第46話 さやかの決心は

「カキーン!」

 ボールを打つバットの音が響いて、グラウンドのあちらこちらから活気のある大きな声が聞こえてきている。その中に山上明日香の姿もあった。

「次、セカンド行くよ!」

 今日も元気な声を出して明日香達は練習に励んでいた。

 練習も夕方5時をまわった頃、明日香がグラウンドにいる部員達に向かって大きな声を掛けた。

「15分休憩しよう。みんな十分に水分補給してね。」

 部員達は自分のバッグが置いてあるグラウンドの隅に向かて走っていくと、結月が明日香の横に来て、ファイティングポーズをとりながら聞いてきた。

「明日香ちょっと聞いたんだけど、この前さやかとやっちゃたんだって。」

「そうね、初めはそんな感じだったけど、お互い色々本音で話せたから、最後は笑って話出来てたよ。」

「えー、そうだったんだ。私はまた大喧嘩になっちゃたんだって聞いてたよ。」

「もう、誰がそんなこと言ってるの? そんなはずないでしょ。それにその場所にいたのは、私とさやかと・・・。」

 明日香は言いかけると、何故か園子の顔が頭に浮かんできてしまっていた。

(まさかねえ、いくら園子でも、そんなこと言わないよね。)

「なんか、明日香とあの子・・・、そうそうさやかの幼馴染の子が屋上に上がって行くのを、さやかが血相変えて追いかけて行ったのを見てた子たちが言ってるのを聞いちゃったんだけどね。」

(ごめん園子、疑ってごめん。)

 明日香は心の中で両手を合わせて詫びていた。

「そうだったんだ。まったく面白おかしく、どこかの週刊誌の記事みたいに言わないで欲しいんだけど。」

 明日香は顔をしかめて言っていた。

「で、どうなのさやかは? 戻ってきてくれそうなの?」

 結月が期待を込めて聞ていたが。明日香は難しそうな雰囲気を出しながら複雑な表情をして答えた。

「五分五分ぐらい、いや6対4・・・、いやいや7対3ぐらいかな、私の希望的観測を込めて考えるとね。」

「そうかそんな感じなんだ。早く戻ってきてくれると助かるんだけど、こればかりは仕方ないか。明日香元気出してね。」

 最後結月は言って水筒を自分のバッグから取り出していた。するとグラウンドの外から強い視線を結月は感じ、その方に目をやってみた。

「あれって、さやかじゃない。」

「えっ!」

 明日香も慌てて結月の視線の先に目をやると、確かにさやかの姿があり、自分たちの方をだまってただ見ているのが見えた。

 明日香は一瞬驚きの表情をみせたていたが、すぐにさやかの方へ駆けだして行った。さやかもそれを見て明日香の方へ走り出し、ふたりはちょうどその中間ぐらいの場所で合流していた。

「さやか、考えはまとまったの?」

 明日香は何かを期待するような眼でさやかに聞くと、さやかもそれに答えるように大きくうなずいた。

「明日香、わたしなりに答え出したんだけど、聞いてもらえるかな?」

 そしてはっきりした口調で言ってきた。

 明日香は無言でうなずき、もう一歩さやかに近づいた。

「あのね、明日香・・・。」

   ・

   ・

   ・

「わかった。」

 しばらくふたりは真剣な顔で話し合いその話が終わると、明日香は一言だけ言い、グラウンドへ戻っていった。その顔は笑顔であったが目からは涙がこぼれ落ちていた。

 さやかはその明日香のうしろ姿をしばらく見つめていたが、しばらくすると何かを決心したように大きくうなずきグラウンドに背を向けて走り出していた。



「あー、今日も疲れたな。・・・あっ、これ毎日言ってるか。」

 西川はいつもの?商品搬入所にいた。そして、これまたいつも通りコーヒー片手にベンチに腰掛け、昨日の電話での会話を思い出していた。

   ・

   ・

   ・

「実は今度チームのスタッフが一掃されて、俺が監督やることになったんだ。」

「それは、おめでとう。大抜擢だいばってきじゃないか。」

「おう、ありがとう。そこでお前に相談があるんだけど、聞いてもらえるかな?」

「俺に相談? 俺なんかに相談なんてどういうことだ?」

「お前にピッチングコーチをやってもらいたいんだよ。」

「ピッチングコーチね。へー、って俺が?」

「そう、お前だよ。俺は監督を受けるにあたって、お前をピッチングコーチにしてもらいたいって要望出したんだよ。だからお前が引き受けてくれないと、この話は断ろうかと思ってるんで。どうだ、やってもらえないかな?」

「そんな、今さら俺なんか・・・。今の俺はただのスーパーの店長だし、俺なんかやれるわけ無いだろ。」

「そんなことないよ。俺は現役時代からお前を尊敬してたんだぜ、人としてもプレーヤとしても、だから是非お前に引き受けてもらいたいんだけど、人事には部長の方から話してもらうから、戻ってこないか? 返事はすぐにじゃなくてもいいから。」

「うんわかった。少し時間くれないか、考えさせてくれ。」 

「おう、ゆっくり考えてくれ、でもいい返事待ってるぜ、じゃあまた。」

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   ・

   ・

「そう言われてもなー・・・。」

 西川はちょっと大きな独り言を言いながら、ベンチから立ち上がったり座ったりして落ち着かない感じでいると、西川を呼ぶ大きな声が聞こえた。

「店長!」

(やばっ! またサボってると思われる・・・。)

 西川はその声に驚き、声のした方に顔を向け確認してみた。

(あれ? お店の方からじゃないな?)


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