抑えるようにというしぐさをしていた。それでもそんなことはお構いないように園子は西川のそばに来て、再び大きなで西川に話しかけてきた。
「店長! 今日はありがとうございます。すごく楽しみにしていたんですよ、さあ行きましょう。」
園子は西川の手を掴み引っ張て行こうとしていた。
「ちょっと、ちょっと待ってください。」
西川は拒むようにしていたが、園子は引っ張るのをやめずにドンドン進んで行こうとしていた。
「お、お友達はいいんですか?」
「あー、なんか今日部活があって、少し遅れるって連絡来ました。」
振り返って早口でそっけなく言うと、再び西川の腕を力強く引っ張って行った。
「えー、そうなんですか。」
西川がボソッと言うのを聞いた園子は、立ち止まってしっかりと西川の方を振り返っていた。
「えっ、もしかして私とふたりじゃ嫌なんですか?」
膨れた顔で不服そうにしていたが、すぐにニヤニヤしだして西川の顔をのぞき込んできた。
「もしかして、店長どんな子が来るのか期待してたりして。」
「・・・。」
西川は黙り込んでしまっていたが、少し間を取り衣服を整え真面目な顔をして言っていた。
「そんなこと無いですよ。ただふたりきっりていうのはどうも抵抗があって、やっぱりなんかまずくないですかねえ。」
「えー、店長、やっぱり私とふたりじゃ嫌なんだ、ちょっと悲しいです。」
園子はわざとしおらしく少し悲しげな顔をして言ってくると、西川も演技だというのは十分わかってはいたのだが、少しでも早く時間を経過させるためにも、ふたりで行くことを決断していた。
「そんなこと無いって言ってるじゃないですか。もういいですから行きましょう。」
園子は予定通りすぐに笑顔に戻って、再び西川の腕を掴み引っ張って行こうとしてた。
「店長、こっちです。」
「ちょっと、店長って言うのはやめませんか、ここはお店じゃないですし、なんか他の人が聞いたら変な感じがしますから。」
「そうですか? 店長は店長じゃないですか? じゃあ何て呼べばいいんですか?」
園子は首をかしげて聞いてきた。
「普通に名前で呼んでくれればいいですよ。」
西川がまたも真面目な顔をして答えた。
「名前ですか。西川浩二でしたよね。それじゃー・・・。コウちゃん、コウちゃんでいいですね。はい決定! コウちゃん。」
西川は何故かドキッとしてしまい、声を裏返らしていた。
「なんで・・・、なんでそうなるんですか。普通は西川さんでしょ。」
「えー、西川さんなんて呼んだら他人行儀じゃないですか、今日だけコウちゃんでいいですよね。ねえコウちゃん。」
得意の悪戯っぽい目になって西川のことを見ていた。
(コウちゃんはまずいだろ、でもなんかドキドキしちゃったよ・・・。)
西川が返事をしないで黙ってしまっていると、園子は大きな目をさらに大きくして、キラキラした瞳で西川の顔をのぞき込み、甘えるように言ってきた。
「ダメですか?」
「今日だけですよ。本当に今日だけですからね。」
念を押して言ったものの、西川は結局は園子に押し切られてしまっている自分を情けなく思っていた。
「さあ、コウちゃん行きましょ!」
園子は今度は腕を組むと勢いよく西川を引っ張ってカラオケ店に向かって行ったのであった。
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